第12話: ナメられたら駄目、つまりはそういうこと?



 さすがに……ミエを伴って行くわけにはいかない。



 相手の思惑(というより、狙い?)が何であれ、傍に護らなくてはならない者が居ると、その分だけ動きが鈍ってしまう。


 また、場合によっては人質に取られてしまう事も。


 それを危惧した白坊は、まずはミエと共に『じたく』へと戻った。ミエも、己が足手まといにしかならない事に気付いているのか、拒否はしなかった。


 けれども……言われずとも、白坊が危険性のある行いをしようとしているのは、察したのだろう。


 まあ、勘の鋭いところのあるミエでなくとも、察するだろう。


 警戒している相手のお仲間と、これからお茶をしに行くともなれば……子供だって、大丈夫なのか心配に思うところだ。


 ならば、行かなければ良いのでは……そう思いたいところだが、そうも言ってはいられない。


 何故なら、相手の思惑や狙いに関して、白坊は何一つ知り得ていないからだ。


 何も分からないから、何に気を付ければ良いのか分からない。どのような理由で、どのような相手に狙われているのか、それすら分からない。



 それは、非常に危険な状況だ。



 シンプルに、命が幾つ有っても足りないのではないか……そう、白坊は考えたわけだ。


 敵が定まっているならば、その敵にさえ気を付けたらいい。


 何かしらの原因によって敵になったのであれば、それを解消してしまえば、敵ではなくなる。


 だが、何も分かっていない状態だと、何がどう火に油を注ぐ形になるのかが分からない。


 いくら命が安い世界(史実の江戸においては、そうだ)だからとはいっても、次から次に命を狙われたりちょっかいを掛けられたりは、もうウンザリなのであった。



 だからこそ、虎穴に入るわけだ。



 危険ではあるが、この状況を打破するには、これしかないと白坊は考えた。


 まあ、その結果……コレが今生の別れだと言わんばかりに涙ぐみ、しばらく抱き着いたまま離れなかったのは……正直、申し訳ないなと白坊は思った。



 おかげで、『じたく』を出るまでが大変だった。



 特に、精神が子供のままのサナエを宥めるのが大変だった。


 いくら『話し合いに行くだけだから』と話しても、色々あって勘違いした3姉妹は素直に聞きいれては……いや、コレに関しては断言出来ない事だから、信じてくれというのも無理な話だろう。


 実際のところ……白坊に万が一の事態が起これば、ミエたちは路頭に迷うのだ。


 白坊が死亡しても『じたく』が残り、『はたけ』も使える状態で残れば良いのだが……最悪なのは、それら全てが消失し、着の身着のままで放り出された場合だ。


 そうなれば、ミエたちに待ち受けている未来は碌なモノではないだろう。


 運良く何処ぞの家に転がり込めても、離ればなれは確実。


 運が悪ければ、襲われてそのまま殺されてお終い……そりゃあ、ミエでなくとも悲観に思って当然だ。


 けれども、これは避けては通れぬ道。


 今やるか、いずれやるかの違いしかない以上……機会が訪れた今、避ける理由はなかった。




 ……。


 ……。


 …………そうして、気丈にも涙を堪えて見送るミエたちを背にして『じたく』を後にし……指定された、待ち合わせ場所へ。



 そこは、『江戸』を離れ、『実らず三町』の外側。先に、次郎三郎たちはそこで待っている、とのこと。


 そこで次郎三郎たちと合流した後は、歩いてさらに『江戸』から離れ、山の奥へ……そこに、彼らが拠点としている『隠れ家』があるらしく、そこで話をしよう……と、なっている。



 ……何とも、判断に迷うところだ。



 わざわざ『隠れ家』と白坊に教えた辺り、信頼してほしいという下心と切実な理由があるからなのか。


 それとも、信頼はあくまでも疑似餌であり、それは白坊を貶めるための策謀なのか……現時点では、判断が付かない。


 白坊としては己の安全が確立された柵の内側……すなわち『陣地』を隔ててやりたかったが、次郎三郎が物凄く難色を示したので、じゃあ『隠れ家』に……と、なったわけである。


