娘vs木村家の秘密
「まあまあまあまあまあまあまあまあまあ、いらっしゃい!」
「うああああああああああっ! 眩しい! 母さん、めっちゃ眩しい! うちに、うちに美少女があっ!?」
木村に良く似た顔立ちのお母さんと、ツンツン頭と背の高さだけ息子に遺伝したらしい顔は似てないベビーフェイスのお父さん。
その二人に出迎えられ、私は若干引き攣った愛想笑いを返す。
あ、相変わらずオーバーリアクションな家族だなあ……。
「お久しぶりです」
ぺこりと頭を下げると、それだけでもう大喜びだ。
「まあまあまあまあまあまあまあまあ、礼儀正しくなっちゃったわ! 昔は男の子みたいだったのに! 本当に綺麗でかわいくなって! 無限、あんた果報者ね!」
「やめろ母ちゃん! 頼むから、もう少しテンション下げてくれ!」
「息子よ、立派になったな! オレは嬉しい! これで木村家も安泰だ! それで、いつ式を挙げるつもりだ?」
「だあああああああああああああああああっ! 親父も少し黙ってろ!」
「はは……」
ほんと、相変わらずなご両親。常にこんな感じだから、この家に来ると気力がごっそり削られる。だから中学生になったあたりからあまり来なくなったんだよ。
でもまあ、木村と交際を始めたわけだし、一回くらいご挨拶に来ないとね。そう思った私は自分から提案してお邪魔したのである。
そう、ここは木村家。
私の彼氏、無限が生まれ育った家だ。
築四十年。平屋の4LDK。元は貸家だったらしいんだけど、身寄りのいない大家さんから自分が死ぬ前に安く買ってくれないかと相談を受け、土地ごと破格の値段で購入。そんな木村家の居間に通された私の前には、なんとお寿司が並んでいた。
「これは……」
「だってえ、無限が初めて彼女を連れて来たんだもの。めでたいからってお父さんが注文しちゃったのよ。残すことになったらもったいないし、遠慮無く食べてね」
「あ、はい、いただきます」
なるほど、だからお昼時に来るよう言われたのか。びっくりした。
おっ、これ“ほへと寿司”だ。近所にある老舗のお寿司屋さん。町内会のおじさん達がよく寄り合いの後の飲み会に利用してるお店で、父さんもたまにここからお土産を買ってきてくれる。
「まったく、大袈裟だな……」
「まあまあ」
隣に座った木村を宥める。おじさんとおばさんに対し、騒ぎ過ぎだとさっきから憤慨中。一人息子なんだし仕方ないよ。
「歩美ちゃん、ほんとお淑やかになったわねえ。最初に会った頃とは別人みたい」
「あはは、あの頃は自分でも男っぽい感じにしようと意識してたので」
「そうだったの? じゃあ無限が男の子だって勘違いしたのもしかたないのね」
「蒸し返すなよ母ちゃん」
もぐもぐ。お寿司を食べてるのに、ますます不機嫌になる木村。こいつの中じゃあの時のことは嫌な思い出なのかな? だとしたらちょっと寂しい。
「男だって思ってもらったおかげで気兼ねなく遊べたし、私は嬉しかったよ」
「え? そうなのか?」
「うん」
「ならいいや」
よし、機嫌が直った。まったく世話の焼けるやつ。
直後、いきなりおじさんが立ち上がった。
「いい子だ! ほんといい子だな母さん! 無限にはもったいなくないか!?」
「お父さん、座って」
「はい」
言われた通り座るおじさん。でも、まだそわそわしている。
なるほど……改めて見ると……。
「歩美ちゃん、お茶でいいのか? 飲み物は他にもあるぞ」
「母さん写真撮ろう。記念に写真撮ろう」
「無限、お前ちゃんと彼氏してるか? 歩美ちゃんに恥かかせたりするなよ?」
──おじさんのこの落ち着きの無さ、そして世話焼きっぷり。話に聞いた通りなのかもしれない。
私はつい先日、学校での一幕を思い返した。
「歩美、男女交際を始めたそうね?」
「なんでそれを……」
「妖怪の世界にだって噂くらい流れて来るのよ」
他の皆がそれぞれ別の仕事や部活に励んでいる中、生徒会室に一人残っていた私の前に、そう言って姿を見せたのは座敷童だった。
たたっと駆け寄って来て机の上に座る。もう、行儀悪いなあ。
「どんな子? 見せて見せて」
「いいけど……」
妖怪でもやっぱり女の子ってことなのかな。強く興味を示され、私は渋々スマホで撮影したツーショットを差し出す。
すると、画面を覗き込んだ彼女はあからさまにがっかりした。
「なんだ、鏡矢の子が選ぶくらいだし相当な美形だと思ったら、普通ね」
「失礼な」
たしかに美形だとは思わないけど、かっこいいところもあるんだぞ。
怒った私にケラケラとからかうような笑みを返す彼女。
「冗談よ、良い子そうで安心したわ」
「写真だけでわかるの?」
「座敷童だもの、人を見る目はたしかなの。特に善悪に関しては嗅覚が鋭い」
「なるほど……」
家人が真面目に働いていると富をもたらし、その逆だと家から出て不幸を呼ぶって言うもんね。座敷童固有の能力なわけだ。
「でも、その子と付き合ってくなら一つだけ忠告しておく」
「え?」
ドキリと心臓が跳ね上がる。何? 木村に何か問題があるの? それともまた私の方の血にまつわるトラブル?
