第8話: 少し違っていたら、己もこうなっていた



 白坊にとって思い出深い作品である『剣王立志伝』には、ファミコン時代の作品特有とも言える特徴がしっかり備わっている。



 それは――『説明不足』である。



 何故かと言えば、それはファミコンに搭載できるコンピューターチップというか、データ容量の限界が理由である。


 現代において(正確には、昨今において)、ゲームのデータ容量は10ギガ、20ギガバイトが当たり前の時代だ。


 もちろん、プレイ時間が2,3時間程度で終わるように想定されたゲームなら話は別だし、1ギガにも満たないゲームだっていっぱいある。


 だが、大容量かつ大ボリュームゲームが人気作品の主流となった現代において、30ギガ、40ギガ、50ギガバイトにもなるゲームも、そう珍しい存在ではなくなっていた。


 ……そんな中、ファミコンのデータ容量は、僅か1メガバイトである。


 言っておくが、それはあくまでもファミコン後期……カセットに搭載出来るチップの開発が進んだ後の話であって、初期の頃は100キロバイトもないゲームが多かった。


 故に、初期の頃に販売されたゲームは、共通して徹底的に省ける部分は全て省くのが当たり前であった。


 チュートリアル、各種コマンドの説明、ゲームのあらすじ、等々など……オプションだって、無いゲームは多かった。


 それら全てを外部の取扱説明書に纏めることで、何とか少ないデータ容量にゲームを収めたわけである。


 ……で、当然ながら出てくるわけだ。何がって、その説明書にも書かれていない、開発者にしか分からない部分が。



 たとえば、『らっきー鍬』がそれだ。



 スーファミの立志伝3になってようやく詳細な性能が説明されるわけだが、1や2ではそれが無い。2で『硬い敵に有効だぞ!』とあるぐらいで、1に至ってはそれすらない。


 ポロッ、と。葛籠のアイテムの一つに紛れている、ただそれだけ。


 それで、いざ使ってみればダメージ1固定である。


 当時プレイしていた子の中には、その使い道に気付いた者はいたが……言い換えれば、気付ければ、の話である。


 そして、それはイベントも同様であり……そのうちの一つ、立志伝1にある『畑イベント』というのが、それだ。



 その、『畑イベント』の詳細は、こうだ。



 ゲーム中盤に設置された村の、別マップに用意された縦×12マス・横×12マスのフロアへと続く道の途中に、1人の老人が立っている。


 その老人は、こう語る。『のろわれたち もののふが ふむことできよめられ ひよくなだいちとなる』と。


 つまり、『この先に主人公がマスの上を通過することで、何かイベントなりフラグなりが発生するよ』と老人は語っているわけだ。


 それだけなら、まだ察しの良い子は気付くだろうが……問題なのは、その次。計144マスの正方形のフロアに入ってから。



 そこで何をするか……老人の説明の通り、通過するのだ。144マス、全てを。



 ただし、そのフロアには目印は何もない。144マス通過しても画面に変化はなく、老人の台詞も変わらない。


 変化が起こるのは、ゲーム終盤頃にて登場する、とある村人の台詞。通常は、『のろわれたちが あると きいております』とだけなのだが。



『のろいが とけました かたじけない』



 フラグを達成していた場合、台詞がコレに変わる……それだけ。


 そう、それだけ。それ以外の説明はなく、プレイヤーは忘れた頃に突然、お礼を言われるわけだ。



 ……ぶっちゃけ、普通にプレイしていたら、まず気付かないだろう。幾度となくプレイしてきた白坊も、最初は気付かなかった。



 他にも、このフラグを達成していると、一部の村人キャラから『かたじけない ○○(プレイヤー名)どの!』とお礼を言われるようにもなるが……だから何だという話だろう。


 ちなみに、何でそんなイベントを入れているのかって、それは姿を演じる為と、あとは純粋にから……らしい。


 いちおう、続編の立志伝2でも似たようなイベントが設置され、もう少し分かり易くなっていたが……たぶん、制作スタッフたちにとっては泣く泣く外した事の一つなのだろう。


 後年にて発売される立志伝3の攻略本に記載されている制作秘話に、そこらへんが記されていたのを白坊は覚えて……で、話を戻そう。



 ――白坊は、おそらくその『畑イベント』のフロア(土地)の一つが、ここではないかと考えた。



 どうしてここ以外にもあるのかと問われれば、特に理由は無い、というのが白坊の答えだ。とはいえ、何も完全な当てずっぽうというわけでもない。


 それまで出現しなかった『つのトカゲ』が出現した時もそうだし、出くわすはずのないボス敵が傍まで来た時もそうだが……おそらく、ゲームそのままというわけではない。


 出現しない場所に出現するのであれば、一つしかないはずの場所が一つではない可能性も、十分に考えられる……というわけだ。



 ……さて、だ。



 橋を渡り、ミエ曰く『実らず三町』と呼ばれている己の『じたく』へと戻った白坊が行ったのは……『じたく』を中心にして、鍬で線を引いていく、である。


 上から見れば、中心である『自宅』から螺旋状に外側へと線を引くような感じだ。どうして線を引くのかと言えば、何かしら目印を付けておかないと自分の位置が分からなくなるからだ。