 正直、不安が極まり過ぎてお腹痛くなりそうだが……やるしかない、もう決めたのだから。



 ……で、だ。




「──お待ちしておりました。それでは、ここより少し歩きまする」




 待ち合わせ場所には、事前に聞いていたように次郎三郎と千歳の二人が居た。顔を合わせてすぐ、次郎三郎が先導する形で歩き出す。


 いちおう……出来ているかは不明だが、周囲を警戒しながら白坊も後に続く。その後ろを、千歳が……つまり、二人に挟まれる形だ。


 言葉には出していないが、何が何でも話を聞いてもらうつもりなのか……それとも、白坊の……考えるだけ、無駄か。


 傍から見れば、たまたま同じ方向へと3人が歩いているといった感じで……そのまま『江戸』を離れ、近くの山へと登り……歩く事、小一時間ほど。



 白坊の前には、森の中にて身を潜めるように建てられた、三軒の家が有った。



 家自体は、雨が入り込まないように高さが設けられている。しかし造りが質素で、天井の高さそのものは低く抑えられているようだ。


 おそらく、外から見つからない為の対策なのだろう。



 もう、この時点で白坊は(こいつら、やはり只者じゃなかった……)と、内心にて大きなため息を零した。



 さらに、家の周囲には落ち葉を敷き詰め、家にも葉っぱや枝葉を被せてカモフラージュをしている。遠くから見た限りでは、見つけにくいようになっている。


 そして……その家の中より覗く、幾つもの顔。


 事前に話を通しているのか、話しかけてくる者はいない。


 だが、明らかに白坊を見つめている。ねっとりと、それでいて、焼け付くように爛々と。


 老若男女、違いこそあるが、視線の中身は全て同じ……のように、白坊には見えた。



「こちらに……」



 ジロリ、と。


 次郎三郎の一睨みによって、そんな者たちの視線が一気に消える。そうして、三つある内の一番大きな家へと通された白坊は……あらかじめ用意されていた座布団に、腰を下ろす。



 ……内装はおおよそ外から見たままの、想像通りだ。



 囲炉裏はないが、踏み固められた地面には隙間なく、スノコが敷かれている。その上にはムシロが何重にも敷かれて……寝床にも使うといった感じか。


 そして、おおよそ、の範疇から外れているのは、床がくり抜いたかのように低くなっているという点か。


 断面図のように横から見たら、桶みたいな感じだろうか。ちょうど、伏せるとすっぽり大人が1人、2人は隠れられそうな……ああ、その為か。


 用途を察した白坊を他所に、そっと……お茶が、置かれる。


 見やれば、千歳の微笑みが……と、思ったら、千歳は無言のままにそのお茶を一口……喉を見せ付けながらゴクリと呑み込むと、再びソレを白坊の前に置いた。



 ……。



 ……。




 …………え、もしかして毒見なの、それ? 




 つまり、毒など入れていませんよっていう、アレ? 



 その可能性に思い至った白坊は、思わず目を瞬かせた。


 時代劇とかで見たことあるやつを、実際に目の前でやられる日が来ようとは……いや、毎日が時代劇の世界に居るも等しい状況で、今更と言えば今更な話ではあるけれども。



(……と、とりあえず、飲んだ方がいいのか、これ?)



