第11話: 年の差にも程がある



 ――白坊の持論なのだが、心配事はとりあえず飯を食って風呂に入ってからから考えろ、というものがある。



 それは、今は亡き白坊の祖父母からの教えだ。(もちろん、この世界に来る前の祖父母だ)


 曰く、人は兎にも角にも食わねば始まらぬ、というものだ。


 心が苦しい時、まず人は食べるのを止めてしまう。もちろん腹は空くが、食べる事に心苦しさを覚えてしまい、食べないようになってしまう事が有るらしい。


 食べるのを止めると、身体が冷えて動くのが億劫になってしまう。億劫になると当然風呂に入る事だって面倒になるから、だんだん身体が汚くなってくる。


 そうすると、風呂にすら入れない自分が更に嫌になって、どんどん食べるのを止めてしまう。気づけば痩せ細ってしまって、にっちもさっちも行かなくなる。


 あるいは、適量を考えずに手当り次第に口に入れてしまい、吐き出すのを繰り返すようになる。これも同じく、気付けば痩せ細ってしまう。



『戦争が終わって、10年20年は生きるのに必死だから大丈夫。でも、ある程度落ち着いてきて、フッと当時の事を思い出して……駄目になってしまう人が多かったの』



 祖父母も、当時の事を時々思い出しては、とても憂鬱になったらしい。けれども、二人がそこから悪化しなかったのは、とにかく普段通りに飯を食べたからなのだとか。


 ……戦争経験の有無は別として、その考え方は白坊も幼いながらに共感した覚えがある。心を病まずに居られた理由の一つだと、本気で思っている。



 ――心が辛い時こそ普段通りにご飯を食べて、身体を温かくするべし、なのだ。



 人間、心配事を抱えている時は食欲を失くすし、風呂に入る気力だって衰え、何をするにも気が削がれて面倒に思えてしまうものだ。


 しかし、そんな時だからこそ、飯を食って風呂に入って身体を温め、気持ちをリセットしなければならない――それを持論としている白坊の動きは、実に迷いが無かった。



 ……心がぐちゃぐちゃなあまり、ミエは飯が喉を通らない状態なのだろうと、感じたならば。



 がらり、と。浴室への扉を開ける。小首を傾げるミエの脇に腕を突っ込み、強引に立たせる。


 目を白黒させたなら、もはや、こっちのものだ。首筋から腕を入れて、すぱん、と腕を下ろせば、だ。


 卵の殻がすぽんと抜け出るように、ミエは生まれたままの姿になった。「――っ!?」当然、ミエは、あまりの状況の変化に飛び上がれば良いのか手で隠せば良いのか分からず混乱する。


