第7話: 何も悪いことはしてないんだけどね
――さて、翌日。
精神的にも肉体的にも色々あったからか、何時もよりも一刻(いっこく:今で言う2時間ぐらい)も前に寝床へ倒れ込んだわけだが、起きたのは何時もよりも一刻は遅かった。
時計が無いのにどうして分かるのかと言われれば、慣れ、としか言えない。
人間、慣れる生き物なのだろう。また、望んでいなかったとはいえ、山という、帰還のタイミングを誤れば死の危険が跳ね上がる場所に住んでいたおかげなのかもしれない。
(……やっぱり何も無い)
で、何時ものように軽くラジオ体操を終えた後、家の周辺(まあ、何も無いけど)を改めて見やった白坊は……何をしようかと改めて考える。
――お前、昨日考えていたんじゃないのかって?
――そりゃあお前、ほいほい思いついたら誰も苦労しないよ。
とまあ、そんな感じで結局は何も思いつかなかったからなのだが……昨日作って置いといた味噌粥(囲炉裏に掛けるだけなので楽だ)でササッと朝食を済ませた後。
――お願いしますよ、らっきー地蔵様!
ミエが居た間は出来なかった分だけ良いのをくださいと『ミニらっきー地蔵』にお願いする。けっこうハズレ率高いので、今回は……と、思っていると。
――ごとん、と。
目の前……というよりは、立てた『ミニらっきー地蔵』の傍に物音と共に出現したのは……鍬(くわ:農具)だった。
……。
……。
………なるほど、地を耕して何か作って売れと申すか。
優しいのか厳しいのか、些か判断に迷いながらもとりあえずは鍬を手に取る。
特別な材質を使っているのか、元々そうなのかは不明だが、思っていたよりもずっと軽かった。
しかし、軽いといっても……どう使えば良いのだろうか?
バラエティやら何やらで、土を掘り返して耕す道具というのは分かる。だが、それ以外の使い方を問われたら……正直、さっぱり分から――あっ。
そこまで考えた辺りで、気付いた。というか、分かった。見えにくいが、鍬の持ち手の部分に刻印された……『らっきー地蔵』のマークに。
――この鍬の正体は、『らっきー鍬』だ。
どんな敵にも必中ではあるが、与えるダメージが1に固定されている特殊武器。『剣王立志伝』ではシリーズ通して登場する、御馴染みの武器である。
何でそんな武器があるのかって、ほら、アレだ。
国民的なRPGとかでも登場する、素早さ最大値&経験値膨大だけどHPが3とか4ぐらいしかないやつに有効な、固いやつをぶっ殺すための武器。
レアなのかと問われれば、滅茶苦茶レアではある。
使える武器なのかと問われれば、そっと目を逸らす。
そう、答えるしかない珍武器である。
……いや、だって、ダメージ1固定だし。
いちおう、一度でもダメージを与えたら次から必ず先手を打てる&相手が逃げなくなるという、正しく例のアレを倒す為だけの性能を持っているが、言い換えればそれだけだ。
ぶっちゃけ、例のアレ以外ではまるで役に立たないし、ゲーム中盤以降では例のアレが出現しなくなるという残念な……うむ。
――まあ、そのうち何かに使えるだろう。
考えるのが面倒になった白坊は、そのまま鍬を肩に担いで、ふらりと外に出る。
春先とはいえ、昼間に近しい時間帯だからだろう。中々に堪える肌寒さは遠のき、日向に出ればほんのりと温かい。
とはいえ、それは山の寒さに慣れているからこその感覚だ。
その証拠に、繁茂する雑草をそよそよと撫でていく風は冷たい。日差しこそ温かいが、快適な室内との落差に、思わず白坊はぶるりと背筋を震わせた。
(さて、とりあえずは家の周辺を見回ってみるか……)
このまま家の中でだらだらしていたい気持ちが湧いてきたが、税を納める代わりにこの土地を借りたのだ。
あまり、遊んでいられる状況ではない。まあ、役人曰く、『お前のソレで、五ヶ月分だな』というだけの所持金は有しているが……それが尽きれば無一文だ。
……ちなみに、ソレとは、ミエの両親より頂いたお金(四文銭の束)だ。
この金額を少ないと見るか、多いと見るか、それは判断に別れるところだが、白坊は多い方だと判断している。
