太陽の魔物②

 魔物——この世界には人を襲う魔物がいる。

 魔物には理性がなく、ただ「人を襲う」という本能だけで動く。その殺戮は無作為且つ残忍なもので、ひとたび魔物が出ると、人々はただ逃げ惑うことしかできない。人を襲い、時に喰らい、ありとあらゆる臓物を踏み潰し、返り血で真っ赤に染まった魔物を退治できるのは……一部のごく限られた人間。

 魔物狩りハンター——人々は彼らをそう呼ぶ。


◇  ◇  ◇


 鬱蒼とした森の中、人の往来で作られたのであろう細い道は緩やかな坂になっており、無造作に生えた雑草が一行の足元を隠す。昼間だというのにひんやりとした空気が辺りに漂い、妙な土くささが鼻についた。

「……アンタ、本当に良かったの?」

 落ちぶれたレストランの娘、メルが怪訝そうに言う。

「今から行くのは魔物が出た場所よ。物見気分で来られちゃ困るの」

「特に行く宛もないんでね」

 ボサボサ頭はマントの奥でニヤリと笑った。

 先ほどまで魔物が出た、と騒いだ青年に詰め寄り「どこに出たんだ!?」と胸ぐらを掴んで揺さぶっていた人間と同じとは思えない。

「それよりも、いいのかい? 店を放り出して魔物退治するなんて」

「私がいなくたって困りゃしないわよ。客もあれっぽっちだし、何よりあのクソ親父と同じ空間にいるのが嫌」

「はは、とんだ跳ねっかえり娘だ」

 そんなやりとりをしている2人を青年がじろり、と睨む。

「アンタら、なんでそんな気楽でいれんだよ。これから魔物のとこに行くっていうのに」

「そんなこと言ったらアンタだって気楽なもんさ。せっかく逃げてきたのに出戻りとは随分酔狂じゃないか」

 ボサボサ頭が大口を開けて笑うと、青年はバツが悪そうに視線をそらした。

「な、仲間がまだいるんだよ。既に何人かやられちまったが……」

「複数で乗り込んだのかい? 『魔物が出る』って噂の屋敷に」

「……」

 その様子を見て、メルがため息をつく。

「肝試しに来たんでしょ? その噂が隣町で流行ってるの私、知ってんだから」

「……」

「数年前まで観光都市としてやってきた手前、人の出入りが増えるのはありがたいんだけど、勝手に死なれると困るんだよね。ますます余計な噂が立って誰もこの街に近づかなくなる」

「……嘘だと思ったんだ」

 そう言うと青年は両手で顔を覆った。

「魔物なんて都市伝説だと思った。人を襲う……”魔女”の成れの果てなんて」

 ざあ、と風が木々を揺らしていく。ほうぼうに伸びた枝は我が物顔で3人の行手を阻み、視界を遮る。

 ボサボサ頭が問いかけた。

「アンタのとこにはいなかったのかい? “魔女”は」

「……前にいたらしいんだけど、見たことはない。いつの間にか姿を消したって聞いた」

「なるほどねえ」

 メルはマントにすっぽり覆われた少女の姿を横目で見る。店での剣幕は何処へやら、今は軽口を叩けるほどに落ち着いた対応をしている。取り乱したあの姿。まるで魔物に家族を殺された遺子のような……。

「なんだい?」

「いや……」

 パキ、と足元の枝が鳴った。ボサボサの髪の下はメルよりも幼さが残っている。しかしその目はどこか眠たげで、重たい瞼の中は暗い藍色をしていた。深い闇。メルは視線を落とす。

「なんでもない」

 深く追及できるほどの資格は私にはない——そう胸の裡でつぶやいた。

「着いた……」

 震える声で青年が言う。

 目の前に立ちはだかる大きな館。元々”魔女”が住んでいて、今は魔物の巣窟となったボロボロの廃屋。3人は険しい顔を見合わせる。

「行くよ」

 メルが強張った手でその扉を静かに押した。

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