第13話: ゲームでは、出現したらラッキー

※残酷な描写有り、注意要



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 ──確証など、何も無かった。




 だが、そうなるかもしれない可能性と、そうなるかもしれないという希望が、白坊には有った。


 そのどちらもが、『稀人』という現代の……正確に言えば、だ。


『剣王立志伝』というゲームの知識と、そのゲームの情報が至る所に見受けられる、この世界の不思議さが噛み合った結果、生み出されたモノである。



 ……具体的に、白坊はどんな可能性を見出したのか。



 それは、『剣王立志伝』において、シリーズ全てを通して搭載されているシステム……攻略本記載による公式通称、『仲間システム』である。


 この『仲間システム』とは、その名の通り、主人公が仲間(味方キャラ)を増やし、ゲームを有利に進める為のシステムである。



 その中身は至って単純。



 味方にする事が出来るキャラクターに対して、仲間にするコマンド(要は、ボタン)を押すことで、そのキャラクターを仲間に引き込む事が出来る……というものだ。


 この時、特殊なキャラクター(いわゆる、フラグ達成が必要なキャラ)を除けば、基本的にはコマンド一つで仲間にする事が出来るようになっている。


 そして、仲間にしたキャラクターは……これはカセット容量の関係上、『立志伝3』になるまでは名前だけで見た目の変化は無かったのだが……特定の場所にて、仲間を自由に入れ替えすることが出来る。


 アイテム欄に並べられたアイテムを入れ替えるかのように、キャラ名を入れ替えることで、自由にパーティメンバーを入れ替える事が出来るわけである。



 ──ここに、白坊は可能性を見出した。



 つまり、『仲間』という状態にしてしまえば、だ。


 戦闘等に連れ出すパーティにこそ入れなくとも、メンバーの1人としてカウントされるのではないか。


 そうすれば、特定の場所……その内の一つであると思われる『陣地』にも、入る事が出来るようになるのでは……と、考えたのだ。



 ただ……先述の通り、可能性を見出してはいるが、確証は無い。



 なにせ、白坊は現時点ですら、『じたく』において部外者(あるいは、外敵)を弾くという謎のシステムの全容を把握出来ていない。


 許可を出していない者を弾くのであれば、そもそも、ミエだって最初の時に許可を正式に出した覚えはない。


 当たり前のように部屋の中に入れて手当てを行ったが、もしも、許可制であるならば、ミエだって外に弾き出されているはずだ。


 あるいは、無意識に受け入れた場合にだけ、その限りではないのかもしれないが……それだけでなく、問題は他にもある。



 それは、人数制限だ。



 というのも、実際のゲーム中においても、システムと容量と処理能力の関係上、表示されるメンバーは最大4人。


 この4人という制限がこの世界においても反映されているかは不明だが、仮にそうなのだとしたら、既に白坊たちは4人居る。


 つまり、既に定員に達しているので、どう足掻いても新しい人を追加することが出来ない……その可能性が、あるわけだ。


 しかも、ゲーム中における『じたく』では、表示される画像がプレイヤーキャラのみだったり、仲間キャラ含めてだったり、シリーズによって違いがある。


 入れ替えを行う事で、データ上では全員を『じたく』に入れる事は可能である……けれども、そう、けれども、だ。



 ──ゲームとして考えれば、何でそんな事を考えるのかという感じだろうが……ここはもう、ゲームの世界ではないのだ。



 少なくとも、白坊はもう、この世界が『剣王立志伝』に酷似した世界ではあるが、ゲームの中の世界とは……考えていなかった。


 怪我をすれば血を流し、腹が空けば空腹感が湧き起こり、放って置けば垢が溜まって悪臭を放ち始める……そういう現実の世界なのだと、白坊は考えていた。



 ……だからこそ。



 明確な証拠は分からなくとも、本来、出現するはずのない場所で出現したモンスターしかり、婚姻した白坊しかり。


 何一つイベントをこなしていないのに、何故か天下統一後というゲーム終了後の状況になっている……が、それでも。


 ゲーム内では絶対に起きなかった現象……有り得ない事が次々に起こっているとしても、ゲーム同様、あるいは酷似した現象だって、ここでは起こる。



 故に……可能性は0ではない。



 特殊なキャラクターというものが、この世界においてどのような存在なのかは不明だが……何にせよ、試しておく価値があると、白坊は考えたのであった。



(『仲間』の状態なら、もしかしたら超常的な現象が働いて、俺たちを攻撃出来なくなる不思議な力が働くかもしれないし……な)