というのも、この時代……『剣王立志伝』では違うのかもしれないが、物の価値というやつが現代とはかなり異なっている。
具体的には、総じて高いのだ。小道具一つ、燃料一つ、現代では考えられないぐらいに高い。特に、食料品はピンキリだ。
しょう油文化が花開いた(つまり、庶民にも広まった)と言われている江戸時代ですら、1リットル当たりが現代の2倍~3倍の値段だったらしい。
比較的低価格で安定しているのは『米』だが、それも現代に比べたら高い。毎日腹いっぱい食べられる者なんて、それこそ限られた一部の者たちぐらいだ。
江戸時代中期になって、生活習慣が変わった事で毎日3食食べるというのが根付き始めていたとはいえ、それでも全員がそうではない。
親が店を構えて食うに困っていないはずのミエとの初対面時、『これだけ味噌を入れてくれた』と喜んでいた当たり、やはり物価は高いし科学技術も相応なのだと想像出来る。
(実際にこの目で見てみないと分からないけど……何も買わずに値段だけ見ていくっていう冷やかしって、この時代なら、おそらくはかなり相手の心証が悪くなるんだよなあ)
白坊は、それほど歴史に興味が有ったわけでも詳しいわけでもない。中身は『剣王立志伝』というゲームに思い入れがあっただけの、一般的な中年男性でしかない。
……とはいえ、だ。
興味があろうが無かろうが、40年50年と生きていれば、そういった雑学も耳に入ってくる。物価の違いや、物の価値、考え方の相違などが、正にそうだ。
しかし、言い換えれば、その程度の知識しか持ち合わせていないということでもある。
もはや歴史のフリー素材的な立ち位置にある織田信長や豊臣秀吉、徳川家康といったビッグネームは覚えていても、その家臣の名前は……と聞かれれば答えられない。
つまり、『剣王立志伝ではこういうイベントが有ったな』とは出来ても、史実ではどうたったのか……それをほとんど答えられないということだ。
……というか、まあ、アレだ。
『剣王立志伝』内の時系列って、牛若丸と弁慶がコンビで登場したかと思えばペリーが来航して共闘関係になったり、敵対したり。
そうかと思えば、鉄砲片手に織田信長と足利尊氏がバチバチやり合うとかいう滅茶苦茶なやつなので、考えれば考えるほど意味分からんアレなので、それこそ考えるだけ無駄なのかもしれない。
まあ、それもこれも、少ないキャラクター数に何とか個々の個性を付けるために、時系列を無視して偉人をバンバン入れるしかなかったせいだが……っと、話を戻そう。
(ふむ……やっぱり、不自然なぐらいに手付かずという部分以外に、変な点は見つからないな……)
とりあえず、グルリと『じたく』の周囲を回って状況を確認してみたわけだが……白坊は首を傾げた。
これで、幾度目になるだろうか?
軽く地面を指で掘り返してみるも、土は思いのほか柔らかい。いや、これ、畑として使うとすればかなりの優良物件では……とも思ったが、そうならない理由があるのだろう。
不思議に思いつつも、そのまま『じたく』を中心にしてあっちこっちに歩を進め……昼過ぎになるまで、じっくりと探索を行った白坊は。
――分からん。
さっさと、白旗を上げた。
……いや、まあ、だって本当に分からないから。
専門知識なり、そういった方面の趣味を持っていたなら良かったが、白坊には無い。経験と言えば、小学生の頃にアサガオを育てたぐらいしかないのだから、無茶というものだ。
(……とりあえず、仕事探すか)
ひとまず、『じたく』周辺の調査は後にして……昨日、抜かりなく役人より聞いていた話を頼りに、町へと向かうのであった。
「日雇い並びに人夫(にんぶ:雑用の力仕事をする労働者)の募集は早朝に締め切られる。今日はもう無いぞ」
「あ、はい」
「割の良いやつは顔馴染みで占められている。最初は苦労するが、めげずに明日から頑張りなさい」
「お気遣い、ありがとうございます」
――が、そう上手く事は運ばなかったようだ。
土地勘が無いので門番やら通行人から場所を聞いて、ようやく到着した白坊へと告げられた言葉が、それであった。
正直、肩透かしを食らった気分というか、少しばかり気落ちしたが……同時に、言われてみたらそうだなと納得する部分も有った。