 歴史の勉強や時代劇などで、平民や農民などが知り得ていない知識を有しているとはいえ、こんな状況の正しいマナーなんぞ、白坊が知り得ているわけもない。


 本音を言わせてもらうのならば……正直な話、飲みたくはない。


 だって、白坊はまだ二人を信用も信頼もしていない。なんなら、命がけの逃走劇になるやもと思って、何時でも刀を抜けるよう意識し続けているぐらいだ。



 ……なので、だ。



 このまま放置して話を進めてほしいと願いつつも、どうしてか……次郎三郎も千歳も、黙ったまま見つめてくるだけ。



 しかも、ただ見つめてくるだけではない。


 理由は不明だが、物凄く真剣だ。



 ハッキリと分かるぐらいに、二人の……いや、家の外からコソコソっと覗き見している者たちの視線が、白坊と、そのお茶を交互に行き来している。


 視線だけで穴が空きそうなぐらいの熱量が、込められている。というか、手が焼けそうな感覚さえ覚えた。



 ……この状況で、こちらから話を切り出す勇気が、白坊には無かった。



 かといって、事故を装ってお茶を零す度胸も、白坊にはない。


 何と言えば良いのか、それをすると……非常に重要なナニカを間違える事になるのでは……そんな予感を、白坊は覚えていた。



(……ええい、南無三なむさん! 帰依はしないけど!)



 けれども、何時までも放置するわけにもいかず……覚悟を固めた白坊は、僅かに震える手で、椀を手に取り……ごくりと、お茶を一気に飲み干し──置いた。




 ──その瞬間、ワッ、と。




 見つめていた者たちから、一斉にどよめきが生まれた。


 そして、それは彼ら彼女らだけではなく、眼前の次郎三郎も、傍の千歳も……何故か、ひとすじの涙を零していた。



(おい、毒じゃないよな? 任務達成したから感涙しているとかじゃないよな? な? な?)



 今更ながら、凄まじい勢いでこみ上げてくる後悔の二文字。



 こうなれば、死なば諸共で……そんな思いすら湧いてくると同時に、白坊は無意識のうちに刀を──。



「……全て、お話します」



 ──抜こうとして、手を止めた。



 何故なら……そう、ポツリと呟いた次郎三郎は、何故か白坊へ向かって深々と頭を下げていて。


 いや、彼だけではない。


 今しがた毒見(たぶん、おそらく?)を行った千歳もそうだが、今しがたまで歓声にも似たどよめきを上げていた者たちすらも……振り返れば、深々と頭を下げていた。



 ……。


 ……。


 …………いや、もう、本当に。



(こいつら本当に……カルト教団か何かかよ……)



 ──結局、さっきのお茶は飲んで大丈夫な代物なのだろうか。



 そんな疑問を言葉にする余裕すら、白坊には与えられなかった。








 ──で、そんな流れで、次郎三郎より事情を全て話して貰った……わけなのだが。



(な、なんてこったい。千歳のアレが、演技だったのか……)