座敷童は私達が定期的に神棚に供えているお菓子を手に取ると、封を開けつつ、思わぬ秘密を開示した。
「満月の夜は気を付けなさい。その子の一族はね──」
「わおん! わおーーーーーーーーーーーーん!!」
「やめろよ父ちゃん! 落ち着けって!」
あれから数時間、夕飯までご馳走になってしまった私の前でおじさんは興奮の雄叫びを上げる。祝杯だって言って缶ビールを一本空けたんだけど、それだけでこの状態。
お酒に弱いってのもあるんだろうけど、やっぱり……私はこっそりスマホを使って確認した。今夜はちょうど満月なのだ。
(間違い無く、おじさんの方の血だ……)
改めて座敷童の言葉を思い出す。
『この子、人狼族よ』
西洋風に言えばワーウルフ、つまり“狼男”の家系らしい。
と言っても、座敷童曰く血がかなり薄まっていて、もう当人達でさえそんなことは知らないだろうってさ。実際、木村からもおじさんおばさんからもそういう話を聞いたことは無いし、隠してる様子も見られない。
『そんなことってあるの?』
『珍しくない。ほとんどの人は知らないけど、今も私のような怪異は数多く生きているし、中には人間と交わった者もいる。人が力をつけ、闇を恐れなくなったから、渋々その中に混じって生きて行くことを選んだ者も多い。この子はその末裔』
考えてみれば、そういう世の中だからこそ時雨さん達“退魔師”が今でも必要とされてるんだと気付いた。座敷童もそうだし、前に私を誘拐した“聖人”や“魔女”の鈴蘭さんもいる。駄菓子屋のおばあちゃん達も“鬼”らしい。不思議な存在って案外身近な場所に潜んでるんだ。
あれ? そういえば誰か忘れてるような……ううん?
「あんた、おすわり!」
「わふっ!」
おばさんが命令すると、おじさんはやはり素直に従う。血が薄れても狼。イヌ科っぽい習性が残っているらしい。夫婦と言うより飼い主と愛犬みたい。
「ごめんね歩美ちゃん。うちの旦那、歩美ちゃんをとっても気に入ったみたいなの。気に入った子が近くにいると興奮しちゃう体質なのよね。許してあげて」
「はい、大丈夫です」
座敷童からあらかじめ話を聞いてあったおかげで心構えはできていた。こんな風になるのは満月の日だけだろうし、別に問題無い。大型犬みたいで可愛いくもある。
「あら、もうこんな時間? すっかり遅くなっちゃったわね。無限、お母さん大塚さんに電話しとくから、あんた歩美ちゃんを送ってってあげなさい」
「おう」
すっくと立ちあがる木村。こいつはずっと落ち着いてる。お父さんの血をそんなに受け継いでないのかもしれない。顔もお母さん似だしね。
「ご馳走になりました。ありがとうございます」
「いいのいいの、それよりまた来てね。楽しみにしてる」
「はい」
「本当に来てな! 待ってるよ!」
ぶんぶんぶん。おじさんの背後に存在しないはずの尻尾が見えた。そんな期待の眼差しで見られたら来ないわけにはいかないよ。
「近いうちに、また」
「必ずだよ!」
「またね、歩美ちゃん」
さて、そんなわけで、すっかり暗くなった夜道を彼氏と並んで歩いて行く。
何度かデートはしたけど、夜は初めてだからちょっと緊張するかも。
「あの、ごめんな、騒がしい親で……」
「賑やかで楽しかったよ」
「そか、ならいいんだけど……あ、荷物、オレが持つよ」
「あっ、うん、ありがと」
カバンとおばさんから貰ったお土産入りの袋を木村に渡す。こいつがこんなこと言うの初めてだ。でも嬉しいかも。女の子扱いしてもらえてる。
さらにそこから少し歩いたところで、また提案。
「あの……手、繋ぐ……?」
「う、うん……」
なんだよもう、照れるなあ。今日はやけに積極的だ。
手を繋いだ私達、もうどこからどう見てもカップルだよね。えへへへ。
すると、自販機が見えて来たあたりで再び──
「喉乾いてないか? おごるよ」
「えっ、いや、さっきたくさんお茶を飲んだし」
「そうか……」
しゅんとする木村。なんだ? どうしてそんなに落ち込む?