 もちろん、そういった予防線を考えたうえでの決断である……で、だ。



「……以上が、俺が出す条件だ」



 そう言って締め括った白坊が提示した条件は、六つ。



 ──一つ。


『実らず三町』はあくまでも御上の物である。とはいえ、先住しているのは白坊たちなので、基本的には白坊たちの指示に従う事。



 ──二つ。


 許可した場所以外への立ち入りは禁止。並びに、その場所にある物を取る事は禁止し、如何なる理屈を出そうが厳罰に処す。



 ──三つ。


『実らず三町』において家を建てるなり仕事をするなり、何かしら土地を使用する時は、許可を得る事。



 ──四つ。


 必要だと判断した場合、新たに条件を追加し、場合によっては条件を減らす。



 ──五つ。


 これらの条件を守れない、破った場合、白坊の手で厳罰に処す。それに逆らうのであれば、連帯責任として全員を追放する。



 ──六つ。


 交わされた条件は、絶対に開示しないこと。




 これらが……白坊の出した、移住を行う際の条件であった。



「如何なる理由があろうと、例外は認めない。解釈の違いだとか言い出したら、その時点でお前たちを叩き出す……それでも、良いか?」

「──はい」

「もちろん、移住出来たらの場合だ。出来なかった場合は、単純にお前たちが『実らず三町』に入れなくなるだけだから、この条件を守る必要はない……それで、良いね?」

「──はい!」

「……え、良いの?」

「え、はい」

「と、とりあえず、奉行所とかが口出ししてきても、誤魔化せる言い訳はあるけど、上手く行く保証は無い。下手すれば貴方たち全員お縄になるし、やり過ごせても、他にも色々と制約を課せられる可能性高いけど……それでも?」

