娘vs浮気
拝啓、パパ。
私は今、彼氏の浮気現場を目撃しています。
「あいつ……!」
無意識に掴んでいた電柱に、ヒビが走りました。
──遡ること三十分前。お互いに忙しく、あの木村家での会食以来、実に二週間ぶりとなるデートを翌日に控えていた私は、毎日の練習で疲れているであろう彼氏を元気付けるべく手作りのお菓子でも持って行こうかと材料を買いに出かけたわけです。
そしたら見かけてしまった。
あの馬鹿が、私の知らない子と手を繋いで歩いている場面を!
(しかもめっちゃ可愛いし……!)
目が大きくて幼い感じの鼓拍ちゃんタイプ。派手な服装で、ちょっとギャルっぽいかも。多分だけど年下。
(本当はそういうのが好みだったのか……!)
怒り心頭の私は、けれどまだどこかであいつを信じていて、すぐには声をかけず尾行を始めた。もしかしたら浮気ってわけじゃないのかも。そう自分に言い聞かせて。
でも──
「無限、ほっぺにクリームついてるよ。拭いてあげる~」
「ねーねー、アクセ選んでよ。無限が選んでくれたのつけたーい」
「きゃー、かっこいい。すっごいパンチ力。さっすがはおっとこのこー」
イチャイチャイチャイチャしやがってえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!
もう駄目だ、完全にキレた! 今この場でビンタして別れてやる!
そう思った私の肩を誰かが指先でつつく。
「なに!? 今、忙しいんだけど!」
「そうなの?」
って、
「鈴蘭さん!?」
「お久しぶり。相変わらず元気そうね」
「な、なんでここに?」
「かながれのおばあちゃんに会いに来たら、歩美ちゃんがこそこそ移動してる姿が見えて、着いて来ちゃった」
私も尾行されてた!?
「ふむふむ、あの子が歩美ちゃんの彼氏で、浮気が発覚したからお別れするところと」
「どうしてそれを!?」
「私、未来を見たり心を読んだりもできるのよ」
相変わらず万能すぎる。本当にいったい何者なんだろう、この人?
待てよ? 鈴蘭って名前、そういえば……。
「あの、私の従妹が『さいあくのまじょ』って絵本を愛読してるんですけど」
「ふふ~ん」
鈴蘭さん、意味ありげに微笑み、けれどもそれ以上は何も言わない。
まさか……だよね……?
「そんなことより、あの二人、行っちゃうわよ」
「あっ!」
鈴蘭さん登場のショックで危うく忘れるところだった。木村のやつ、ゲーセンからまたどこかへ移動しようとしてる。
「逃がすか……!」
「面白そうだからついてっちゃお」
鈴蘭さんはやはり、私の後ろにピッタリくっついてきた。
その後、木村達は美術館へ入り、映画館にも入り、何故か両方ともすぐに出て来たかと思うと今度は市役所に隣接する公園へ。
こんなとこで何をする気かと思ったら、奥の高台にある歴史資料館の見学だった。無料で入れる施設なので、意外とデートにはいいかもしれない。
「へー、市内でこんな遺跡が見つかったんだねー」
「そういや、小学生の時に遠足で発掘現場を見に行ったなー」
「そうなんだー、あおいもいっしょに行きたかったー」
あおいって言うのか、あの子……!
「歩美ちゃん、どうどう。はい、これでも飲んで」
「ありがとうございます……」
鈴蘭さんが差し出してくれた缶ジュースを飲む。ふう、少し落ち着いた。この人が来てくれたのは幸いだったかもしれない。でなきゃ今頃木村を殴り倒している。
ちなみに私達はもう隠れていない。堂々と姿を晒してるんだけど、あの二人は全く気が付かない。鈴蘭さんが魔法をかけてくれたからだ。
「隠形っていう術なんだけど、昔はよくこれで悪さをしたものよ」
「意外ですね」
この人、そんな悪事とか働いたりするんだ。てっきり聖女様みたいな感じかと。
「若気の至りってやつね。まあ、そのおかげで今のダンナとも出会えたんだけど」
どんな出会いさ?
そうこう言ってる間に、一通り中を見学した木村達は外へ出て行く。
「ここはなかなか悪くなかった……」
とか言ってメモを取るあいつ。なんだよ、まさか明日の私とのデートでもここへ連れて来る気じゃないだろうな?