それからもことあるごとに木村は私の世話を焼こうとしたり、唐突なタイミングで今日の髪型を褒めたり、服装を褒めたり、好きだと言って来たり。
待て待て待て。
「どうしたの? なんか変だよ?」
「ご、ごめん。自分でもおかしいと思うんだけど、さっきからずっとそわそわして。お前と一緒にいるからかなあ」
あ、これってまさか……私は空を見上げる。ああ、やっぱり綺麗な満月が浮かんでいる。あれの影響だよなあ、どう考えても。
そうか、血が薄まっていても外に出て直に月光を浴びるとやっぱり影響が出るのか。今さらながら心配になって来た。
(だ、大丈夫だよね? こいつ、送り狼になったりしないよね?)
すると木村は、久しぶりのあれを唱え始める。
「色即是空、空即是色……」
「うわ……」
「引くな。これ唱えてると心が落ち着くんだよ」
「なるほど……」
中学の頃から頻繁に読経してたのは、そういう理由からだったのか。もしかして、あの時期に狼男の血が覚醒し始めたとか?
なんにせよ、お経の力で自制心を取り戻した木村は無事に私を家まで送り届けてくれた。玄関の前でようやく手を離す私達。
「観自在菩薩行深般若波羅蜜多……」
「いつまで唱えてんのさ」
「あ、悪い。不気味だよな」
「正直言えばそうだけど、必要なことなら仕方ないよ」
私に変なことをしないために、なんだろうし。そう考えると嬉しくもある。
木村はもう一方の手で持っていたカバンとお土産を手渡し、くるりと背中を向けた。
あっ待って。
「そ、それじゃあ行くよ」
「と、父さん達に挨拶してったら?」
「あ、そうか。遅くなっちゃったもんな、ちゃんと謝ら──」
もう一度くるりと振り返った木村の顔を掴まえ、爪先立ちで顔を近付ける。
しばらく揃って沈黙し、やがて私の方から顔を離した。
木村は目を真ん丸に見開いたまま。
「い、今の、今のって……」
「ちゃんと家まで送ってくれたから、その……お礼」
「あ、ああ、あああああああああああ……っ!」
「えっ?」
ざわざわ。木村のツンツン髪が蠢く。
もしかしてこれ、変身──
「──あふん」
「ちょっ」
って、こいつ気絶した!? 後ろ向きに倒れかけたのを慌てて支える。
「こら! こんなところで気絶するなよ! ちょ、重っ……父さん! ちょっと手伝って、父さん! こいつ中に寝かせないと!」
この時間なら家にいるであろう父さんを呼びつつ想像する。多分、おばさんもこういう苦労を乗り越えた末に、あのおじさんを制御できるようになったんだろうな。
ちょっぴり不安。私達こんな調子で本当に付き合っていけるの?
キスだけで 倒れた彼に 憂いあり
ああもう、しっかりしろ! それでも狼男か!
「生きてて良かった……」
目を覚ましたのか寝言か、恍惚の表情でのたまう木村。見えない尻尾がぶんぶん左右に振られている気がする。
「どうしたのだ木村君は?」
「どうしたんだろうね」
父さんと一緒に中へ運び、居間に寝かせてため息一つ。ママと双子も不思議そうな顔で私の彼氏を見つめる。
それからしばらくして、おばさんが車で迎えに来た。
「この馬鹿! ご迷惑おかけして!」
「あいてっ!?」
「ははは、またね……」
強引に車に押し込まれ、頭をはたかれた木村を見て予感を抱く。そのうち私も同じことをするかもしれないなと。
いや、まあ、まだ高校生だし、そういう関係になるとは決まってないんだけどさ。
とりあえず、今後は満月の日に会うことだけは避けよう。そう固く誓った。
でも、こっちもドキドキしたし、たまにならいいかも……?
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