考えてみれば、電気やガスが普及していない時代では、夜に仕事なんて出来るわけがない。日が登るに合わせて活動し、落ちるに合わせて就寝するのが一般的だ。
いちおう、油の普及によって生活習慣が変わり、夜でも仕事したり夜遊びしたりする者が現れるようになるが……燃料の単価が高いので、基本的に日が落ちたら外に出ないというのは変わらない。
そう考えれば、日雇いの募集なんていうのは早朝にやるのが当たり前。考えなしにやってきた白坊の方が、悪いのだ。
むしろ、お前何しにきたのって言われないばかりか、めげずにがんばれと激励してくれるあたり、役所の対応は優しい方だろう……そう、白坊は思った。
とはいえ――ぽかりと空白の時間が生まれてしまった。
日没まで後3時間か4時間ぐらい。何かをするには猶予が足りず、何かをしないには暇を持て余す……そんな一時。
――せっかくだし、ブラブラと冷やかしにならない程度に町の中を見て回るか。
そう決めた白坊は、行く当てもなく歩を進める。
そのうち慣れて何も感じなくなるだろうが、今だけは……まるで映画の世界に入った気分であった。
何せ、目に映る人たち全員が、時代劇の住人だ。
髷をしている者もいれば、していない者もいる。女の髪形も同様で、まっすぐ伸ばしている者も居れば、まとめて団子にしている者もいる。
髪型一つとっても色々あるというのに、通りを歩けば更に変化が生まれる。
大きく底の深い桶を前後に括りつけた長い棒を肩に担いだ男が「さ~かな、魚だ~よ」軽快な調子で歌いながら、色んな店の前を練り歩いている。
白坊の胸のあたりまでしかない少年が慣れた様子で、「しじみ~、し~じみ~」首に掛けた大きな桶の中身を零さないよう、路地裏の方へと向かって行くのが見える。
背中に小さな箪笥を背負った男が、『刻莨(きざみたばこ:要は、煙草)』と書かれたのぼり旗を持って、「たばこ~、たば~こ」店の前を通っては立ち止まり、また歩くを繰り返している。
他にも、少しばかり腰の曲がり掛けた老人が、「た~まごぉ、た~まごぅ」カゴに入れた卵を片手にあっちこっちにフラフラと歩いて……いや、多いな!?
行商人の数が多過ぎて、少し面食らう。
店の数も大概だが、何処を見ても何かしらの行商をしている人が……ああ、そうか、なるほど。
(何だっけ、江戸時代ぐらいの仕事事情って、たしかかなりの割合で日雇いというか、大半は自営業みたいな感じなんだっけ?)
考えてみれば、店は家族経営が当たり前。家族だけで手が回らない場合はだいたい丁稚(でっち:だいたい、年少の下働き)を貰って数年は枠が埋まる。
というか、そういう人を雇える店はだいたい身内(親戚・縁者含め)で固めているから、余所者が入り込む隙間はない。入り込めたとしても、それは誰それからの紹介があってこそ。
大工を始めとして、職人業ともなれば尚更だ。
あれこそ正に、秘術であり秘匿の技術だろう。
と、なれば、限られている店の数が埋まってしまえば、後は自分の足で稼ぐしかない。
つまりは、時期によっては必要になる開拓や荷物運びなどの力仕事。あるいは、店を持たないが商品を用意して商いをする……だろうか。
(現代であれば冷蔵技術があるけど、この感じだと冷蔵っていったら氷室(ひむろ)はないだろうし……その場で売るしかないわけか……)
氷室とは、冬の間に作った氷などを地下室や洞窟等に溜めておき、夏場の冷蔵庫代わりにする、いわば自然を利用した冷蔵庫の事だ。
それがあれば生ものも保存できるが、当然、現代の冷蔵庫とは違って衛生面は悪い。温度も氷以下にならないうえに、氷室なんて早々持てるモノでは……ん?
「おお、団子屋だ」
思わず、白坊は足を止めた。
何故なら、その視線の先には茶店があり、店先に置かれた椅子に座った男が、美味そうに団子を頬張っていたからだ。
……思い返せば、この世界に来てから甘味を口にしていない。
例の箪笥は米と味噌を出してはくれるが、それ以外は中々に渋い。以前、一度だけ蜜柑を出してくれたが、それ以降は未だない。
――ヨシッ!