 そこで、『らっきー鍬』だ。この鍬は、1ダメージ固定。言い換えれば、どれだけ力を抜いていても、1ダメージだけは入る。


 つまり、普通の鍬や木の枝ではちゃんと力を入れないと目印になり得るだけの線を引けないが、線を引く程度なら、『らっきー鍬』が最適……だと思われる。


 大地にHPというものがあるのかも、鍬の設定がこの世界でも発生するかは不明だが、『じたく』という摩訶不思議な前例がある。


 とりあえずは、やってみて損はないだろう……というのが、白坊の出した結論であった。



「……ふむ」



 そんなわけで早速、『らっきー鍬』を片手に引きずるようにして、ぐるりと一周。隣の線を目安に外側へ1歩でて、またぐるりと一周する。


 ……思った通り、ほとんど力を入れていないのに、引っ掛かることも無く、手応えも無く、しっかり線が引けている。


 言い換えれば、力を入れてもこれ以上深くも太い線も引けないわけだが……傍から見れば、何とも阿呆な事をやっていると思われるだろう。


 場所が寺や神社なら何か意味があるのかもと思ってくれるだろうが、あいにく、辺鄙なここでは奇人・変人・狂人のどれかと思われるのがオチだろう。


 非常に地味だが、フラグの範囲がどこまで有るのか分からない以上、一歩ずつマスを潰していくほかないのである。





 ……で、だ。



 2周目、3周目、4周目と続けていく、当然だが1周目に比べて回り切るのに時間が掛かるようになる。まあ、当たり前だ。


 外側に一歩進めば、その分だけ円の大きさが広がるからだ。


 最初は僅か10秒有るか無いかの違いでも、8周目、9周目になる頃には、はっきりと自覚出来るぐらいに時間が掛かるようになる。


 そうすると、1周するだけでも5分、6分、7分と掛かるようになるわけで……円が広がるに連れて、必然的に色々と見つかるわけだ。


 たとえば――草陰の中にひっそりと横たわっている、動物の遺骨とか。


 まあ、不思議な話ではない。町と『実らず三町』との間には堀と橋によって物理的に入り難い構造になってはいるが、『実らず三町』そのものは隔離されているわけではない。


 距離こそあるが、そのまま歩けば他の畑や田んぼにぶち当たる。というか、それ以前にそのまま進めば山へも行ける。


 なので、山を追われてここまで来たはいいが力尽きる動物や、町の内部に住んでいたが迷い込んで戻れないまま襲われて力尽きる個体が出てくるわけだ。



 ……おそらく、ここは人通りもなく人間に狙われ難いから、弱った個体が集まって……そこを狙われるのだろう。



 白坊が最初に見つけた動物の遺骨も、首や足などの骨が折れているのが素人の目にもはっきり分かった。


 元が何の動物の骨かは不明(たぶん、犬か猫だろうけど)だが、死して食われた後、ネズミやカラスにもかじられたり突かれたりしてから、蝿が集ったと思われる。


 そんな遺骨が、『実らず三町』にはゴロゴロ転がっている。


 家が建て難く作物が実らない場所故に、見つけても放置されていたのだろう。目に付く遺骨だけをパパッと集めるだけでも……あっという間に、両手で抱えるだけの量になった。


 ……目的から脱線してしまうが、仕方がない。


 それらを、白坊は……『じたく』より離れた位置に設置した簡易焼き場(石で囲った御手製)を用意して、まとめて火葬してやることにする。


 幸いなことに、燃料となる薪は『じたく』の葛籠より幾らでも用意出来るし、火種だって、消えない囲炉裏の火で簡単に用意することが出来る。


 別に、動物愛護に目覚めたから……というわけではない。


 ただ、だ。


 この考えは、あのまま現代に居たら考える事も、思いつく事もなかっただろう。


 良くも悪くも、『じたく』が有るとはいえ自然の中で生きてきたからで、己の手で首を落として解体した経験があるからだろう……と、白坊は思っていた。


 ……ちなみに、中には腐りかけの悪臭を放っている亡骸も有ったが、薪を増やして火力パワーで押し切った。


 そして、出来た遺灰(燃え残った骨も、叩いて砕いた)を用意した穴へと入れて、軽く手を合わせた後で、線引きを再開する。


 そのまま、遺骨が集まれば火葬して穴に入れ、線引きを始めて、また遺骨が集まれば火葬して穴に入れ……そんな感じで脱線を繰り返しているせいで、とにかく時間が掛かった。


 なにせ、兎にも角にも範囲が広すぎたせいだろう。


 事前に引いた線を不用意に踏まないように気を付けながらも、それでいて確実にマスを埋めていく感覚で線を引くのだ。時間が掛かって当然である。



「――むむっ?」



 しかし、それでも、続ければいずれは終わりが来る。


 感覚的に……そう、感覚的にとしか言い表しようがないが、何かが……気配のようなモノが変わったのを感じ取った、その時にはもう。


 ……白坊が『実らず三町』に『じたく』を置いてから、早一ヵ月近い時間が流れていた。






 ――一ヵ月も時が経てば、雪も完全に溶けて、春の温かさが町はおろか『じたく』にも訪れるようになる。



 只々、鍬を片手に線を引く毎日。虱潰(しらみつぶ)しが如き気持ちでマスを埋めていく感覚に、『俺って何をやっているんだろう……』と、白坊が思ったのは1度や2度ではない。