 なので、白坊はミエの膝下に腕を入れてグイッと横抱きにした。



「だっ、は、白坊様!?」



 瞬間、ようやく己の姿を理解したミエの顔は、燃え上がったかのように紅潮したが――もう遅い。既に、結果は定まった。



 ――反射的に逃げようとしたその身体を押さえたまま浴槽へと向かい――ぽいっ、と。



 まるで、落ちていた石を池に投げ込むかの如く、放り投げた。「――っ!?」これまた当然、ミエは声なき悲鳴を上げて――どぼん、と水飛沫ならぬ湯飛沫を辺りに飛ばした。


 ここの浴槽は、ミエの背丈なら余裕で水面に顔を出せる高さしかない。強かに腹を打ちつけたとはいえ、手足を動かすだけでミエはぶはっと顔を出したわけである。


 そして、そんなミエの顔は酷い有様であった。


 お湯で咽たのか、ごほごほと何度も咳き込んでいる。うっすらと鼻水を垂らし、のっぺりと身体に張り付いた黒髪は、まるでわかめのようであった。



「は、白坊様……っ!」


 ――ギロリ、と。



 当たり前といえば当たり前だが、強引に湯の中へ投げ込まれたミエの目つきは、年頃の少女とは思えない程に鋭かった。


 まあ、無理も無い。嫁入り前に加え、異性の手で裸に剥かれたかと思えば、コレだ。怒るな、というのが無理な話だろう。



「手拭いはここに置いておく。最低でも5分は湯に浸かってからでないと、もう一度叩き込むぞ」



 けれども、白坊は意に介さなかった。


 白坊にとって、先ほどのミエは『話をするだけ無駄』な状態だ。心がぐちゃぐちゃで頭が動いていないから、どれだけ言葉を掛けても右から左に素通りする。


 そういう状態になった者との対話ほど、疲れるモノはない。経験的に、白坊はそれを知っていた。


 論理的な思考なんて夢の夢、頭が感情の赴くままに動いている。欲しいのは提案じゃなく共感だとかを何かの本で読んだ覚えがあるが、そんなのは白坊の知った事ではない。


 ぐだぐだ泣き喚いて事態が解決するなら、白坊はそもそもとっくの昔に元の世界に帰っているのだから。


 なので、風呂へ有無を言わさず叩き込む。目的は身体を温めると同時に、こんがらがった思考を一旦止めて、リセットさせる為だ。


 実際、文句は言わせんぞといった調子ではっきりと告げれば、逆に「……っ!」ミエの方が面食らった様子で目を白黒させていた。


 と、いうか、一度頭をスッキリさせてからでないと話を聞くつもりはない……という事も、はっきり告げておく。


 冗談ではなく、本気である。嫌なら身体を拭いてさっさと出て行け、協力して欲しいなら言う事を聞け、である。



「…………」



 あえて、ミエの表情を言葉には言い表さない。


 しかし、今にも破裂しそうなぐらいに膨れた頬を見れば、今は心配事が頭から飛んでしまっているのが見て取れた。





 ……。


 ……。


 …………で、色々あって入浴も終わり、身体が温まった後。


 気が逸れたおかげなのか、それとも言うだけ無駄と割り切ったのか、何処となく分かり難い態度なので、はっきりとは断言出来ないが。



「この『ちゃあしゅう』の美味しさに免じて許してあげます」

「……俺は許してもらう立場なのか?」

「前は命を助ける為なので仕方が有りませんけど、今回は駄目です。嫁入り前の乙女の柔肌は、高いのです」



 むしゃむしゃ、もしょもしょ、と。


 それはそれは美味そうにチャーシューと白米と味噌汁とを掻き込むミエの笑顔からは……とりあえず、怒りが継続しているようには見えなかった。


 あくまでも白坊から見ればの話だが、ある種のショック療法というか、こんがらがって茹っていた頭が、落ち着いたおかげだろう。


 空元気にも見える(あるいは、ヤケクソか)が、とりあえず飯を食える程度には心が持ち直したのを、白坊は感じ取っていた。


 悩みが何なのかは知らないが、相当に辛かったのだろう。白坊への応対はそこそこに、とにかく箸と喉の動きが速いこと速いこと。


 ある意味、勝手知ったるというやつか。隣に置いたおひつから白米を盛っては、もしょもしょと口を動かしている……たんとお食べ。



 ――まあ、それはそれとして、だ。



 元気よく食べるのは構わないのだが、それにしても忙しないというか、まるで数日ぐらいまともに食べられなかったかのような……と思ったが、それを態度や言葉に出すような事はしない。


