第2話:不思議な訪問者

振り返ると教会の入り口に、一人の旅人が立っている。


――背が高くて、姿勢が良い人だなぁ。


初めて見たときはそんな印象だった。


「こんばんは、夜分遅くにすみません。何か食べ物を分けていただきたいのですが……。少しですがお金は持っています」


顔はフードで隠れていて良く見えない。声の感じから男の人かな?と思った。


「……え、ええ。パンとかお肉なら少しありますが……」


正直に言うと、もうちょっと悲しみに浸っていたかった。でも、目の前に困っている人がいたらほっとけないものだ。


「今温めてきますから、隣の食堂で待っててください。そこの通路から行けますわ」


「いやっ!そこまでして頂かなくても」


私を呼び止める声が聞こえたけれど、気にせず厨房に向かう。何かしてた方が気がまぎれそうだからだ。思った通り、調理をしていると私の気持ちは少しずつ落ち着いてきた。


温めたパンとスープを運ぶ。さっきの男性は隅っこの方に座っていた。私が来たのが見えるとスッと立ち上がり、わざわざ受け取りにくる。


「ありがとうございます。すみません、お料理までして頂いて。お、おいしそうだ……」


「どうぞ、ごゆっくりお食べくださいな」


イスに座ると、ガツガツと食べ始める。


――どこか上品な感じがするのはどうしてかしら?


なぜだか、さっきから品格の高さみたいなものを感じる。そういえば、旅人にしては服も立派な感じがするし清潔だ。肩から下げているカバンも、上等な革で縫われている気がする。


食べている様子を眺めていると、不思議なことに少しずつ心が安らいでいった。彼の周りだけなんとなく優しい雰囲気だ。


――この人のおそばにいると、気持ちが落ち着いていく気がするわ


「こ……こんな美味しいものを食べたのは初めてです。うっ、うう……美味しすぎて涙が……」


いきなり男性が泣く。


「いや、そんな大げさな」


食べながら泣き始めてしまった彼が面白くて、私はくすくすと笑ってしまう。


――あれ?さっきまで私泣いていなかった?


悲しみのどん底にいたのに、なぜか楽しい気持ちになっていた。


――いや、ちょっと待って。今の態度は失礼すぎない?


これではまるで、相手をバカにしているようではないか。


「ご、ごめんなさい!あなたのご苦労も知らず、失礼な態度をとってしまって!」


私は急いで謝る。


――ゆ、許してくれるかなぁ?


「いえいえ、全然失礼じゃないですよ。それに、あなたは本当に丁寧な方なんですね」


――良かった、どうやらそれほど怒ってはいないみたいだわ。


こわごわと顔を上げると、フードの下からお顔が少し見えた。美しい金髪と透き通るような白い肌、そして海のように深くてきれいな青色の瞳。それを見て、私は思わずドキッとしてしまう。


――か、かっこいい……!


“こら、ロミリア!出会ったばかりの男性に向かって失礼じゃないの。それにルドウェン様との一件もまだ落ち着いていないのよ!”


私は心の中で自分をしかりつける。


「っつ……痛っ」


急に旅人は苦しそうな表情をした。右手で左の肩を押さえている。


「どうかされましたか?肩が痛むんですか?」


「い、いや。ただ、魔物に引っかかれてしまっただけですから。あっ……!」


旅人は隠そうとしていたが、私は心配だったので肩を診せてもらう。


「これは、結構ひどいケガじゃないですか」


彼の左肩は痣で全体が青紫に変色してしまっていた。そして、軽く触れてみると熱も持っている。もしかしたら、傷口から毒が入ってしまったのかもしれない。


「放っておけば悪くなる一方ですよ。まずは回復魔法で傷を塞ぎますからね」


「え?あなたは回復魔法が使えるんですか?」


旅人の質問に答える代わりに、私は回復の呪文を唱えた。


「<ヒール>」


ブウウウウウウウウン。


青い光が彼の肩を包み込み、少しずつ傷が塞がっていく。


「す……すごい。実際に回復魔法を見るのは初めてです」


しかし、傷はなかなか塞がりきらない。どうやら思ったより傷が深いようで、もっと魔力を込めればならなかった。


「……っ」


グッと魔力を込めると傷が完全に塞がった。


「き、傷が塞がった。すごすぎる……」


「ふぅ、これでとりあえずは大丈夫だと思いますよ。後は念のため、毒消しの薬を持ってきます」


「いや、さすがにそこまでして頂くのは……」


断る旅人を制して、私は毒消し薬を持ってくる。


「ちょっと苦いですよ」


薬を渡すと、旅人は苦そうにしながらも全部飲んでくれた。


――良かった、これで一安心だわ。


今日は魔力をだいぶ使ったので結構疲れたが、旅人の安心した顔を見ていると充実感を感じる。やがて、旅人は席を立った。


「ありがとうございました。あなた様のおかげで空腹をしのぐことが出来ました。おまけにケガまで治して頂いて……。これはほんの少しばかりではありますが、お礼の気持ちでございます」


彼がお礼を言いながら、何かを差し出してくる。受け取って見ると、それは磨き上げられた金貨五枚だった。


「こ……こんなにたくさん頂けませんわ」


「いいえ、私が頂いた恩恵に対しては、これでは少ないくらいです。そして……大変失礼ではございますが、あなた様のお名前を教えてくださいませんか?」


「……ロミリアと申します」


「お姿だけでなく、お名前まで美しい……」


「あなた様のお名前は?」


「私はアーベルという者です」


――アーベル……。素敵なお名前……。


さっきまでしかっていた自分はどこへやら。無礼にも私は目の前の男性を、しばらく見つめてしまった。


――そういえばお姿が何とかとか言っていたけど何だろう?


不意に教会の時計が、十二時を告げた。ゴーンという鐘の音で、私は現実世界に戻ってくる。


「それでは私はそろそろ失礼いたします。ロミリアさん、今日は本当にありがとうございました。あなた様にお会いできて本当に良かった」


「へぇ?え、ええ。あっ、ちょっと」


アーベルと名乗った男性は、そそくさと教会から出ていってしまった。

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