 内心にて、頭を抱えている白坊を尻目に……結論を順々に述べていこう。


 まず──次郎三郎を始めとして、ここに居る……千歳含む老若男女の皆様方の正体は、『忍者にんじゃ』であった。



 ……はい、忍者である。



 深い意味もなければ、特別な意味でもない。白坊が知識として知っている『忍者』、それが次郎三郎たちの正体であり、千歳は『くノ一』と呼ばれる女忍者であった。



 ……いや、まあ、アレだ。



 史実において、忍者と呼ばれる集団が何時頃から出現したかを白坊は記憶していないが、そんな存在が居ても不思議ではないというのが、白坊の感想であった。


 実際、白坊は誤解しているが、『忍者』というのは何も、黒い服に身を隠して闇夜を駆ける……そんな者ばかりではない。


 いわゆる、『歩き巫女』と呼ばれる者たちもそうで、闇夜に隠れて暗殺だの何だのは、数ある業務の中でも極々一部に過ぎない。


 というか、バレるのは三流も三流。本物の忍者は、そもそも表に出てこない。


 実際は、地道な情報収集が業務の大半であり、現代で言えば諜報員……つまりは、スパイこそが忍者の主流である。



 ……で、そんな忍者たちがどうして白坊に接触したのか。



 それは単に──安住の地が欲しかったから、らしい。


 というのも、『忍者』とはすなわち忍ぶ者の意味だが、その役割ゆえ絶対に表に出る事が出来ない。


 そして、その役割ゆえに、己が得た情報を絶対に漏らす事が出来ず、漏らせば最後、一族全て秘密裏に殺されるという絶対的な掟が課せられている。



 ――言うなれば、連帯責任だ。



 しかし、それだけ重要かつ失敗すれば……に、なりかねない立場だというのに……忍者たちは、総じて立場が低いらしい。



 ――理由は、何と言っても内情を知り過ぎているから……らしい。



 現代人の感覚が根強い白坊には理解し辛い事ではあるが、どうやら、知り過ぎているからこそ信用されないらしい。


 いつ何時裏切られてしまうのかを恐れるあまり、冷遇してしまうのだとか。



 ……白坊としては、まるでワケの分からない話……というのが、正直な気持ちで……話を戻そう。



 とにかく、『忍者』というのは仄暗い世界であり、常に秘密を抱えたまま生きなければならない世界である。


 他所に移ろうにも、一度でも『主君を裏切った』という悪評が付いてしまえば、何処へ行っても『自分もまた裏切るのでは?』と警戒されてしまう。


 結局、抜け出せないまま使い潰される……というのが、忍者の世界であると涙ながらに語り、それ故に安住の地を求めているのだと話したのであった。



(……何なの、この世界の殿様たちって馬鹿なのか?)