 着物を脱がした時に見た、痩せた身体。


 以前の遭難の時にも見たが、あの時より悪くなっていると思ったのは、気のせいではないようだ。成長期故に太り難いにしても、限度があるというものだ。


 まさか、ダイエット……なわけがないか。


 アレは、飽食の時代とセットだ。年を経て太りやすくなっている、骨格が太くてそう見えやすいならともかく、今にそれをやれば、まず気狂い扱いされるだろう。


 次に考えられるのは病だが……見た所、病の類でもなさそうだ。


 仮に病で痩せているなら、こんなに美味しそうには食えない。というか、短い付き合いとはいえ、病を患っていたならミエは絶対に此処へは来ないだろう。


 ……。


 ……。


 …………と、なれば、だ。



「……もしかして、お見合い関係で何か有った?」



 何となく、思いついた事を尋ねてみた――瞬間、白坊は。



「――それが聞いてください、白坊様! お父もお母も酷いんですよ!!」



 ミエの中に溜めに溜め込まれていた不満の壺に、穴を開けてしまった事を悟った。しかし、悟った時にはもう、遅かった。


 もしゃもしゃ、むしゃむしゃ、もしょもしょ、と。


 完全に、やけ食い。そうして……出るわ出るわ、煮詰まって煮詰まって終いには発酵してしまった、とてつもない憤怒。



 ……そんな、ミエの話を簡潔にまとめると、だ。



 白坊が尋ねた通り、原因はお見合いの話であった。


 この時代、独身なんてよほどの理由がないとお互いに許されない事なので、女子の大半は親が見付けてくる相手と結婚し、子を成すのが当たり前となっている。


 もちろん、恋愛結婚も有った。そこには当然ながら打算も有っただろうが、身分や立場に問題こそなければ、自由恋愛はけっこう許されていた。


 そんな中、ミエの見合い相手は……とある大店の主であった。


 何でも、前妻が病で死亡してしまったとかで、後妻を求めていたのだとか。それ自体は、珍しいと言えば珍しいが、ある意味では、ありふれた話でもあった。


 所帯を持っていたとはいえ、大店の主ともなれば、影に日向に支えてくれる伴侶の存在は必要不可欠。


 言うなれば大店の妻は店の裏の顔であり、店主の目が届かない場所を見てくれる存在。故に、後妻を求めること事態は、何の問題もなかった。



 ……問題なのは、その大店の主の年齢である。



 年齢、なんと今年で46歳。ミエとの年齢差は30歳以上である。平均寿命が40年いくかいかないかの時代での、年齢差30歳。


 現代ですら相当な歳の差で周りが驚くぐらいなのだ。江戸時代ならば、比べ物にならないだろう。


 事実、その話を聞いた時……ミエは、性質の悪い冗談かと思ったらしい。


 その気持ちは、痛い程分かる。話を聞いた白坊も、「えぇ……」と、思わず引いたぐらいである。現代で例えるなら、高校生と後期高齢者が結婚するようなものだ。


 お互いが本当に愛し合っているのであれば、野暮というものだろう。理解はされないだろうが、少なくとも、白坊だけは応援してやろうと思った。



「――本当に、気持ち悪い! 初めてのお見合いでいきなり胸元に手を入れてくる爺の元に、なんで嫁がなくちゃならないんですか!?」



 だが、明らかにそうではない。心底気持ち悪かったようで、ぞぞっと腕に鳥肌が立っているのが見えた。


 何でそんな男に……と思って尋ねてみれば、どうやら、いや、やはりというか、あの両親が原因であった。



 いったい何を……答えは一つ、資金援助である。



 何でも、姉のサナエの稽古の費用もそうだが、花嫁衣裳の値段が半端ではないらしい。何とか稽古の代金は絞り出せても、とてもではないが衣装までは出せないのだとか。


 相手も、サナエの家が数ある飯屋の一つでしかない事は知っている。なので、そこまで高い衣装を用意しなくとも……とは思っているらしいが、やはり、そこは面子第一の武家社会。


 現代の常識が根付いている白坊からすれば馬鹿馬鹿しい話だが、ある程度は相手の格に合わせた恰好をするのが、この時代における常識なのだろう。


 しかし、ここは白坊が生きた現代ではない。現代でもウエディングドレスは一着30~50万円ぐらいだが、江戸時代ではそんな安くは付かない。


 何せ、完全オーダーメイド。材料の単価も違うし、レンタル等無い時代……衣装の格にもよるが、一着で100万円以上するだろう。


 白無垢しろむくにするなら値段を下げられるが……ミエの反応を見る限りでは、派手だが金の掛かる色打掛いろうちかけでないと駄目だと両親は思っているのだろう。


 ……ちなみに、白無垢は文字通り真っ白な衣装で、色や柄を付けたのが色打掛だ。どちらも花嫁衣裳としては申し分なく、白無垢でも何の問題もないとは思うのだが……ふむ。



(これはイカンなあ……夢に溺れているというか、目的と手段が逆転してしまっている……)