「はい、某共としては、それで構いません」



 ──マジかよ、これでも良いって、いったいこの人たちどんな環境に居たんだよ。



 その言葉を寸でのところで呑んだ白坊は、思わず頬を引き攣らせた。白坊としては、かなり一方的な条件だと思っていたからだ。



 ──だって、この条件。要は、その気になれば君たち何時でも独断で処罰出来ちゃうよ……っていう感じの条件なのである。



 だから、次郎三郎側からは難色を示されるというか、嫌な顔をされるだろうなあ……と、思っていた。


 それが、快諾である。まさかの、即決である。


 正直、次郎三郎側で会議を行い、返事は後日になるだろうね……とすら思っていたから、余計に驚いた。



 ──対して、次郎三郎側も驚いていた。しかし、それは白坊の驚きとは真逆である。



 すなわち、『こんな当たり前な条件ばかりで本当に良いのか?』である。


 どうしてかって、白坊が出した、いくつもの条件。


 一見、非常に一方的で厳しい内容に思えるが……実の所、この程度は当たり前な内容ばかりなのである。



 まず、一つ目。



 基本的に、たまたま住んでいたとかならともかく、住んでいる場所の古株の意思が優先されるのは当たり前だ。


『実らず三町』を現在の形に変えたのは、間違いなく白坊の神通力。ならば、白坊の意思が最優先され、格上として扱うのは、次郎三郎たちにとっては当然の帰結であった。



 次に、二つ目と三つ目。


 これに関しては、思う所は全くない。



 要は、『はたけ』の作物を盗むな、『じたく』の物を盗むな、勝手な事はするな、やるなら事前に確認して許可を取れ。


 ただ、それだけのこと。


 次郎三郎たちとて、馬鹿ではない。その世界から足を洗おうとしているとはいえ、忍者は忍者、調べは尽くしている。


 いくら人知を超えた神通力を宿しているとはいえ、『実らず三町』にて人を勝手に住まわせる権利など、白坊が有していないことぐらい知っている。



 ──だからこそ、次郎三郎たちは……我知らず、歓喜に震える身体を抑えるのに苦労した。



 嘘でも良かった。口からの出任せでも良かった。


 それでも、自分たちの為に危ない橋を渡ろうと、はっきり口にしてくれた。言葉にしただけでも処罰されるような事を、この人はちゃんと言葉にしてくれた。


 その事実だけでも、彼ら彼女らにとっては涙が出そうなぐらいに嬉しい事であった。


 ……っと、話を戻そう。


 立ち入り禁止に関しても、思う所は無い。どこの土地にも、立ち入る事を禁止した場所はいくらでもある。むしろ、事前に教えてくれた方がお互いに楽な部分すらある。


 実際、田舎の方に行けば、説明など一切しないくせに内々で禁じられている場所とか、普通にある。あれはもはや、罠の領域だろう。



 四つ目、五つ目、六つ目に至っては、何処もやっているぐらいに当たり前すぎて、説明する必要すらないかもしれない。



 ……まあ、アレだ。


 白坊と次郎三郎たちは、偶然にも互いに真逆な理由から、互いに対して困惑の眼差しを向けるという、不思議な状況に陥ったのであった。



 ……とはいえ、何時までもそれでは話が進まない。



 本来、接触すること事態が厄の塊であるから……なので、白坊は、軽く居住まいを正しながら……記憶の中にある、キャラを仲間にする時の台詞を思い出しながら……言い放った。



「『仲間になってくれ!』」

「え?」



 次郎三郎たちからすれば、突然過ぎた事だろう。


 でも、重要な事である。そして、白坊より向けられる真剣な眼差しから察した次郎三郎は、とりあえず流れに乗った。



「次郎三郎さん、『わたしで、よろしければ』と、俺に言ってくれ」

「は、はい……『わたしで、よろしければ』」

「『おお、ありがたい! よろしくたのむぞ』……よし、どうだ!?」



 この会話は、仲間にする事が出来るキャラクターに対して行った時のみ発生する、特殊会話である。


 仲間に出来ないキャラクターに行うと、『わたしで~』の部分が変わり、『わたしでは、あしでまといになるので……』という感じで、断られてしまう。


 ゲームなら定められたテキストが表示されるだけの話だが、現実ではそうならない。


 だから、あえてゲーム内のテキストを喋らせることで、仲間判定されるのでは……と、白坊は考えたわけだ。


 要は、白坊が『じたく』を手に入れる時にやった事と、根っこは同じである。



 ──上手く行く保証も自信もなかったが、可能性はある。



 それだけを信じて、白坊は結果が現れるのを待った──その結果、とりあえず、(白坊にとっては)目に見える形で現れた変化は……一つだけ。



(……あの変な気配が消えた。でも、消えたから何だと言うのだろうか……?)



 それは、次郎三郎や千歳たちより感じ取れていた不可思議な気配の事だ。


 全員を確認したわけではないので断言は出来ないが、パッと確認出来る範囲の人達からは、『気配』が消えているのを白坊は感知した。



 ……うん、まあ、しかし、だ。



 結局、あの『気配』が何を表しているのかが不明なままではあったが……まあ、いい。どうにも落ち着かなかったから、無くなってくれるだけでも白坊にとっては良い事であった。


 ──で、そこから先、他にも変化が現れるかを待った……のだが。



(……これ以上帰るのが遅くなると、夜の山を下りる事になる。仕方がない、明日になってから確認していくか)