 さて、そんな話をされた白坊としては、そんな感想しか出てこないが……とはいえ、それに関しては白坊もそうだが、実のところ次郎三郎も勘違いしていた。



 いったい、何を勘違いしているのか……それは、『忍者の世界』に関して。



 と、いうのも、だ。


 次郎三郎が語る『忍者の世界』は、あくまでも次郎三郎が知り得ている範囲での話に過ぎない。


 そして、この場に居る誰もが、重宝され信頼を置かれている忍者たちが普通にいる事を知らなかったのだ。



 つまり、現代の言葉で言い換えるならば、だ。



 次郎三郎たちはブラック企業に雇われている社員で、大事にされている忍者たちは、ホワイト企業に雇われている社員……といった感じである。


 もちろん、個々人の技能の差によって生じる待遇の差……というものはある。


 しかし、所詮は程度の話。理屈で考えれば、むしろ邪険に扱われる次郎三郎たちがおかしくて、邪険に扱う主君が愚かなのである。


 先を読めていないというか、裏切り裏切られるのが当たり前な戦国時代のまま思考が固まってしまっているというか……で、だ。



「……もしかして、以前俺を襲った……墨入れに擬態していたやつらもお前たちの仕業か?」



 本当かどうかは別として、まず、白坊は以前より気になっていた事を率直に問うた。



「……アレは、某共ではありません」

「では、誰だと?」

「おそらくは……何処ぞの主君に仕える『忍者』かと思われます」

「どうして、忍者だと?」

「蛇の道は蛇、という事です。どれだけ息を潜め、成り済ましたところで……忍者は所詮、忍者。『特有の臭い』は誤魔化せません」

「……そうか、では、もう一つ尋ねよう」



 ……その話を聞いた白坊は、改めて尋ねる。



「先ほど、貴方は自分たちではないと答えた。つまり、貴方たちは俺たちが襲われたところを見ていた……それは、間違いないね?」

「…………」



 次郎三郎は、答えなかった。


 しかし、微かに……注意して見つめていなければ分からない程度に、頷いた。


 千歳たちも、否定も肯定もしなかったが、次郎三郎の反応にも目線を向けるだけだった……それを見て、白坊は……言葉を変えた。



「貴方たちの目当てが、『実らず三町』への移住にあるのは分かった。なら、分かっているだろ……俺の一存で決められる事ではないことぐらい──」



 そう、言葉を続けた白坊ではあったが。



「──以前ならば、そうでした」

「……は?」



 遮るように、次郎三郎は口を挟んだ。



「『実らず三町』に柵が出来た時……そして、あの柵の内側に居た獣たちが外へと弾き飛ばされたのを見て……覚悟を固めました」



 そう言い終えると同時に……次郎三郎、並びに、千歳たちも、再び……深々と頭を下げた。



「白坊様、これより我らは貴方様の目となり耳となり、手足になりましょう。その代わり、我が一族があの地に住まう事を、どうかお許しくだされ」

「ちょ、ちょい待ち! ちょっと待て、頭を下げられても困る!」

「いいえ、待てませぬ! 貴方様の良心に訴える卑怯な手段だとは存じております。しかし、そうせねば……このままでは、我らは捨て石同然に死ぬだけでございます」

「はあ!?」



 突然の事に困惑するよりも前に飛び出す、爆弾ワード。


 これには堪らず苛立ちを見せた白坊だったが、よくよく話を聞いてみれば……まあ、アレだ。



 簡潔にまとめるなら、『白坊(稀人)を中心とした権力闘争』であった。



 どうやら、白坊が自覚していた以上に『白坊(稀人)』の存在はお偉方の間では重要視されていたらしい。


 理由としては、神通力によって季節に関係なく一定量の作物を収穫する事と……後は、宗教的というか、政治的に利用出来るから……とのこと。


 少なくとも、手に入らないのであれば殺してしまえと実際に命令が下され、実働部隊の忍者が動き出すぐらいには……何処の大名にも注目されている、らしい。



 ……。



 ……。



 …………正直、その話を聞いて……白坊は思った。




 ──だったら、御上はもうちょっと俺たちを丁重に扱えよ……と。




 たぶん、色んな駆け引きがお偉方にはあるのだろう。


 表には出せない取引もそうだし、何ならバチバチと裏では政治闘争を繰り広げているのかもしれない。



 だが、そんなの、いったい白坊自身に何の関係があるのだろうか? 


 まるで、道具の使い道に悩む持ち主のような態度ではないか。



 というか、大事ならちゃんと扱え。適当に捨て置いて、利用出来そうなら使うとか、他人様をナメているのか。


 こっそり佐野助たちに指示を出していたのもそうだが、初めから白坊の意見を聞くつもりなどない態度に腹が……っと、今はその話は後だ。



「それで……死ぬって、何でそんな物騒な話になるんだ?」


「それは、某共が白坊様の暗殺を命じられているからです。失敗すなわち任務が露見したも同然、故に、失敗した時点で某共は全員口封じされてしまいます」


「はっ!? 口封じ!? それ、俺に言っていいことなの!?」

「構いません、もとより此度の任務は失敗するのが前提なのだと某は考えております。なにせ、貴方様を注視しているのは我々だけではございませんので……」

「……つまり?」

「良く言えば信頼、悪く言えば囮でしょう。貴方様がご自身で最低限身を守れるだけの力量を持っているのは、某共とて把握出来ている事……すなわち──」

「あ~、皆まで言わなくていいよ」



 次郎三郎の説明を遮った白坊は……深々とため息を零した。



 ……道理で、『陣地』を隔てた場所での話を嫌がるわけだ。



 次郎三郎の話が事実なら、あんな目立つ場所でやったら、失敗したと自ら宣伝しまくっているようなものだ。


 まあ、それを言ったら、会合のようなコレもバレている可能性有りだが……まあ、ミエたちは『陣地』の中に居るし、情報のレスポンスも遅いだろうから……で、だ。


 ようやく……いや、断言は出来ないが、次郎三郎の話から、おぼろげながら御上の考えが推測出来た。



 ──要は……囮捜査みたいなものだ。



 白坊を餌にして不満分子を表に引っ張り出すと同時に、どの立ち位置に居るのかを明確にさせる、囮だ。


 使い方によっては切り札になるやもしれない存在が、その気になれば捕まえられる位置に居る。


 なるほど……内心にてメラメラと下剋上の炎を燃やしている者ならば、手を出そうと動くのは必然。


 そして、見方を変えれば、そういった者たちからあえて白坊を守らせる事で……何処に属しているかを炙り出す。



 織田意外に心を置いているのであれば、だ。



 表向きはトップに君臨する信長公からとはいえ、主君を差し置いて自分たちだけが褒美をもらうとなるのは、色々とマズイ。かといって、断れば信長公の顔に泥を塗る形になってしまう