 娘(姉)の幸せの為に嫁入りさせるつもりが、嫁入りさせる為に娘(妹)を犠牲にしている。本末転倒も、いいところだ。


 相手も、それが分かっているのだろう。


 何せ、いくら武家とはいえ側室だ。それも、長男ではなく次男の側室。明らかに、向こうもそこまで本気でないというのが透けて見える。


 おそらく、向こうも何かしらの理由を付けて断りたい気持ちが出て来ているのだろう。


 まあ、娘(妹)を実質売り飛ばしてでも資金を集めているとなれば、向こうからすれば『そこまでするぐらいなら……』と、及び腰になって当然か。


 断らないのは、側室を求めたのが向こう側(つまり、次男側)だからだろう。


 立場上、いくらでも話を流せる立場ではある。そうしないのは、そこまでやる相手を無下には出来ない……ああ、だから両親が躍起になるのか。



(格下扱いが基本の中、ちゃんと道理を通そうとする相手とならば、そりゃあ血眼になるわな……)



 とはいえ……だ。


 一通り話を聞いた白坊は……さて、どうしたものかと頭を掻いた。


 現状、白坊が手を貸せる事はほとんどない。


 これが荒事であれば、嫌ではあるが助太刀する事は出来る。けれども、これは婚姻騒動……という以前の話で、極々内々の話でしかない。


 有り体にいえば、白坊が手を貸せる道理がない。結局のところ、白坊は部外者でしかないからだ。


 なので、この問題を解決するにはミエたちの両親を説得し、婚姻を諦め、元の生活に戻るのが一番なのだが……さて、それが一番の難問であった……と。



「……お前にも女が居たのだな」



 突如、声がした。


 驚いて振り返れば、目をまん丸に……しつつも、何処となく唇が弧を描いている佐野助が、出入り口の傍から室内を覗きこんでいた。


 これには白坊のみならず、満腹になってご満悦のミエも驚きに目を見開いた――直後、気恥ずかしそうに居住まいを正した。



「あ~、佐野助様、これは……」

「よいよい、皆まで言わずとも。江戸に居るのに『吉原』へ見物にも行かずに独りでおるから、男色なんしょくの気が有るのかと思っていたが……安心したぞ」



 ――男色。すなわち同性愛、男と男のアレ。



「……はい?」

「いやはや、些か幼いが器量の良さそうな娘ではないか――ふむ、しかも、評判の美人姉妹の妹の方だな? キッカケはやはり、助け出した事からか?」

「え、あ、はあ、まあ、そうなんですかね……?」

「ふふふ、何をとぼけておる。お前も見かけによらず手の速いものよ……されど、もう少し大きくなるまでは程々にするのだぞ」

「……? はあ、分かりました……?」



 本当に安心している素振りを見せる佐野助を前に、首を傾げた白坊はミエを見やり……(――あっ)直後、気付いた。


 ……今のミエは、風呂あがり。強引に脱がせた後、風呂あがりには自分で着付けをしたので、少しばかり帯が乱れている。


 つまり、普段よりも首元などが露わになっている。加えて、何枚もの手拭いを使用したが、季節の関係から、尾てい骨の辺りにまで伸びた髪はそうそう乾くモノではない。


 傍からは、汗と体温で髪に付けた油が溶けたのか、しっとりと濡れているように見えただろう。


 更に、湯船にしっかり浸かったことで肌の汚れは落ち、先ほどまでやけ食いしたおかげで体温も上がっている。頬はほんのり赤く、顔色も良い。


 極めつけは、明らかに白坊へと気を許している、その態度や気配。明らかに、近所の知り合いとご飯を食べている……という感じには見えない。




 ――こいつら、朝っぱらから励みやがったな!?




 はっきり言えば、そう思われても仕方がない光景であった。


 というか、佐野助は完全にそうだと思ったし、視線の意味に気付いた白坊もそうだが、ミエも……遅れて気付いたわけであった。


 ……。


 ……。


 …………ちなみに、『吉原よしわら』とは、江戸に作られ、昭和時代まで続いた、大規模売春施設の事である。


 一般的なイメージでは、一画に集められた施設全部がそうだと思われているが、実際は少し違い、その中では大小様々な店が並んでいる。


 佐野助の言わんとしている行為は、いわゆる『冷やかし』の語源とされている……並んでいる遊女(売春婦のこと)を眺めるだけで買わないことで……と、話を戻そう。



「いや、佐野助様、何か誤解をしているようですが……」

「何を言う、この家に宿る八百万の神が認めているから、そこの女子が入れているのだろう?」

「……ま、まあ、それは、そうなのでしょうが……」

「『稀人』の間ではどうなっているかは知らぬが、ここでは好いた女子と一緒になることを恥じる必要はないぞ」

「いや、そうではなくて……」



 そう言われてしまえば、下手に言い繕う事は出来ない。


 説明しようにも、そうすると佐野助にも語っていない『じたく』の秘密を言わねばならない可能性が出てくる。


 しかし、だ。このまま黙っているわけにもいかない。


 さすがに、この誤解はミエにとっては致命傷だし、それこそ取り返しのつかない……と、思っていると。



(……え? 何でそんな顔を赤らめてこっち見てんの? 俺、そんなに好かれるようなことしたか?)