 結局、それ以上の変化は見られなかった。


 なので、確認は明日に持ち越す事にした。要は、結論は明日……というわけだ。


 まあ、やろうと思えば夜中でも確認は出来る。でも、さすがに目立って仕方がないので、やきもきしている次郎三郎たちには、我慢してもらうことにした。



 ……。



 ……。



 …………そして、翌日の早朝。確認の為に代表して来てもらった次郎三郎と千歳を伴って、『陣地』へと案内した……白坊は。



「──ヨシッ」



 無事に……という言い方は違うのだろうが、とにかく……何事もなく柵の内側へと入れたのを、確認したのであった。







 ……。


 ……。


 …………とはいえ、だ。



 柵の内側に入れるようになったとはいえ、全ての出入りが可能になったのかといえば、そんな事はなかった。


 どうやら、仲間判定によって『陣地』の……『実らず三町』を囲っている柵の内側に入る事は出来ても、白坊たちが住まう『じたく』などには入る事が出来ないようであった。


 理由は不明だが、『じたく』はやはり特別なのだろう。


 『気配』が消えても駄目なようで、以前の佐野助たちと同じく、ある一定のラインより先には入る事はおろか、物を投げ入れても弾かれるようであった。



 これに関して、ある意味一番安心したのは白坊ではなく、妻のミエであった。



 それはもう、目に見えて安堵のため息を零したほどに……なので、気になって理由を尋ねてみれば……まあ、アレだ。


 どうやら、ミエはこの『じたく』に余所者が入ってくるのを快くは思ってないみたいだ。


 曰く、この『じたく』は命を助けられた思い出の場所であり、白坊と初めての契りを交わした……場所でもあるので、余計に余所者が入って来るのは嫌なのだそうな。



 ……なるほど、言われてみたらそうだったな。



 話を聞いた白坊は、素直に納得した。確かに、白坊が逆の立場だったらけっこう複雑な気分だ。


 しかし、ミエとしては『じたく』や『はたけ』に入って来なければ特に思う所はないらしいので、次郎三郎たちにはソレに従ってもらうことにした。


 まあ、従わなかったとしても、物理的に入る事が出来ないので、それ以前の問題ではあるのだが……と、思っていると、問題が一つ発生した。



(……あれ? 全員から気配が消えたわけじゃないのか?)



 それは、次郎三郎たちに続いて、先に『実らず三町』の様子を改めて確認しに来た先発隊……その中に居た。



 具体的には、変わらず異質な『気配』を残している者たちが3人。



 この3人は、他の者たちとは違い、『陣地』の中……すなわち、柵の内側に入れないようだ。


 以前、『じたく』に入れなかった佐野助たちと同じく、見えない空気の壁に邪魔されているみたいで……困惑した様子で、柵を境目にして立ち止まっていた。


 まあ、そもそも『陣地』の判定が『じたく』と同様なのかは確認していないので、実際のところどうなっているのかは分からないが……で、だ。


 その3人は、来ている者たちの中でも体格が良く、一見するばかりでは朗らかな印象を覚える人相ではあった。



「……あ~、次郎三郎さん」

「なんでしょう、白坊様」



 正直、様呼びされるのは居心地が悪かったが、ちゃんと格付けはした方が良いと次郎三郎から言われたので……と、話を戻そう。



「あの3人は駄目。原因は俺にも説明出来ないけど、俺に授けられた神通力が駄目だと判断したみたい」

「えっ!?」



 しかし、『陣地』の判定には見た目は一切考慮してくれないようだ。心底驚いている次郎三郎に、「俺には、どうにもできない」白坊はさらに念押しした。


 実際、白坊が断言出来る事はほとんどないし、なんとかしてくれと言われても、なんとか出来ない。


 『仲間システム』のおかげで柵の中に入れるようになったように見えるが、実際に、ソレのおかげなのかすら、白坊には判断出来ないのだ。


 なので、判定でアウトになってしまった者をどうにかする術は、白坊にも見当が付かなかった。



「……どうにかなりませんか、白坊様」

「そう言われても、本当に俺にもどうにもできない。あの3人は、ちゃんと俺が出した条件を受け入れているんだよな?」

「はい、そのはずです。形だけにはなりますが、我ら一同血判にて覚悟を示しましたから」



 ──血判って? 



 何やら非常に聞き捨てならない単語が飛び出したが、気にすると負けだ。生きるか死ぬかの覚悟で来ているのだから、そりゃあそうだろうけれども。


 ……とりあえず、白坊は可能性として起こり得そうな事を想像し……その中でも、一番有り得そうな事をそのまま告げた。



「それじゃあ、内心では反故にする気満々だったみたいだな」

「えっ!?」

「確証は無いけど、俺の家は害意を持つやつなんかを弾く力があるっぽいからな。そこから考えると、俺の信頼を得てから俺を害するなり脅すなりして、こっそり此処を乗っ取る……とか、心の何処かで企んでいたんじゃないの?」

「……、──っ!!!」



 その時の、次郎三郎の顔色は……何と言えば良いのか、しばらくの間、非常に色彩豊かな状態になった。


 漫画とかアニメとかだとありふれた表現だけど、現実の人間も同じ事が起こるのだな……と、少しばかり感動しながら眺めている……と。



「……白坊様、少々お待ちいただいてよろしいでしょうか?」



 七色に変化していた顔色を赤に固定した次郎三郎より、そんな事を尋ねられたので。



「俺は貴方たちの内情に関与するつもりは全く無い。土地に関する事じゃなければそっちが決める事だから、いちいち俺に了解を取る必要はないよ。俺がやったのは、あくまでも柵の内側に入れるようにした、それだけだから」



