[五話]囚われた民と無念な王女

アイリスとオリーブは水の中奥深くに沈んでいった。

沈んでいくと目の前に小さなグレーチングがあったので、アイリスはオリーブを股で挟み、右腕でグレーチングを開け、中へと入っていった。

どこかの道に繋がっていたらしく、アイリスとオリーブはなんとか助かることができた。

薄暗く細い一本道が続いており、両脇には鉄格子が立ち並んでいる

アイリスはぜぇぜぇと息を切らすが、オリーブはすぐ様走り出し、道の奥へと進んでいった。

アイリスは気味が悪くおもいながらも、オリーブを追いかける。『ちょっと待ってよ!!オリーブ!!』

アイリスはオリーブを呼びかける。

すると、オリーブは立ち止まり、『ワンワンワンッ』と檻の前で吠えている。

アイリスは恐る恐る檻の中を見ると、そこにはグラン王国の王様の姿があった。しかし、王様は氷の結晶の中に深く眠っている。

他の檻にも兵士、市民、王妃様が眠っている。

アイリスは檻越しにその結晶に右手で触れてみる。ジュという音がし、右手が焼けた。

アイリスは覚悟を決め、どくどくと血が流れる左腕を氷の結晶に押し付ける。

ジュュュュュュという腕が焼ける音とビクターの悲鳴が響き渡る。

アイリスは『はぁ…はぁ…』と息を切らす。その様子を心配し、オリーブはアイリスの頬を舐めた。

アイリスはあの悍ましい化け物を止めなければ、この者たちのようになってしまうのだと悟った。

オリーブを連れ、薄暗い独房をまっすぐと進むと階段が見え、そのすぐ横にはレバーがある。

アイリスは勢いよく、レバーを引く。

すると、ゴゴゴゴゴッという音と共に天井が開き、光りがさす。

淡々と階段を登る。すると、先程まで居た王の間に着いた。

王座は階段から横にずれており、独房から王の間へと繋がっていたのだ。

王の間を出て、町へと向かう階段からコツンコツンという足音が聞こえる。

エリスの王女に違いない。

アイリスは覚悟を決める。

『見ましたね。』と王女のドス黒い声が聞こえてくるも、アイリスは怯むことなく問う。

『あれは、一体何なんだ!』

王女は答える。

『あの方達は永遠にこの国の国民となるのです。そして、あなたもこれからそうなるのです。』

ついに王女が姿を現し、こちらをじっと見つめながら、歩いてくる。

そこで、アイリスは王女を説得しようと試みる。

『こんなことをしても、もう国は戻らない!』

王女はアイリスを睨みつけ、答える。

『黙れ、そんなことは知っている。お前に分かるか、この私の悔しさが。国民を守ることができなかった苦しみが。突如、奪われた幸せが……お前に分かるのか!』

王女はみるみる白い毛が生え、目は赤く大きく見開き、鋭い牙を持った大きな虎へと変貌した。

それでも、アイリスは説得しようとする。

『そんなに醜い姿になってまで、君は何がしたいんだい?』

虎はみるみるとアイリスに近づいていく。

『お前に分かるか?国が滅び、何も無くなってしまう恐怖がお前には分かるのか?』

アイリスは答える。

『何も無くなってなんかいないさ。残るものもある。』

ついに王女はアイリスの前へとそびえ立った

『デタラメを言うな。一本、何が残っているというのだ?』

アイリスは虎を見上げ、『あなたからの手紙です。』とだけ答える。

虎はアイリスを睨みつけ、問う。

『手紙がなんだというのだ。』

アイリスは答える。

『あれは間違いなく、あなたの誠意ある手紙でした。本当は誰かに暴走する自分を止めて欲しかったのでしょう?』

虎はじっとアイリスを見つめる。

アイリスはそのまま続けた。

『あの手紙は私の心の中に残っております。そして、この国のことをみんなに知ってもらいたい。だから、この国であったことを教えては下さいませんか、王女様。』

虎はみるみると人間の姿に変わっていき、ぽろぽろと涙を流し出す。

『お教え致します。この国であったこと全てを。』

それから、小一時間ほど経っただろうか。王女様はこの国であったことを話してくれた。1400年程前、この国は雪だるまというのを作る風習があったこと、戦争には参加しない平和主義国家であったこと、十二になる歳、王様が退位し、後を継ぎ王女に即位するつもりだったが、退位式の前日に突如、隕石が降り、全てを失ってしまったこと、何もできなかった無念が残り、この国の亡霊となってしまったこと。

ビクターは涙を流した。なんて、やるせないのだろうか。そこで、アイリスは王女に約束をする。

『必ず、国に帰ったら、人々にこの国のことを知ってもらうよ。』

王女は優しく微笑み、『ありがとう』とだけ残していった。

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