甘味とは、誰しもが魂に刻まれた麻薬である。一度知れば、逃れる術は存在しない。
当然、強制的に甘味断ちしていた白坊が我慢出来るわけもなく……数分と経たないうちに、席に座った白坊の傍には蜜が掛かった団子が置かれていた。
で、実食……感想は、久しぶりだからかなり美味い、である。
もちろん、現代の甘味に比べたら薄味だ。その甘さにも雑味が感じられるし、仮にこれを現代で売りに出したら、半額値引きのシールが張られるばかりだろう。
けれども、飢えはどんなスパイスよりも強力なスパイスである。
あっという間に平らげた白坊は、もう一皿食べようと店員に注文する。
そして、白坊が知っているお茶に似た味の、似たような色合いのお茶を、ズズッと音を立てて啜っている……と。
「――あっ」
「おお、昨日の今日だな――店員さん、追加で団子とお茶、あの子の分だから」
フラリと、前を通りかかったミエと目が合った。どうやら、本当に偶然のようだ。
心底驚いた様子のミエに、「団子奢るから、ちょっと話そう」とお願いしてみれば、ミエは……何とも複雑そうな顔をして、白坊の隣に腰を下ろした。
「お使いか?」
「はい、しょう油が切れておりましたので……」
見れば、ミエの首には風呂敷が掛けられていて、胸からみぞおちにかけてぷっくり膨らんでいる。聞けば、しょう油入りの壺が入っているのだとか。
万が一にも落とさないよう、抱え込んで移動する為だろう。
現代であれば1リットル数百円ぐらいで買えるが、ここではもっとするだろう。それこそ、大事に抱えて移動する程度には。
運ばれてきた団子をもにゅもにゅと……嬉しそうに頬張るミエを見て、白坊は……ふと、気になっていた事を尋ねた。
「そういえば、ミエちゃん」
「はい」
「昨日もそうだったけど、先ほども何であんな顔をしたの?」
「それは……」
「いや、別に怒っているわけじゃないよ。ミエちゃんも分かっている通り、俺は『稀人』だからね。常識に疎いせいで、もしかして失礼な事をしてしまったのかなと思って……」
「そ、そんな! 白坊様は何も悪くありません。全て、手前共が悪いのです!」
あえて自分に非が有るようにして訴えれば、ミエは頬を赤く染めてまで強く否定した。
瞬間、周りに居た者たちが一斉にミエを見た。気づいたミエが恥ずかしそうに縮こまるので、白坊は周囲に軽く頭を下げて謝罪した後。
気を利かせた店員より、店の奥……曰く、内緒な話をしたい事情有りな客が使う用の席があると案内された。
もちろん、対価として団子の単価が倍になったが、構わないと白坊が支払い……そして、改めて事情を尋ねた。
……先ほどよりも、幾らか声を潜めたミエの話を簡潔にまとめると、だ。
白坊が想像していたとおりサナエには多くの見合いの話が来ているらしいのだが……問題なのは、どうやらその中に、とある大名の次男から、側室の話が混じっているからなのだとか。
両親からすれば、数多に居る町民の1人に過ぎなかった自分たちの娘が、次男で側室とはいえ大名へと嫁入りするのだ。
大名との繋がりが持てれば、安泰は確定。格下扱いされるにしても、武家の一端の一端には名を連ねる事になる。
正しく、出世も出世、大出世である。良家や大店との繋がりが持てれば、ミエやモエもそちらへの嫁入りが夢ではなくなる。
上手く事が運べば、一夜にして屋敷持ち……だからこそ、少しでもサナエに傷が付かないよう、あれほど無礼な事をしたのだとか。
「白坊様、どうか姉様だけは悪く思わないでください。姉様も分かっているのです……ですが、苦労して育ててくれた姿を私より知っている分、何も言えないでいるだけなのです」
「悪くも何も、俺は何も思っておらんよ」
隠しているわけではないし、嘘を言っているわけでもない。
本当に、白坊はミエの両親にも、その家族に対しても、何一つ恨みなど抱いてはいなかった。
「……本当に、お優しい御方」
そんな白坊の想いが通じたのか……目に見えるぐらいにはっきりと、ミエは安堵のため息を零した。
「こんなお優しい人を無下になさるお父ちゃんとお母ちゃんの姿など見とうなかった……おらぁ、変わっちまったお父とお母を見るのが辛いんよ」
「なるほど……ところで、その喋り方が、お前の素か?」
「え……あっ!?」
問い掛ければ、ハッと我に返ったミエは……火照る頬を誤魔化すかのように、スーッと音を立てずに茶を一口。
「……馬鹿な話でしょう? いずれは大店や武家に嫁ぐ身なのだから、口調を改めなさいと……わざわざ指南役を雇って矯正したのですよ」
「まあ、大金積んでも成れない地位だものな。目の色を変え、子の為にと目も心も眩む二人の気持ちは分からんでもないよ」
「でも、姉様は気弱な性根なのです。表向きは芯が強く穏やかなフリをしておりますが、根っ子は臆病で、とてもではありませんが武家社会を生き抜く器量はありません」
「……そうなの?」