 けれども、放置しておくには不安が残るし、『畑イベント』の有無が分かる事によって、この世界には『剣王立志伝』のイベントが、実際に発生するのか……それが分かる。


 既に『らっきー地蔵』と『じたく』という前例は、ある。だが、その二つはあくまでもアイテムであり、得るのもまたアイテム(物体)だ。


 しかし、このイベントは大地だ。


 つまり、その影響範囲が、この世界そのものに及ぶものなのか、あるいはアイテムとして手元に現れるのか……それが、彼にとっては重要なのである。


 なにせ……剣王立志伝のイベントの中には、現実に置き換えれば、『お前それはシャレにならんよ!』みたいなヤベーやつがちらほらある。



 その内の一つが、立志伝3にある『噴火イベント』だ。



 特定のフラグを立てる事で発生する連鎖イベントなのだが、現時点で白坊はそれがフラグを立てなければ発生しない現象なのかすら、分からない。


 仮に、フラグを立てようが立てなかろうが発生するのであればそれでいい。しかし、そうでないのであれば……白坊としては、非常に気になるところである。


 だって、白坊は『剣王立志伝』のファンではあるが、ガチ勢……いわゆる、データを解析して遊ぶほどの玄人ではない。


 あくまでも、何度も何度もやり込んでいるだけの一般人。その知識とて、立志伝1ですらうろ覚えな部分がちらほらある。


 言うなれば、何が引き金(フラグ)と成るかが白坊にも断言出来ないのだ。


 それに……ぶっちゃけてしまえば、白坊がこの『畑イベント』に取り組んでいる理由は、罪悪感以外にも、自分の利益の為でもある。


 というのも、白坊はこの世界においては『稀人』という立場にある。


 白坊自身からすれば『だから何だ?』という話だが、ミエの話と、役人の態度から推測する限りでは……あまり良い印象を持ってない人も居ると思われる。


 全員がそうでなくとも、周りを気にして同調されれば……白坊が取れる手段は、自分の手で商品を作って売る、それしかないわけだ。



 ……さすがに、いきなり米や味噌を持って行けば出所を疑われる可能性が高い。



 故に、目に見える形で作物を作って売っているという見栄えが重要だと、無い頭を必死に絞って考え出した、当面の方針であった。



「……で、何が変わったんだ?」



 しかし……そんな彼の思惑も、初っ端から躓(つまづ)こうとしていた。


 一ヵ月も掛けたわけだから、引かれた円の線の範囲は相当に広い『実らず三町』と呼ばれるソレがどれほど広いかは白坊には分からないが、改めて見返せば……根気強くやったなと思う。


 でも、それだけだ。気配こそ変わったような気はするが、パッと見回した限り、見た目の変化は見られない。


 白坊の予想としては、だ。


 畑がゴゴゴッと盛り上がって出てくるとか、何かしらのアイテムが出現するとか、雑草が抜けて畑の目印が出現するとか。


