守護霊vs戦友の血
さてさて、そんなわけで歩美めは無事、初めての男女交際を始めたようじゃ。めでたきかなめでたきかな。
ん?
思い出せん? しょうのない奴め、改めて名乗ってやるゆえ今度は忘れるでない。
我が名は
何者だ、だと? ふむ、分類上“精霊”なのだが、もう少しわかりやすく“守護霊”と言い換えても良い。実体化しておるゆえ誰にでも見える。なかなかに高度な術なのじゃぞ、敬え。
ちなみに、昔は“
今、さらりと別の世界と言うてしもうたが、もう知っておるかな? 鏡矢の一族は元々異世界から来た渡来人なのじゃよ。
妾達も同じ世界の出身じゃ。正確に言えば始祖・鏡矢
やはりこの世界の若者達が好む“ふぁんたじい”風に例えると“冒険者”に近い仕事をしておった。あの世界では“
魔王と戦ったか? そんなもんはおらん。あくまで害獣駆除じゃ。そうそう魔王なんてものが発生すると思うなよ。色んな世界を巡って来たが、滅多に見つかるもんではないぞ。妾達の生まれ故郷も危険度の高い害獣が蔓延っておるだけで、魔族だのなんだのといった類は皆無じゃった。
討魔屋になるには資格試験に合格せねばならぬ。なにせ危険な職だからな、ひよっこにほいほい仕事を与えてやるわけにはいかん。腕は元より、魔物に関する知識や大陸共通法への理解も求められる。
まあ、ようするにそれなりに難関だった。頭が悪ければ素直に兵士になる方が良い。軍では命令さえ聞ければ働けるからな。我等はそういうしがらみに囚われず、ある程度自由な裁量で動くことが出来る。そこが兵士や武士との大きな違いじゃ。
その分、責任も重い。だから法律の知識が必要になる。
さて、ここでもう一人思い出してもらおう。妾とよくつるんでおる
だからな、そんな恵土めとさして変わらん背丈の“ばらつき人”──個体差がやたらと激しい珍妙な種族“人間”の小僧が同じ試験会場に現れた時には流石に驚いた。
たしか、あの時はまだ十四じゃったか?
つまり、それが零示だった。
妾達“耳長人”はな、皆が同じように美しい容姿を持って生まれて来る。創世の神々にそのように設計された種だからじゃ。
ところがあやつは、人間でありながら妾が見惚れるほどの美少年であった。むしろ最初は少女だと思ったわい。中性的というより少女的じゃな。そういう容姿なんじゃ。睫毛が長くてのう、切れ長の瞳で、柳眉の形も美しく、鼻はほんの少しだけつんと尖り気味だが、そのささやかな不完全さが逆に他の良さを引き立てていた。
妾の髪にも負けぬほど艶のある黒髪だったものよ。鏡矢の子らを見ていると本当に奴に良う似ておるので今も鮮明に思い出せる。あれは男女問わず魅了できる美貌じゃった。
ただ、口は悪かったな。妾が迷い子ではないかと心配して声をかけてやったら、小僧めなんと返したと思う?
『おいジャリタレ、出口はこの部屋を出て右へ行った突き当たりじゃ。ここは主のようなガキの来るところではない。さっさと帰って母御の乳でも吸うておれ』
『ぶっ殺すぞババア』
──まったく困った奴じゃった。その後もな、あまりに口が悪いので軽くお仕置きしてやろうとしただけなのに無駄に抵抗しおって、おかげで試験会場の立派な建物が半壊してしもうたのよ。
そこまでしても結局、とっ捕まえて連れ帰り、ねっぷり仕置きしようという妾の企みは叶わなかった。強すぎたんじゃ、あれは。妾だけでなく止めに入ろうとした他の受験生も試験官も、騒ぎを聞きつけてやって来た現役の討魔屋達もまとめて力でねじ伏せおった。
道理で、あの歳で試験を受けに来たわけよな。
『手っ取り早く金が要るんだ、邪魔するな!』
あやつには妹がいてのう、血の繋がりは無いのに他の誰より大事にしておった。その妹が病にかかったため治療費を稼ぎたかったのだ。ならばと強さを知る友人に討魔屋になることを奨められ一夜漬けの勉強をして受験しに来た。
試験会場で暴れた上、組合の本部まで半壊させたわけだから普通なら即失格。どころか逮捕された上、永久に出禁になってもおかしくない。
とはいえ、あれは強すぎた。どう考えても野に埋もれさせていい人材ではない。まして恨みを買うようなことになったらどんな仕返しが待っているかわからん。次は半壊でなく全壊にされてしまうかもしれん。
そう思った組合は奴を改めて受験させた。
そして、あっさり合格した。
『化け物か……』
法律に関しては本を一回読んだだけで全て暗記してしまったらしい。記憶力だけでなく理解力も異常に高かった。戦闘力は言わずもがな。誰に師事したわけでもないそうなのに、あの時点ですでに世界最強だった。
で、討魔屋になれたあやつは、妾や
なんでか? 妾もな、本部半壊の片棒を担いだ罪で危うくお縄になりかけたのだ。だが、あやつほどではないにせよ、やはり並外れた戦闘技能の持ち主だという理由で試験無しで採用された。いざとなったら奴にぶつけるための手駒だな。そして罪を帳消しにしてやる代わりに莫大な借金を返し終わるまで逃げられん呪いもかけられた。