「皮を張り変えた所で、中身は飯屋の娘ですもの。私も、姉様も、立派なのは見て呉れだけで……こうしてお使いの帰りに団子をかじるくらいで十分なのですよ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのです。では、そろそろ戻らないと心配されるので……」
そう言うと、ミエはふわりと席から腰を上げると、「お団子、美味しゅうございました」白坊へと頭を下げた。
サナエの内心は知らないが、ミエは既に己の運命を受け入れているのだ。もう、白坊から言える事は何も無い。
傍目には酷い親に見えても、傍目には分からない苦労をして育てられた姉妹の絆だ。
親を、姉妹を
「――そういえば、ミエちゃん。橋を渡った先の、町はずれにポツンと捨て置かれた一角に関して何か知ってるか? 俺、あそこに住むことになったんだ」
だから、あえてその事には触れず……帰る前に最後に一つだけと、ミエの気持ちを切り替える意味も兼ねて、尋ねた。
「捨て置かれた……もしや、『実らず
――『実らず三町』の事が何なのかは分からないが、指差した先はおそらく『じたく』がある方向……なので白坊が頷けば、ミエは困惑した様子で首を傾げた。
「どうしてまた、そんな所に? 狭いですけど、長屋の方に住めば良かったのでは?」
「それが、『家屋はいらないから、とにかく早く』ってお願いしたらそこへ案内された」
「……ああ、白坊様にはアレがありますものね」
首を傾げていたミエだが、思い出して納得したのだろう。「それは、白坊様が悪いと思いますよ」と、同時に、少しばかり困った様子で笑みを零した。
「普通は、雨風凌げる家と土地はまとめて一緒ですから。家はいらないから土地だけ借りるとなれば、町はずれぐらいしかありませんよ」
「……あ、そっか」
言われて、納得。
確かに、町中に余っている土地などあるわけがない。有ったとしても既に家屋が建っているのは当たり前だ。いちいち取り壊すなんぞ、物資を大量に調達出来る現代の考え方だ。
例えるなら、家は借りないけど庭先だけ借りさせて……と言ったようなものだろう。そりゃあ、役人たちも苦い顔になるわけだ。
――というか、けっこう怒っていたような気がする。
でも、あれは白坊に対してというよりは……何だろうか。ちょっと、違うような気がする。
「――で、話を戻して……不毛の大地ってわけじゃないのに、何であそこだけ手付かずのままに放置されているのか気になっちゃってさ……心当たり、ある?」
とりあえず気持ちを切り替え、再度尋ねてみれば、だ。
そうですね……と、ミエは顎に手を当てて、しばし視線をさ迷わせた後。「あ、そうだ」ペチッと己の頭を軽く叩いた。
「『実らず三町』は、私が生まれる、うんと前に現れた『稀人』が何かを行った結果、あのような土地になったと聞いた事があります」
「『稀人』が?」
その話を聞いて、ようやく白坊はあの役人の態度の意味を納得した。
そりゃあ、『稀人』のせいで貴重な土地が……それも、肥えた土地が手付かずのまま何十年と放置されているのだ。
役所からすれば、そりゃあもう口惜しくて堪らなかっただろう。ここで米が作れるなら、どれだけ良かった事かと何度も考えただろう。
……まあ、それを同じ『稀人』とはいえ、己に当てられても困るのだが……と、白坊は内心にて苦笑した。
「何をしたかは知りませんが、あの辺りでは草木は生えても作物が実らないらしいのです。また、土が柔らか過ぎるらしく、家を建てるには難儀するとか」
「あ~……たしかに、耕した畑の真ん中に家を建てるようなものだよな、あそこって……畑として考えるなら最適なんだろうけれど、実を付けないのは、もはや罠だよなあ……」
「なので、家畜の餌や田んぼの肥料として、あそこへ草むしりの仕事があります。まあ、あそこを気味悪がる人も多いので、数は少ないと思いますが……では、私はコレで。白坊様、お元気で」
「ミエちゃんも、風邪を引かないよう気を付けて」
それで、知っている事を全て話し終えたのだろう。
深々と頭を下げたミエは、そのまま店を出て行き……途中、何度も振り返っては軽く頭を下げてゆく姿を見送った白坊は……次いで、店を出る。
「あ、店員さん、ちょっといいか?」
そうして、ふと……足を止めた白坊は、片づけをしている店員へと声を掛けた。
「なんだい?」
「ここらへんで、大根とか茄子とか、作物の種を売っている店は知っているか?」
「種……そうさね、そこの橋を渡った先で『種もみ屋』があるけど、御所望のやつが有るかどうかは知らないよ」
「そうか、ありがとう。団子、美味かったよ」
そう言い残して、白坊はその店へと向かう。
確証が有るわけではない。
ただ、記憶の底よりフッと湧いてきた、とあるイベントというか……まあ、ある事を思い出したわけなのだが。
(……いや、まさか、ね?)
もしかして、もしかするかも……そんな考えが、脳裏を過るのであった。
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