 白坊としてはそう言う他なかった。



「いえ、これもケジメですので……では、失礼」



 けれども、次郎三郎は満面の笑みでそれを拒否すると、途端に真顔になると共に、無事に柵の内側に入れた者たちの下へと向かい……そして。



 ──白坊は、見た。『不穏』という言葉がピタリと当てはまるぐらいに、集団より感じ取れる気配がガラリと変わったのを。



 それは、白坊がこれまで幾度となく目撃した『気配』とは根本から異なっている。けれども、ソレは確かに強烈なナニカを伴って……うん。



 ──忍者って、怖い。



 そう、改めて思った白坊は、とりあえず『はたけ』の様子を見に行くかと踵をひるがえし……そこで、ふと、遠くよりこちらを見ている者たちを見付けた。


 その者たちは、ちょうど『実らず三町』にて唯一の出入り口(つまり、3人が立ち止まっている場所)とは反対側に居る。


 かさを被っている(笠とは、帽子などの被り物のこと)ので顔をうまく確認出来ないが、遠目にも武士だと分かる恰好ではあった。



 ……いったい、何者だろうか? 



 気になった白坊は、ミエたちより家の外に出ないように一声掛けつつ、その武士たちの下へと駆け寄り……不意に、その内の一人が笠を外したのを見て、白坊はアッと声を上げた。



(佐野助さん?)