 そんな感じの変化が現れると思っていたが……ふむ。


 とりあえず、『じたく』より相当に離れていたので戻り……改めて、大地に引かれた線と足跡を見やるが……う~ん、変化が見つからない。


 ダメで元々、何事も起きない可能性も想定していたが……いざ、何も起きないというは肩透かしというか、何と言うか。


 これだけやっても何一つ収穫無しというのは……う~ん?



「……まあ、植えてみるか」



 考えたところで埒が明かないと判断した白坊は、とりあえず事前に町で買っておいた野菜の種を植える事にする。


 場所は、『じたく』の隣。鍬でササッと耕した小さなスペースに種を埋め込み、その上から水を掛ける。



 ……。


 ……。


 …………いや、もしかして、このまま夏頃まで?



 芽はおろか変化すら起こらない、植えた場所を見やりながら……思わず、白坊は頭を掻いた。


 当たり前と言われればそうだが、それでは普通に育てるのと何が変わるのだろうか。


 いや、こんな土が柔らかく育てやすそうな場所、見る人が見れば飛び上がって喜びそうではあるが……これはこれで、肩透かしと……待てよ。



(……『畑』に対して、『出張自宅』バグって使えるんだろうか?)



 ふと……そんな事を、白坊は考えた。


 それは、ただの思い付きであった。


 確証は全くないが、イベントを借りにここら一帯の畑……『実らず三町』そのものがアイテムだった場合、どうなるのだろうかと、ちょっと考えただけである。



 ……ちなみに、ほぼ確実に失敗するだろうなあ、と白坊は思った。



 『じたく』というアイテムを得る為のバグ技が作用するのは、『出張自宅』バグの名が付いているだけあって、『じたく』にしか作用しない。


 というか、元々のバグ発動手順に『じたく』コマンドを使用する必要が有るので、他のアイテムでは使うも何も無いのだが……まあいい。


 この際、やれるだけやってみよう……そう、白坊は思った。



「えっと……右手と左手、交互で土を握ってみるか……」



 土を装備するとは何ぞや……何か、『じたく』を手に入れた時も似たような事を考えたなと思いつつ、手順を進める。


 次いで、畑のコマンドなどゲーム中には無い……ので、代わりに残っている野菜の種を小分けにして植えること……20回。


 一回当たりどれぐらいの種を入れれば良いか分からないので、とりあえず大根やらカブやら茄子やら……てきと~な感じで。


 そして、自宅の中へと入り……『ミニらっきー地蔵』へと、成功するようにお願いを――うをぁっ!?



 それは、いきなりであった。



 いきなり、何の前触れもなく……『じたく』が消えた。ギョッと目を見開いた白坊は、慌てて周囲を見回し――次いで、ハッと思い至った、直後。



(『じたく』だけじゃなく、『はたけ』って痣が増えてるぅぅ――!!!???)