その前に引導を渡してやる!
木村達は資料館のすぐ近くにある広場へ移動した。インコをたくさん飼ってるケージが設置されていて、前に友美や友樹を連れて来た時は夢中になって見てたっけな。
そんな私にとって忘れがたき思い出のある場所でベンチに並んで座る二人。やめろ嫌な記憶で上書きされる!
「ふー、歩いたら汗かいちゃった」
「おいっ、スカートをバタバタするな。お前な、ここ外だぞ?」
「えー、いいじゃん。暑いんだってば。今日天気いーしー」
「あのなあ……」
「あっ、さっきジュースも買って来たんだった」
ペットボトルを空け、スポーツドリンクを飲む浮気女。そして、それをなにげない仕種で木村の方に差し出す。
「んっ、無限も飲む?」
「おう」
木村のやつも何の躊躇も無く受け取って口を付けた。
瞬間、私は完全にキレた。
「お前ええええええええええええええええええええええええええええっ!」
「えっ、歩美!?」
したな? 今、自然に間接キスしたな!? 私がキスした時は気絶したくせに!
「この裏切り者ォ!」
「待て、落ち着け! これは違う! 説明するっ!!」
「言い訳するなあっ!」
泣きながら木村の頬をひっぱたく。
すると、隣の子は──
「びっ、びっ……美少女おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「……は?」
「か、かわいいいいいいいいいいいい! 綺麗! ねえ、ねえ、写真撮っていい? 一緒に写真に写ってもいい!?」
興奮しながら猛然と迫って来た。
「……いとこなんだよ」
「そ、それならそうと早く言ってよ!」
濡らしたハンカチで木村の腫れた頬を押さえる私。かなり痛そう。我ながらすんごい力で叩いちゃった……。
「いや、お前隠れてたし」
「うっ」
誤解が解け、今は並んでベンチに座っている。私を中心に、左右に木村と木村のいとこだという女の子。
ちなみに鈴蘭さんもすぐそこに立っていて、木村達に気付かれないままニマニマほくそ笑んでいる。
こ、この人は……さては知ってたな? 知ってて私に黙ってたんだな?
それにしても、改めていとこさんを見る私。たしかによく見ると木村ん家のおじさんに似てる。おじさんのお兄さんの子だって言うだけあるな。名前はさっき聞いた通りあおい。木村 葵だそうな。
「ゴールデンウィークで遊びにきたんだー。そしたらさー、無限がデートでどこに行けばいいかわからないって言うじゃん? だから下見に付き合ってあげることにしたの。ついでにカップル割のあるところでカップルのふりしてみたりー」
ああ、それでパフェを食べてたんだ。あの店たしかカップル割があるもんな。映画館とカラオケもそう。すぐに出て来たのは確認しに入っただけだからか、なるほど。
「それにしても、彼女さんがこんな美人だったなんて! うらやましい!」
「え、えーと……」
ぐいぐい身を寄せて来る葵さんにたじろぐ私。もしかしてこの子、鼓拍ちゃんと同じで女の子も好きなタイプ?