 思いもよらない人物の登場に、白坊は困惑に首を傾げる。見やれば、同じように軽く笠を外して見せてくれた顔ぶれは、どれも見覚えがあった。



 ……もう来ないと言った手前、よほどの理由が無い限りは来ないはず。



 その佐野助が、わざわざ姿を見せた。この時点で、只事ではないと白坊は判断した。


 近況報告……なわけがない。おそらく、御上から指示が出て尋ねてきた……と、考えるのが自然か。


 とにかく、何用なのかぐらいは聞いておかねば……そう思い、白坊は佐野助たちの下へと(柵越しではあるけれども)向かった。



「……白坊、あの者たちを引き入れた目的を話せ。どうして、あやつらは柵の中に入る事が出来たのだ?」



 そうして、改めて顔を合わせた瞬間……鋭い眼差しと共に、前置き一切なしの単刀直入、ズバッと本題へと切り込んできた。


 これには白坊も驚いた……というより、面食らった。


 と、同時に、やはり監視していたのだなという寂しさも湧いて出てきた。


 なにせ、いくら何でも早過ぎる。タイミングから見て、偶発的……とは、考えにくい。


 昨日今日で此処に来ているということは、以前より秘密裏に監視が成されていたのだろう。そうでなければ、こうまで早く佐野助たちが来るわけがない。


 加えて、彼らのこの位置と、今しがたの発言。


 明言などしていないのに、佐野助たちは『柵』より中に入れない事を知っている。そうでなければ、唯一の出入り口よりさっさと『じたく』の方へと入ってくるはずだから。



 ……まあ、アレだ。



 親身になってくれていたのだろうが、彼らとて武士の1人であり、信長に仕える家臣の1人に過ぎない……ということなのだろう。


 当人がどう思ったところで、御上より命令が下されれば、それを遂行するのが定めで……その事を責めるつもりなど、白坊にはなかった。



「……引き入れたというより、神仏にゆだねたといった感じでしょうか」



 しかし、そうなれば、白坊にとっての彼らが、『相応の関係』でしかなくなるのも当然の話で。



「神仏? どういう意味だ?」

「話せば長くなるのですが……」



 故に、白坊が佐野助たちに語る『事の顛末』に関しても……事実ではあるものの、白坊にとっては都合の良い内容で脚色されていた。


 まあ、脚色とは言っても、そこまで変えているわけではない。要は、判断しかねるので神仏に判断を……というだけの話である。



 具体的な中身は、こうだ。



 まず、『実らず三町』に暮らしたいと彼ら(次郎三郎たち)が話しかけてきた。


 しかし、住んで良いのかどうかの判断は白坊には下せない。そもそも、許可が下りても『実らず三町』には入れない可能性がある。



 白坊としては、それはあまりに可哀想だと思ったのだ。



 もちろん、断られるだろうとは思っていた。けれども、万が一はある。中途半端に希望を持たせるぐらいなら、初めから事実を知った方が良いと思った。


 だから、白坊は彼らの下へと向かい、『実らず三町』では暮らせないという説明を行った。


 しかし、彼ら彼女らは信じなかった。いや、正確には、『稀人』である白坊の言葉を信じはしても、どうしても諦めきれなかったのだ。


 実際、彼ら彼女らの立場を思えば、痛い程に理解出来ると白坊は思った。



 なので、白坊は神仏に判断を委ねることにした。



 白坊が持つ『じたく』や『はたけ』もそうだが、白坊はこれを神通力……すなわち、『神仏の力』が働いているのだと考えている。


 だからこそ、白坊は神仏に任せたのだ。


 神仏が許すのならば彼らはこの地に入る事が出来て、許されないのであれば外へ弾かれる。


 それ以上でもそれ以下でもなく、神仏が駄目だと判断したのであれば潔く諦めろ。許可を貰いに行くのは、それからでも遅くは無い……そう、話した。


 その結果、彼らはここに来て……神仏に許され、柵の内側に入る事が出来た……というのが、佐野助に語った内容であった。



「……ふむ、顛末は分かった」



 一通りの話を聞いた佐野助は、しばしの沈黙の後。



「白坊、そういう時はまず、奉行所へ伺いを立てるのだ。お前の憐れみの是非とは別に、まずは奉行所に報告せよ」



 そう、キッパリと言い切った。



「は、はい……」



 これに関しては言われて当然の事だし、言われるだろうなと思っていたから、白坊は素直に頷いた。



「……念のために聞いておくが、お前が何かを行って、やつらが入れるようになった……というわけではないのだな?」

「それは、分かりません」

「なに?」



 肯定もせず否定もしない白坊のその言葉に、佐野助たちは目じりを吊り上げた



「だって、何がどう関係して彼らがここへ入れるようになったのかが分かりません。俺ですら、何がどうなってこうなったのか説明出来ないぐらいですから……」



 だが、直後に続けられたその言葉に……佐野助たちは、疑問に思いつつも、いくらか納得した様子で頷き合った。



 まあ、そりゃあそうだろう。



 『神仏の力』なのだと説明している者に対して、神仏とは何ぞや、神仏の力とは何ぞやと尋ねる行為はもはや、禅問答(ぜんもんどう)の領域である。


 加えて、白坊は見た目からして仏僧ではない。『稀人』という、神通力を宿しているという言い伝えがあるだけの……いや、実際に不可思議な現象を起こしている男だが、それだけだ。


 当人ですら理解しきれていない事を問い質したところで、分かるわけもない。信じ難い常識外の事すら、知らぬ間にやってのけるのだから。



「……ところで、仮にあやつらの移住を不許可にした場合、お前は何が起こると思う?」



 けれども、それでハイ分かりました……と、あっさり引けないのが中間管理職の悲しいところだ。



(……やっぱり俺が引き込んだって疑うか……いや、まあ、状況的には疑われて当然なんだけれども)



 己に対して疑いの目が向けられている事を改めて察した白坊は、あえて、考え込むような素振りをした後……正直に答えた。



「俺には分かりません。神仏が不許可にした者たちに罰を与えるのか、それとも不許可になったのだからと彼らをこの地より追い出すやも分かりません」

「ほう? どうしてそう思う?」

「神仏のやる事ですから。下々の事を気に掛けてくれているのか、それとも取るに足らぬ些事として見逃すのか、俺にはさっぱり……」

「ふむ、そうか……では、最後に一つだけ」



 そこで、佐野助は……柵越しではあるが、グイッと顔を近付け……白坊へと顔を近付けた。



「白坊よ……努々ゆめゆめ忘れぬな。信長様は真新しい事、珍しい事、奇妙奇天烈きみょうきてれつな事には滅法興味を引かれる御方だが……けして、甘い御方ではない」


「今はまだ、お前のやることを『常識知らずの稀人が珍妙な事になったぞ』と静観しておるらしいが、ひとたび邪魔な存在だと思われてしまえば……一切の躊躇ちゅうちょなく、お前の首を落とすよう命令を下すだろう」