 そうなれば、出て来ざるを得ないのが……その者たちの影の主君。



 すなわち、本心では下剋上を狙っているかもしれない各陣営の内実を知る為に、あえて白坊を餌にして、手を出させようとした……それが、お偉方の考えなのだと、白坊は思った。



(なるほどなあ……前触れもなく押し掛け、褒美の品を確認して……万が一、それがそいつらの主君の手に渡っていたら、そこから繋がりを確認出来る)



 更に言えば、噂の一つでも流して……各陣営の関係にヒビを入れる事だって、出来るかもしれない。



(たとえば、部下は信長に目を掛けられているのに、上司であるお前は何も貰えていないのか……とか?)



 この世界がどうなっているのかは断言出来ないが、史実において『名誉』というのは、非常に重く受け止められていた。


 それこそ、名誉の有無によって殺し合いが当たり前のように起こったのは、歴史を紐解けば幾らでも見つかるぐらいには、ありふれた事である。


 それに……影の主君など居ない、各陣営の単独犯だったとしても、好都合。


 その程度の事すら考えられない御家なんぞ、信長公からすれば、居るだけで後々邪魔になる存在……と、考えているかもしれない。


 最悪、白坊を殺せばその分だけ相手から利益を奪えるし、何なら、『白坊は元々内の領内の者だった』という言い掛かりを付ける事も……という浅はかな考えで動く者が居るのを見越したうえで、あえて泳がせている可能性だって、ゼロではない。



「……少し、待ってくれ」



 あまりにも信じ難いというか、信じたくないというか……はっきりと感じ始めた頭痛を堪えながら、白坊は改めて……思考を巡らせる。




 ──これはマズイぞ、そう白坊は思った。




 何故ならば、次郎三郎の話を笑って否定出来ないからだ。


 確かに、思い返せば不自然な点があるというか、何処か利用されていると感じ取れる節は幾つか見受けられた。


 『実らず三町』の開拓の為に前科持ちを使い、白坊に試し切りをさせることで度胸を付けさせる……まあ、それは事実なのだろう。



 だが、それだけではない可能性は、白坊とて考えていた。



 なにせ、『実らず三町の開拓』という大掛かりな公共事業を行う割には、些か細部が雑というか……どうして、己に対してそこまでするのかと、少し疑問を覚えてはいた。


 開拓をするなら、開拓をすれば良いわけだ。そこに、わざわざ『白坊に度胸を付けさせる』という要素を混ぜる必要性が分からない。



 現に、開拓する事前準備は本職(そうでなくとも、技術者)にさせていた。



 本当に開拓を進ませたいなら、素人(しかも、前科持ち)を追加するより、そのまま職人に任せた方がずっと効率的だし、キッチリ仕事を済ませて……いや、待てよ。



(俺を囮にしたのなら……もしや、『開拓』も嘘? それすらも、不満分子や敵対勢力をおびき出すための……っ!)



