インタールード

 俺には記憶が無い。遺跡の地下深くで水晶に封印されているところを発見された。自分の名前も憶えておらず、十八歳くらいの青年ということだけが外見から推測できた。

 この世界は邪悪な魔王によって支配されていた。正体不明。目的不明。人間、動植物、その他生物を無差別に狂暴化させ、世界を破滅へと追い込んでいた。


「貴方の力なら世界を救えます」


 俺を発見した少女はそう言った。村で保護されていた時、鉄柵を越えて侵入してきた狼の如き魔物を、俺が見よう見まねの剣技で退治したからだ。いや、少女の真意は別のところにある。

 魔物を打ち倒した時、俺の身体は紫色のオーラに包み込まれた。一瞬のことだったが、誰の目にもはっきりと映った。

 そして、俺は狼の如き脚力を手に入れた。


「貴方には【ドレイン】の力がある」


 この世界の生物には『ギフト』と呼ばれる能力が備わっていた。人間であろうと動植物であろうと、種族によって大小はあるものの必ず備わっているという。

 少女は【フロウ】と呼ばれる風のギフトを有しており、それによって気流の流れを把握し、俺が眠る水晶を発見したようだ。


「【ドレイン】は全てを掌握する王のギフト。悪しき魔王を打ち倒し、この世界を救えるのは貴方だけなのです」


 俺は懇願されるままに魔王を打ち倒す旅に出た。

 魔王の正体、所在、目的、能力は全て不明だった。故に、魔王の居場所を突き止め乗り込んだところで、返り討ちに遭う危険性があったため、俺たちは先に【ドレイン】によって力を増幅させることにした。

 魔王には七人の従者がいる。人々は畏怖の意を込めて『七つの大罪』と呼んでいる。人間あるいは動植物だった彼らは、この世界に魔王が顕現した日に突如として凶暴化した。数多の魔物と異なり、意思を持って凶暴化した彼らは、魔王に授けられた『根源のギフト』を駆使して、世界中を征服しているという。

 俺たちは最寄りの街を支配している『憤怒のサタン』へと接近した。サタンは【デプリ】と呼ばれるギフトによって、人々の感情を剥奪し、従順な奴隷として操っていた。


「君たちにとやかく言われる筋合いはないね」


 サタンの外見は一般的な青年と何も変わりなかった。黒縁の眼鏡を掛け、フォーマルな服装で読書にふける彼の姿は、勤勉でいて模範的な学生そのものだった。


「街の生産力は向上し、人々の生活は豊かになっている。廃棄食料は減り、無駄な資源もほぼゼロ。将来的な不安もないこの街に一体何の不満があるんだい?」

「それはお前の理想であって人々の理想じゃない。これじゃあただのゲームだ。人々はお前のたわむれのために用意された玩具おもちゃじゃない」

「これは人々の理想だよ。現に、この街の人々は資源不足と経済難に悩んでいた。だから、無駄を無くし、労働時間を最低限に減らし、平均寿命も大幅に増える暮らしを提供したんだ。おかげでこの街に疫病の類は流行っていないし、食糧難に喘ぐ貧困層もいない。君はそれの何が気に食わないんだい?」


 俺の反論にも青年は沈着とした態度を保っていた。『憤怒のサタン』という名前とは正反対の態度に俺はたじろいだ。


「これが幸せなのか? 人々の意志がないじゃないかッ!」

「失礼だね。意思ならあるよ。無いと思っているのは、君の偏見だよ。『普通の人間ならこういう反応を返す』というね。機械的な反応しか返さないのは、この街の人々の特徴だよ。ずっと住んでいたわけでもない君に、どうして異常だとわかるんだい?」


 もしかして、とサタンは俺に冷笑をくれた。


「僕を倒す大義名分が欲しいのかい? そうじゃないと、自分が悪者になるから」

「黙れッ!」


 俺は少女と共にサタンを打ち倒した。サタンは【デプリ】で人々を兵士にしたり、盾にするような真似はしなかった。一対二。普通に考えれば、俺たちのほうが悪役だった。


「君の本質は悪だよ」


 壁に背を預け、サタンは項垂うなだれながら呟いた。俺はサタンに止めを刺し、【ドレイン】によって【デプリ】のギフトを手に入れた。身体が赤色のオーラに包み込まれ、すぐに視えなくなった。