「故に、覚えておけ。調子に乗って動き回り、あの御方のお怒りを買うような事になれば……如何な利益をもたらす『稀人』でも、あの御方は──ん?」



 そこで、佐野助の忠告が止まった。合わせて、視線が動いた。


 追いかけて見やれば、柵の外。ちょうど、外をグルリと回って駆け寄ってくる者たちが居て……それは先ほど、『実らず三町』に入れなかった者たちであった。



 ──あっ、ヤバい。



 そう白坊が思ったのは、その者たちの後方より青ざめた様子で追いかけてくる千歳と他数名の姿があったからだ。



 ──これは、腹いせに全部暴露する気か? 



 走ってくるソイツらの顔を見て、白坊は悟った。


 だが、悟ったところで意味はない。ここで彼らを抑え込もうとするのは変だし、察した佐野助たちが白坊の前に立つようにして動きを封じたからだ。


 これでは、白坊は動けない。ここで無理に動けば、佐野助たちに『やましいところがある』と自白するようなものだ。


 けれども、このまま黙っていたら、洗いざらい全てを吐かれ……もはや、如何な理由であっても言い訳が出来なくなる。


 それどころか、謀反を企んでいるとして江戸より追われるだけでなく、追手を掛けられる危険性すら……だが、この状況でいったいどうしたら──ん? 



 それは──唐突であった。



 いよいよ佐野助たちとの距離も縮まり、何処となく勝ち誇った笑みすら浮かべていた彼らの……中で、先頭を走っていた、短髪の男が……いきなり、発光した。



「──っ!?」



 いや、違う。発光ではなく、発火。


 ボン、と爆発したかのようにその身体が火に包まれた瞬間、白坊の視界を埋め尽くしたのは……膨大な爆音であった。


 そう、それはもはや、音の爆発であった。そして、誰しもが理解した……その音の正体が、『雷鳴』なのだと。


 あまりに強烈過ぎて、白坊は飛び退くようにして尻餅をついた。それは佐野助たちとて例外ではなく、「うわぁああ!?」誰も彼もが驚き慄いた。



 ……今しがたまで生きていたはずの男はもう、焼け焦げて絶命していた。



 いったい、如何ほどの力がその身を焼いたのか。電撃を浴びて不自然な形で硬直したまま発火しているその身体は、そのままの体勢で倒れてしまっている。



 これには……男に続いて走っていた者たちもまた、完全に腰を抜かしていた。



 音だけでも腰を抜かすほどに凄まじかったというのに、目の前で仲間が焼け焦げて即死しているのを見れば……よほど胆力が無ければ、平静など保てるわけがない。


 実際、佐野助たちも腰こそ抜かしてはいなかったが、傍目にも動揺して言葉を失くしているのが見て取れた。


 まあ、それは白坊とて同じ事なのだが……必然的に、誰もが呆然と焼け焦げた死体を見つめるばかりであった……と、その時であった。



「や、やはり、『稀人』には神仏の加護が……」



 そう、思わずといった様子で零したのは、佐野助と一緒に来た……彼の部下(見覚えが有った)であった。


 その声はそれほど大きくはなかったが、不思議なぐらいにこの場には響いた。そして、それは瞬く間に動揺を誘い……佐野助ですら、少しばかり青ざめた顔をしたぐらいであった。



(……あ、『えびすいぬ』だ)



 だが、やはりというか、運が良かったというか……尻餅を付いて目線が下がったことで、偶発的にも白坊だけが……この惨事の原因に気付いていた。


 それは『剣王立志伝』においては……いわゆる、倒せば大量の経験値とお金を手に入れる事が出来る、お助けキャラみたいな立ち位置に居る敵キャラである。


 外観は、デフォルメされた犬が片手(片足)に小槌を持っていて……何と言えば良いのか、気の抜けた表情をしていて……肉眼で目にしたソイツもまた、気の抜けた表情をしていた。



 ……記憶が確かならば、だ。



 『1』には登場しないこのキャラの特徴は、何と言っても出現する出現率の低さと、その特異なステータス。いわゆる、メタルなやつらだ。


 最大レベルかつ攻撃力カンスト状態であっても、HPを削り切るまで3~5回の攻撃を必要とする。加えて、『素早さ』が早過ぎて、ステータスカンストでも命中率は2割を下回る。