 そこまで考えた瞬間、「──あっ!?」堪らず白坊は声を漏らし……ついで、次郎三郎たちを見やった。



「なあ、次郎三郎さん。もしかして、『忍者』には……『土竜もぐら』を自在に操る術とか、そういうのがあったりする?」

「土竜、ですか?」

「自在とまではいかなくとも、土竜の移動する方向をある程度操る事が出来る……そんな感じの術とか、あったりする?」



 白坊の質問に、次郎三郎たちは顔を見合わせると、「はっきりとは、断言できかねますが……」そう言葉を続けた。



「噂程度ではございますが、そのような秘術を修めた者たちが居る……と、小耳に挟んだ事はございます」

「何処の家に雇われている者たちかは、知っているか?」

「いえ、そこまでは……しかし、並みの者たちでないのは確かでしょう。某共とて、土竜とまともに相対すれば確実に犠牲者が出てしまいます。それほどに、土竜を操るのは危険な事なのです」

「……そうか、そりゃあ、そうだな」



 言われて、白坊も同意する。


 確かに、あんな怪物を使役しようとするならば、頭のネジが数本外れているようなイカレタ者たちぐらい……と、いうことは、だ。



(土竜まで出て来たのは想定外だったにしても、土竜が出てきた事で、敵対者をある程度絞り込めた……?)



 それならば、ある程度の説明が付く。


 被害が出たとはいえ、『開拓』そのものは何時でも再開できる。しかし、不満分子や敵対者たちは、放って置けば諸々を隠滅して雲隠れしてしまう。


 そうなれば、わざわざ白坊を囮にした意味が無くなる。だからこそ、金と労力を注いで行っていた『開拓』をあっさり放棄した……という、わけ……か? 



 ……。


 ……。


 …………。



 ……。


 ……。


 …………止めよう。



 しばしの間、ひたすら思考を続けていた白坊は……ふと、考えるのを止めた。


 言っておくが、面倒だからという理由だけではない。


 考えたところで己に出来る事など何も無いことを、思い出したからだ。


 何故なら、白坊の戦力は1人だけ……つまり、己だけ。


 『じたく』と『はたけ』と『陣地』という籠城するうえでは反則過ぎる能力を持ってはいるが、攻勢に出る事は不可能である。


 ミエたちも白坊の心を支えてくれはするが、自ら刃を持って戦えるかと言えば……無理なのは、考えるまでもない事であった。



 ──ならば、どうするべきか。



 次に、白坊が思ったのは、ソレだ。というのも、以前より、心の片隅にて、そうせざるを得ない可能性を……考えてはいたのだ。


 だが、目を付けられる可能性を始めとしてリスクを思えば、波風を立てないように振る舞っていた方が良い。加えて、互いに利益が出る状態ならば……そう、考えていた。



 しかし、それは間違いであった。



 こちらがいくら気を使ったところで、向こうが必要だと判断したならば、この先何度でも白坊を利用し、囮にし、場合によっては……ミエたちすらも脅しに使う可能性は、0ではない。



 ──ならば、どうするべきか? 


 ──そんなの……決まっている。



(仲間だ……そうだ、対等とまではいかなくとも、下手に利用すればしっぺ返しを食らう……そう思わせるだけの『力』、戦力を得ている必要があるのか……)



 そこまで考えた時点で……改めて、白坊の視線が、居住まいを正したまま静止している次郎三郎たちへと向けられた。



「……次郎三郎さん」

「はい」



 客観的に見れば、ただ、名を呼んだだけ。


 しかし、その声色から、ただ名前を呼ばれただけではない事を察した次郎三郎(千歳たちも含めて)は、真剣な眼差しを改めて白坊へと向けた。



「正直に言わせて貰うならば、俺はまだ貴方たちを信用していないし、信頼も置いていない。何なら、間者かんじゃの類かと疑ってすらいる」

「……当然かと」

「でも、貴方たちが安住の地を求めようとする気持ちはよく分かる。俺だって、この世界では異端者である『稀人』だから……違うのかもしれないけど、そういう場所を求める気持ちは想像出来る」

「…………」

「これが貴方たちの策略なのか、それとも一世一代の大博打なのか、俺には分からない。本心を告げているのか、あるいは、心の中で舌を出しているのか……それも、俺には分からない」



 ──だからこそ。



「だからこそ、貴方たちと取引がしたい」



 白坊は、そう言葉を続けた。




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