 何故か、ミエより向けられる視線が先ほどと異なっていた。


 明らかに……そう、明らかに白坊を意識している。角度によっては、情愛に瞳を潤ませているようにも見えるぐらいに。



 ――正直、どうして、という気持ちしか白坊にはなかった。



 けれども、それはあくまでも白坊からの視点であって、傍からは……いや、ミエからの視点では、そうではなかった。



 ……考えてもみてほしい。



 まず、白坊は命の恩人である。文字通り、命がけで助けてくれたのだ。そして、何の見返りも要求することなく、両親の下へと送り届けてくれた。


 その際、白坊に対して多大な無礼を働いてしまったが……それでも、白坊は笑顔で許してくれた。いや、むしろ、その事で気に病むミエを気遣ってくれさえした。


 この時点で……実のところ、ミエは白坊に対して、くらくらっ……と、気持ちが揺れ動いてしまっていた。


 そこへ来て、今回の婚姻騒動だ。


 多少なり見て呉れの悪い相手になる可能性は覚悟していたが、まさかの46歳。しかも、結納すら済ませていない相手の胸元に手を突っ込む、信じ難いスケベ爺ときた。


 いくら何でも、コレは無い。せめて年齢を感じさせない才気やナニカを持っていたならマシだったが、それもない。


 たまたま運の巡り合わせが良くて大店を持てた男……それが、ミエが相手に抱いた初見の感想であった。


 おまけに、その男の家人たちの態度も悪い。誰も彼も視線が冷たく、金の亡者よ出て行けと言わんばかりに拒絶されていた。



 ……いや、まあ、気持ちは分かる。しかし、それを態度に出されても、ミエにとっては関係のない話だ。



 金目当てであるのは傍目にも明白ではあったが、それを承諾したうえでお見合いに出たのは向こうも同じ。


 何故、一方的に悪者扱いされるのか……その時点で、ミエの中では『死んでも嫌!』という気持ちでいっぱいになっていた。



 ――それに比べて、白坊の方はどうだろうか。



 たしかに、家柄という点では望むべくはないだろう。しかし、それはミエとて同じだ。大して誇れるモノでもない。


 むしろ、変に上から物を語らず、対等に扱ってくれるのは非常に心地良い。まあ、もう少し女心を……と思わなくはないが、優しい人であるのは確かだ。


 かといって、優しいだけではない。『赤毛熊』を仕留めるだけの腕っぷしがある事も、分かった。


 畏まった口調に対して『お高く留まりやがって……』といった態度は示さないし、ばくばく飯を平らげても『女のくせに大口を開けて……』とも言わない。


 加えて、いや、何よりも……白坊の顔が、とても良い。ていうか、全部良い。


 短い付き合いではあるが、無駄に高い矜持を持っていないのも良い。ぶっちゃけ、この人なら……という、後先考えない欲望すら、ミエは覚えていた。


 故に……ミエの視線に熱がこもるのも、致し方ない事である。


 実際、今が夜で、白坊と二人きり、押し倒されていたなら、頬を赤らめて身を委ねていただろう……そう、ミエは思ってしまうぐらいに、既に白坊へと気持ちが傾いてしまっていた。


 ……。


 ……。


 …………当たり前だが、そんなミエの明け透けな反応、周りから見ればバレバレである。


 少なくとも、事情を知らない佐野助が一瞬で誤解したぐらいには、ミエの白坊へ対する反応は明白であった。


 そんな中、分かっていないのは、見た目(身体)こそ若いが精神の加算年齢を合わせて、例の46歳より上である白坊だけで。



「…………???」



 なんで、こんなに意識されているんだろうなあ……と、1人思うわけであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る