すると木村は突然立ち上がり、私達の間に割り込んだ。
「やめろ葵!」
「ぶー、ケチー。ちょっとくらい良いじゃーん。どうりで写真も見せてくれないわけだよ。こーんな可愛い彼女さん独り占めしちゃってさ」
いや、そんな可愛いだなんて。
何度も褒められると流石に照れる。
でも、木村は振り返って真剣な表情で忠告した。
「騙されるな歩美、コイツの口車に乗せられるな! いいか、よく聞けよ、葵は今お前が思ってるようなやつじゃない!」
「ど、どういうこと?」
凄い迫力にたじろぎながら訊ねると、木村は一瞬言い淀んだ後、声を絞り出す。
「……だよ」
「え? なに? 聞こえない」
「……なんだよ!」
「聞こえないって」
「コイツは、男なんだよ!」
空気が凍った。
「……は?」
「だから、葵は男なの! しかもすげえゲスな理由で女装してんだぞ! コイツ、自分が可愛いのを自覚してて、女の子の格好だと女子が油断して触り放題になるから女装してるだけなんだ! 中身も完全に男なんだよ! しかもドスケベな!」
「うえへへへ、歩美ちゃん、そんなことないから。あおい、中身は女の子。だから仲良くしよ?」
ぞわわっ。鳥肌を立て木村の後ろに隠れる私。今さらになって身の危険を感じた。
葵さんは手を振って笑う。
「もー、冗談だってばー。無限の彼女に手を出したりしないよー」
「お、男ってのは……?」
「それは本当ー。証拠見るー?」
「いいっ! いいから!」
スカートに手をかけた彼女、じゃなく彼を止める。人前で何しようとしてんの。
「あはは、歩美ちゃんうぶだなー。さすがはJK」
「え? あの、葵さんって……」
「社会人だよー、今二十二ー」
「年上!?」
「てか、歩美ちゃんってもしかして、あんまりファッション誌とか見ない子ー? あおい、けっこう有名なんだよ。本業は別にあっけどー、副業で読モしてんの」
あれ? そういえば見覚えあるかも。
「あっ、たしかmicolaに」
「なんだー、知ってるじゃん! そうそう、micolaの仕事が一番多いかなー」
私は滅多に買わないけど、さおちゃんや鼓拍ちゃんはよく見てる。だから私も葵さんを見たことはあった。
「モデルしてっとねー、可愛い子ともたくさん知り合えんだー。えへ、えへへ。でも歩美ちゃんほどの美人さんには会ったことないよ。無限、いい子つかまえたねー」
「ま、まあな」
照れて鼻の下をこする木村。あ、また見えないしっぽがぶんぶん回ってる。
「うひひ、無限が歩美ちゃんとゴールインできたら私とも親戚か。楽しみだなあ……」
「ね、ねえ……あの人、ちょっと怖いんだけど」
「だから言ってるだろ、葵は危険なんだって。まあ、俺が一緒にいる限りは守るから安心しろ」
くっ、そういうこと言うな。疑ったことがますます心苦しくなる……!
あれ? そういえば鈴蘭さんは? 尾行仲間の存在を思い出した私は、きょろきょろと辺りを見回す。
あ、いた。木に手をついて肩を震わせてる。笑いを堪えてやがるねあれは……葵さんが男子だってことも知ってたんだ、やっぱり。
手の平の上で踊らされた気がして、腹が立った私は立ち上がり鈴蘭さんの方へ近付いて行った。そして突然の行動に不思議がる二人へ彼女を紹介する。
というか葵さんに。
「葵さん、私よりずっと綺麗な人がここにいるよ」
「え?」
「ご紹介します! 私の友達の鈴蘭さんです!」
「ちょっ、やめ、歩美ちゃん、今は……」
やっぱり。笑い過ぎて集中が切れて術の効力も弱まってるんでしょ。案の定、私が紹介した途端に二人の目にも鈴蘭さんが映った。
「えっ、いきなり──手品?」
「ひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
再び奇声を上げる葵さん。瞬間移動かと思うほど素早く詰め寄って来て鈴蘭さんに対し矢継ぎ早の質問を浴びせる。
「お姉さんどちらからいらしたんですか!? お名前は!? 現在交際中の彼氏は!? あおいじゃダメですか!?」
「わ、私、既婚者……ぷっ、くく」
「人妻も大好物ですうっ!!」
「あはは! なにこの子、面白い! あはははは!」
「ほら行くよ」
私は木村を立たせた。
「おい、いいのかよ?」
「いいんだよ」
あの二人はもう放っておこう。それより、まだ少し時間が残ってる。
「あ、明日のデートの前に、帰りながら予行演習な」
「……わかった」
苦笑しながら、私の手を掴む木村。こっちも固く握り返す。
「覚悟しろよな。疑っちゃったお詫びに、明日はめいっぱい甘えるから……」
「オレが死なない程度でお願いします」
まあ、たしかに気絶されたら困るか。
なんにせよ、私達の仲は無事、雨降って地固まったのだ。
勘違い 過ぎてしまえば 良い機会
「ところであの人、本当に助けなくていいのか? 葵はけっこうしつこいぞ」
「大丈夫だよ。多分どうにもできないから」
案の定、鈴蘭さんは気が付いたら消えてしまっていたと後日葵さんから聞いた。
ていうか、なんで私の電話番号知ってるの?
『無限のスマホ、覗いちゃった』
「後で注意しとこ……」
とにかく、また私の周囲に個性的な人が増えてしまったようだ。
重力、強いなあ。
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