親vs子離れ
とあるアパートの玄関口──
「そ、それじゃあ父ちゃん達、行くからな」
「早く行けよ! もう入学式見ただろ!」
「
「す、すいません。駄目だろ小梅。お父さんとお母さんに謝れ」
「うっ……ご、ごめんなさい」
「なんで彼氏の言うことなら素直に聞くんだ……」
「この子はまったく……」
ハァとため息をつくママ。そして泣きべそかいてるダメダメ親父に通さんは何度も頭を下げた。別にそんなことしなくていいのに。
「俺が責任持って監督しますので、どうか、どうかご安心ください」
「こちらこそ、この子をよろしくお願いします。ご迷惑をおかけするでしょうが、どうか、本当にどうか……」
「小梅えぇぇぇええぇぇぇええ……」
ああもう何がそんなに心配なんだ。こちとら大学生だぞ、成人してんだぞ! 男の人と同棲するくらい大人なんだぞ!
「いいから帰ってよ!
「小梅ぇぇぇえええええぇぇええぇえぇえぇっ!?」
父ちゃんはついにすがりついて来た。ああもう、うっとうしい! いいかげんに子離れしろ!!
──今、俺は居酒屋のカウンターで
「チクショウッ、チクショウめえッ」
今夜の吉竹は荒れていた。さもありなん。心中察した俺はさらに飲めと空いた盃に酒を注いでやる。無論、度数が高くないものを選んだ。ヤケ酒で健康を損なってはいかんしな。どのみち明日の内藤理髪店は臨時休業することになるだろうが。
「小梅、こうめぇぇええ」
しきりに娘を呼ぶ吉竹。うむ、寂しかろう。わかるぞ。今度は当間と二人、左右から肩を叩く。
「嘆くな、褒めてやれ。見事一発で合格したのだ」
「あの勉強嫌いの小梅ちゃんがなあ。いやはや本当に素晴らしい」
はっはっはと笑う当間。こやつも当然、小梅のことは赤子の時から知っておる。あやつが小さかった頃、たまにしかこっちに帰って来なかった俺より、もっと長い付き合いかもしれん。
だから俺達二人も、吉竹ほどではないが寂しい。
小梅は先日、旅立った。遠い他県の大学に入り、昨年より交際中の大学生・
(恋心とは強いものだな)
当間の言う通り小梅は勉学が苦手だった。だが恋をして以来、想い人のいる学校へ絶対に受かろうと必死に受験勉強を続け、その夢を叶えている。だからこそ本気の恋だと認め、学生の身分で同棲することを吉竹とこやつの女房・
まあ、小梅は小さいし、言動もいまだ幼い。あのようなしっかりした若者が一緒にいてくれないと心配だという打算もあるのだが。
「誇ってやれ。お前の娘は立派だ」
「うう、う……そりゃそうだ。合格がわかった時にゃ、そりゃもう褒めちぎった。もっともっと褒めてやりてえ。でも、こんなに早く親から離れるこたねえだろ……ううっ」
「早いことはないだろう。むしろ大学入学と同時に独り立ちというのは一般的じゃないか。小梅ちゃんの場合、そこからさらに一歩進んでいるが。はっはっはっ」
「嫁入り前の娘えええぇぇぇぇぇええぇぇ……」
「余計に沈ませてどうする」
「すまん」
そういえば当間には息子がいる。そして、やはり一人暮らし中の大学生だ。こやつらの時はどうだったのだろう? 吉竹のように落ち込んでいた記憶は無いが。
「当間よ、
「はっはっはっ、男同士だからな、湿っぽい別れではなかったぞ。いってこいと言ったら、いってくると答えて空港のゲートをくぐって行った。それだけだ」
「あっさりしてるな」
「男親と息子など、そんなものだろう」
そうなのか……俺と親父は突然の別れだった。だから、そう言われてもいまいち確信を持てん。いつか
ともかく、今は吉竹を励ましてやらねば。たった一人の子、それも愛娘が親許を離れたのだ。しかもこれからは結婚を前提に交際中の彼氏と同居。これが歩美だったらと思うと、俺も他人事には思えん。相手の男を全力で投げ飛ばすかもしれん。
いや、木村君相手では、こちらが投げ飛ばされるな。
彼も立派に成長した。
「今夜は飲もう。なあ」
「ううう、すまねえな……今夜だけ、今夜だけ迷惑かけるぜ……」
「迷惑などと思うな。俺達は竹馬の友だろう。はっはっはっ」
「そうだ、遠慮するな。泣け、泣いただけ飲め」
「おう……小梅、小梅ぇ……」
まあ、吉竹はそんなに強い方ではない。
日付が変わる頃には酔い潰れた。
俺と当間が交代で背負い、内藤家まで連れ帰る。
呼び鈴を鳴らすと玲美が迎えに出てくれた。
「ありがとうね、豪鉄さん、当間さん」
「すまんな、いつもより飲ませてしまった」
「いいんだよ、潰れるまで飲みゃ逆に静かに寝るから。あとはアタシに任せとくれ」
「頼む」
「玲美くんは寂しくないか? 小梅ちゃんがいなくなって」
「まめに連絡するよう通くんの方に言ってある。あの子なら律儀だから定期的に報告してくれるだろ。寂しさよりむしろ、親の目が無いからって必要以上に羽目外さないかが心配だよ。通くんに迷惑かけなきゃいいんだけどね」
「はは、強いな」
「うちは亭主が見ての通り情けないもの。アタシが強くなくちゃ。だからこの宿六のこた心配いらない。こっからはアタシがたっぷり甘やかして立ち直らせる。何日も仕事休まれちゃ困るしね」
「うむ、では任せた」
「あいよ」
俺達は吉竹を家の中まで運び、布団に寝かせてやった。
「小梅ぇ……」
「まだ呼んでるよ。未練がましい人だね、ほんとに」
「少し羨ましいがな」
「羨ましい?」
眉をひそめる玲美。俺は歩美が家を出る時を先程から何度も想像している。
だが、あやつの場合、どうにもこのような別れ方になる気がしない。
むしろ当間と十蔵のそれに近い形になるのではないか?
「うちの娘は多分、寂しいとすら思わせてくれん」
「アハハ、たしかに歩美ちゃんならありそうだ」
「はっはっはっ、一年後だな。その時になったら答え合わせをしよう」
「うむ」
頑張れ歩美。小梅のように夢を叶えてみせろ。
高校生活最後の年も変わらずまっすぐ進んで行け。
子の巣立ち 見送る我等 それぞれに
俺は泣くことになるのか、それとも笑って見送るのか。実際その時になってみるまでは、やはりわからんな。
「玲美ぃ……もう一人、もう一人つくろう……」
「な、何言ってんだこのスケベ」
破廉恥な寝言を言った吉竹は、玲美に頭を叩かれた。
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