 その瞬間、俺の脳裏にとある映像が過った。両手にまとわりつく鮮血。手にした刃物。倒れている人間。そして、暗転からの薄暗いおり


「――さんッ!」


 名を呼ばれ、俺はハッとした。一瞬であったが気を失っていたようだ。仰向けに倒れた俺を介抱していた少女が、安堵の表情を見せる。


「良かった……本当に……」


 脳裏を過った映像について伝えてみたが、少女はピンと来ていないようだった。もしかすると、【ドレイン】によってサタンの記憶までも吸収したのかもしれない。そう考えると、俺の罪悪感は少し薄らいだ。


「街の人々を元に戻しましょう」


 能力が譲渡されたことで、俺に人々の洗脳権が回ってきた。俺はすぐさま人々の洗脳を解いた。街に活気が戻ってくることを期待し、俺はとても浮かれていた。

 だが、実際には街が混乱に陥るだけだった。サタンは支配者であると同時に優秀な管理者だったのだ。確かに街に活気は戻った。しかし、同時に争い事も増え始め、街は暴力と犯罪で溢れ返るようになった。


「貴方のせいではありません」


 少女のフォローが無ければ、俺は次の街へ行くことすら叶わなかっただろう。


「そもそも魔王さえいなければ、この街が食糧難になることはなかったのです。魔物が蔓延はびこるようになり、人間社会が脅かされるようになったからこそ発生した問題なのですから」


 少女の言葉に背を押される形で、俺は次々と『七つの大罪』の討伐へと向かった。


 嫉妬のレヴィアタン。

 怠惰のベルフェゴール。

 強欲のマモン。

 暴食のベルゼブブ。

 色欲のアスモデウス。

 そして、傲慢のルシファー。


 彼らから【ドレイン】により能力を勝ち取った俺は、とうとう魔王の所在地を突き止め、王都へとやって来た。そして、王城で魔王と対峙することになった。

 魔王の正体は、俺を発見した少女の父親だった。


「お父さん、どうしてッ……⁉」


 少女は戸惑いを隠し切れない様子だった。王の騎士である父親は忠義に厚く、勤勉で誠実な人柄だった。悪しき魔王の特徴からはかけ離れている。共に死地を潜り抜けてきた仲間たちも絶句した。

 それでも、俺は魔王を倒さなければならない。それが【ドレイン】保持者である俺の務めであるからだ。そうでなければ、俺が奪い取ってきたサタンの命も、街の安寧も、全て無に帰してしまう。

『七つの大罪』はその名のとおり大罪を犯していた。【ドレイン】により流れ込んできた記憶がそれを物語っている。しかし、俺が相対した時の彼らは人道に背く行為をとっていたが、絶対的な『罪』と呼べる存在ではなかった。

 サタンが良い例だ。かつて彼は人を殺めた。経済的困窮による強盗だろうか。理由がどうであれ、それは到底ゆるされるものではない。しかし、だからこそ彼は【デプリ】によって街の活性化を図ったのかもしれない。自分のように人々が貧困のあまり悪事に手を染めなくて済むように。

 まるで贖罪しょくざいだ。ならば、魔王が授けし『根源のギフト』は『七つの大罪』にとっての罪の象徴とでも言うのだろうか。あるいは、罪を回避するための力とでも言うべきか。


「私は神の宣託を受けた。【メビウス】から【ウロボロス】へと昇華した私のギフトがあれば、世界を如何様いかようにも変えられる。この世界が在り続けること、それこそが我が悲願なのだよ」


 少女の父親は大仰にそう述べた。俺は当然、それに反論する。


「やっていることが真逆じゃないか。お前は世界を滅茶苦茶にしているだけだ」

「存続と平和は意味合いが異なる。前者が無ければ、後者も存在し得ない。私は目先の平和よりも恒久的な存続を優先したに過ぎない」

「意味がわからない。平和じゃない世界に意味なんてないッ!」

「意味なんて要らない。私はここに在ることだけを目的としているのだから」

「狂ってやがるッ……!」

「君が狂っているのだよ」


 少女の父親、もとい魔王は人間から黒き翼竜へと姿を変えた。


「【メビウス】は物事の本質を見極めるギフト。父の前では嘘もはったりも通用しません」


 少女は父親のギフトについて説明した。


「【ウロボロス】は【メビウス】の上位ギフト。無限の可能性を秘めた究極のギフトです。今の父親の前では、偽りすらも真実へと変わるでしょう」

「それがどうした」


 俺は【ホーリィ】のギフトによって祝福された聖剣を構え、眼前の魔王を睨み付ける。【ドレイン】によって吸収された数多のギフトが混ざり合い、白色のオーラとなって身を包む。


「無限だろう何だろうと、俺が終わりを見せてやるッ!」


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