 上手く倒せれば短時間でレベルを上げる事が可能だが、運が悪ければ何十回とチャレンジしても徒労に終わる……そんな、お助けor敵キャラなのだ。



 ……で、だ。



 この『えびすいぬ』……『立志伝2』と『立志伝3』にのみ登場する敵キャラなのだが、実はそれぞれ大きく性能が異なっているという特徴がある。



 それは、『一切攻撃してこないが、確定3ターン目で逃走する』、立志伝2と。


 『2ターン毎に即死攻撃を放ってくるが、7ターン目まで逃走しない』、立志伝3の、違いがあった。



 これは、お助けキャラではあっても、安易にレベル上げをさせない(つまり、クリア時間を伸ばす)というスタッフの意地悪な判断の結果らしいが……って、それならば!? 



「──佐野助様、逃げて!」



 気付いた瞬間、白坊は声を張り上げていた。


 一拍遅れて、佐野助たちは彼らに背を向けて一目散に駆け出す。


 これがゲームであるならば、『えびすいぬ』に対する逃走確率は100%。だから、逃げ出した時点で、『えびすいぬ』の攻撃対象から外れ──あっ! 



 ──再び、閃光が走る。合わせて、爆音が辺りに響き渡る──瞬間、黒焦げ死体が一つ、増えた。



 天より降り注ぐ必殺のいかずち


 ゲーム中においては、ステータスカンストであっても即死させる『えびすのいかずち』。それは、この世界においても圧倒的な威力を発揮した。



「ひぃ! ひぃ! ひぃ!」



 目の前で、仲間が2人も即死したのを見てパニックを起こしたのだろう。


 尻餅を付いた状態で一生懸命地面を蹴って離れようとするも、その足は空しく地面を削るばかりで、ほとんどその場を動けていなかった。



 ……その結果。



 3度目の雷鳴と、爆音。それは対象に断末魔を上げさせることすらさせないまま、黒焦げの死体を作り出した。時間にして、2分にも満たない一瞬の惨劇であった。


 そして……『えびすいぬ』は、わん、と小さく吠えた後……フッと、その場より浮き上がると……目にも止まらぬ速度で、瞬時に空の彼方へと飛んで行ってしまった。



 ……。


 ……。


 …………後に残されたのは、だ



 黒焦げになった死体が三つ。離れたところで腰を抜かしている千歳たち。そして、恐る恐る戻ってきた佐野助たちと……呆然と座り込んだままの、白坊だけであった。



 ……。


 ……。


 …………そのまま、どれほど空白の時間が流れただろうか。



「……は、白坊」



 佐野助より掛けられた言葉に、ハッと白坊は我に返った。見やれば、白坊程ではなくとも、幾らか青ざめた佐野助たちと、視線が合った。



「こ、これは、神仏の怒りなのか?」

「い、いえ、俺にも何が何だか……」



 これは、本当だ。



 幸運にも『陣地』の中に居たからこそ攻撃対象から外れていたが、最初の一撃……仮に、白坊が柵の外に居たならば……最初の一撃が、白坊に向かっていても、何ら不思議な話ではなかった。



「そ、そうか……助かった、この恩はいずれ返そう」

「い、いえ、御気になさらず……お互いに、無事で良かったです」

「う、うむ、そうだな、無事で何よりだ……」



 お互いに、少しズレていたら黒焦げ死体になっていたかもしれない状況……平静をすぐさま取り戻せというのも、無理な話で。



「と、とりあえず、上には某から報告しておく。今すぐ常識を学べとは言わぬが、その辺りは分かっておるな?」

「は、はい、分かりました」

「う、うむ……まあ、悪いようにはならんと思う」



 そう言うと、佐野助たちは小走りに……というには、些か腰が引けていたが……『実らず三町』を離れ、江戸の町へと戻って行った。



 ……。


 ……。


 …………そのまま、五分程ぼーっと呆けた後。



「……何か知らないけれど、うやむやになっちゃったな」



 ようやく、白坊も気を取り直し……ついで、柵の向こうにて放置されている黒焦げ死体に……目を向けたのであった。




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