 左腕の痣の上に、新たに出現している『はたけ』という文字の痣に……白坊は、思わず顔を引き攣らせた。


 便利であるのは認める。生命線である事も認める。これがなければとっくに命を落としていたことも、白坊は理解している。


 でも、それとこれとは別だ。いくら何でも、ダサすぎる。


 ただでさえ、『じたく』という痣がダサすぎて嫌だというのに、その下に『はたけ』まで出来るとは……せめて、ローマ字とかなら見られても――いや、そういう問題ではない。


 それ以前に、ここで『じたく』を失えば、文字通り路頭に迷うのは確定する。


 何せ、武器も道具も食料も全て、『じたく』の中だ。『はたけ』が何なのかは分からないが、『じたく』だけは絶対に失うわけにはいか――お、おお?



 ――ぽん、と。



 サーッと血の気が引く感覚を堪えながら、『じたく』の痣を叩けば、先ほどと変わらない『じたく』が姿を見せた。



(よ、良かった……!)



 ある意味、雪崩を前に死を覚悟した時ぐらいの危機感と焦燥感だった。出来る事なら、二度と感じたくない。


 次いで、急いで中に入り、状態を確認。


 消えない囲炉裏の火もそうだが、『じたく』の機能が一つでも動かなくなっていたら、その損失は計り知れないからだ。


 そうして一通り見回った後、何処にも異常は無く、内装(道具も)に変化が見られない事を確認し終えた後。



(……で、これはいったい?)



 白坊の視線は……家の外観。正確には、寝泊まりしている家の隣に併設されている、25㎡ぐらいの畑を見やった。


 変化が起こっているのは、主に家の外側だ。


 家と畑を囲うようにして設置されている木の柵。高さは3メートル近くもあり、柵の上部は返しが付いて入れないようになっている。


 というか、柵の太さも半端ではない。まるで、丸太を掛け合わせたかのようなソレは頑丈で、蹴飛ばしてみてもビクともしない……ていうか、蹴ったこっちの足が痺れた。


 出入り口は……鍵は無いが、開くタイプの扉だ。扉の分厚さも相当で、これは大砲を撃ち込まれても耐えられるのではと思うぐらいであった。


 ……で、だ。


 木の柵で囲われた肝心の畑だが……何故か、既に作物が実っている。それも、見事と感心する程に丸々と太った……野菜たちだ。



「…………」



 無言のままに畑へと入り、野菜に……その中でも目に留まった茄子の……いや、実を支えている幹にも触れる。


 見事な茄子に見惚れて気付かなかったが、こうして近くで見れば……支える幹も凄い事に気付く。


 何と言えばいいのか……立派なのだ。


 まるで、水、空気、地質、日光、その他諸々、全ての条件が奇跡的に噛み合い、何一つ障害を受けることなく、万事が無事に育ったかのような……それはそれは見事なモノであった。


 それも、茄子だけではない。他に植えたカブや大根も、試しに引っこ抜けば、見事な大きさと色艶。


 現代人としての目で白坊が見ても、『今年は大きくて豊作だな』と思わず手に取るぐらいだ。


 『剣王立志伝』の……そう、江戸時代ぐらいと思われるこの世界の文明レベルを思えば、信用も糞もぶっちぎれると……白坊は強く思うのであった。



 ――いや、呆けている場合ではない、とにかく収穫せねば。



 ハッと我に返った白坊は、いくらか慌てた様子で家の中より大きな風呂敷を持ってくる。それは何時ぞや、『ミニらっきー地蔵』より得た道具の一つである。


 かなりの確率で役に立たないモノが得られるが、たまには便利なモノが……っと、急ごう。


 鉈で、スパンスパンと勢いよく切ってゆく。引っこ抜けるやつは幾つか引っこ抜いて、手拭いでパッパと土を落としてゆく……うむ、立派だ。



(……引っこ抜いたら虫に食われそうだし、とりあえず売る分だけ持っていくか)



 とりあえず、風呂敷に包み込めるだけ包み込んで、グイッと頭上に掲げる。『魅力』に多めに割り振ったとはいえ、プレイヤーのフィジカルは伊達ではない。


 ……いや、まあ、この時代の大人たちは普通に米俵(昔は30kgだった)を幾つも担いで動き回っていたらしいから、自慢できることではないけど……さて、と。


 気付けば……お日様は空高い。野菜を売るには何処が良いのかは、門番なりに聞くとして……だ。


 気持ちを切り替えた白坊は、急かす己を宥めながら……手早く、食事を済ませてから、町へと向かうのであった。


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