唱炎のやつは妾達が受験した時の試験官の一人だ。我等二人を止められなかった責任を問われ、お目付け役を引き受ける羽目になった。あれは昔から貧乏くじを引きやすい。
そんな唱炎に同情して後から
まあ、最初は断られたがな。試験会場で暴れたことをもって自分勝手な奴とは組みたくないと言われた。それがきっかけで零示の奴も反省し、生意気さが抜けたのだ。最初から可愛らしい態度を取っていれば妾も素直に寵愛してやったというのに。嗚呼もったいないもったいない。
まあしかし、あやつらと組んで討魔屋をしておった頃は楽しかった。本当に耳長族特有の長い寿命の中で最も充実した時間じゃった。
──が、ある時、奇妙な魔物が大量発生する事件が起きてな。その出所を調査した我等は未発見の遺跡に辿り着いた。そこが運命の分岐点だとも知らずに。
遺跡の最奥部には生物を精霊化させる装置があった。古代の魔術師が造り出した禁忌の祭壇だ。で、それを動かして遺跡内部や周辺にいた獣を片っ端から放り込んでいる犯人もそこにおったのじゃよ。
奴は己を“天使”と名乗った。神々の使いだとな。
実際無茶苦茶な強さじゃったよ。それまで無敵だった零示でさえ全く歯が立たんほどの異次元の怪物。
我ら六人、必死になって戦ったが一人また一人と息絶え、辛うじて生き残っていた零示と妾は賭けに出た。
人の身を捨て、奴に勝とうと。
妾は魔術師じゃったからな。遺跡の装置に組み込まれた術が書き換えられ、本来の効力を発揮しておらんことに気が付いていた。だから放り込まれた獣達は異形の存在と化してしまったのだ。
そして、妾ならそれを正常化させることも可能だった。
だからな、ちょいと嘘をついたのよ。
あの装置を操作して奴を祭壇の上に押し込めば、装置の力で屠れるはずだとな。だから零示には妾が装置を動かすための時間を稼いでくれと言った。あの頃にはもうかなり信頼してくれていたのでな、素直に言うことを聞いたぞ。
あの生意気な小僧っ子がだ。
不覚にも泣きそうになった。
というか泣いた。
あやつが敵を足止めしてくれている間に、妾は装置をいじった。
仲間達の亡骸にも謝ったとも。恨んでくれて構わんと。
術式を正常化して装置を再起動させた直後、妾は仲間達の亡骸を魔術で祭壇の上に移動させた。そしてすかさず自分も力場へ飛び込んだ。
打ち合わせと違うものだから、零示め酷く狼狽えたわい。でも、敵があやつを釘付けにしていてくれたおかげで、あの馬鹿まで祭壇に上がってくることはなかった。
だから、あの天使には感謝しておる。
『おいジャリタレ、妹を大事にしろ。妾達は、そのために人の身を捨てるのだ』
『どういうことだよ!?』
──答えなど、今の妾を見ればわかるじゃろう? そういうことぞ。妾と死んだ仲間達は装置の力で人工精霊と化した。不安定な存在でな、誰かと契約して繋ぎ止めて貰わねばすぐに消滅してしまう。
精霊化した妾達がその事実を告げると、やつは泣きながら契約した。でもって人の限界を超えた我等五人の力を借りて“天使”を倒した。
ま、それも敵の計画の内だったのだが。
話せば長くなる。だから肝心な部分だけ教えよう。零示めは“
あやつが容姿や様々な才に恵まれておったのもそのためよ。簡単に死なれては困るから神々が祝福を施した。そして、それが今もなお零示の子孫達に受け継がれておる。鏡矢の子が似たような顔で生まれ傑物だらけとなる理由はこれ。
精霊となってからの我等も変わらず零示と共に戦い続けた。妾達は奴から離れると消滅してしまうし、奴も我等の助力が無ければすぐにやられていただろう。
何年も死に物狂いの戦いが続いた。
色々あって最終的に勝ったのは妾達。敵さんが勝利しておったら今頃全ての世界は消え果てている。なので当たり前の話じゃな。
あれから、ずいぶん時が流れた。だが我等は今も鏡矢の血筋と契約を続けておる。
ちなみに、この世界だけでなく様々な世界に零示の子孫は分散した。だから我等も分霊を行ってそれぞれの世界に拡散している。どの世界の“自分”とも記憶を共有できるので、長く生きている割に退屈はせん。
そんな“妾達”の間は最近、この世界の話題で持ちきりだ。鏡矢の血を引いていながら平穏な人生を歩んでいる子は少ない。歩美めは、そんな数少ない一例になってくれるかもしれんと期待を寄せられておるのだ。
「スイ、アユミ、また移動する」
「そのようじゃな」
尾行中の定番あいてむ“さんぐらす”をかけた妾と恵土は“かふぇー”の椅子から立ち上がった。やれやれ、交際初心者だけあって次から次に移動しよる。
「公園、水族館、映画館、もおる、げえむせんたあ。今日だけで定番すぽっとを全部回るつもりか、あの二人」
「もっとゆっくりしたらいいのにね」
まったくじゃ忙しない。
しかしまあ仕方ないな。未契約とはいえ、あれも鏡矢の子だもの。あれだけ苦楽を共にした零示の子孫じゃ、どうしても気にかけてしまう。
忙しかったとはいえ、先代の頃の兄弟間の諍いや雨道と時雨の時に助けになってやれんかった負い目もある。今の当主からの頼みでもあるし役目はしっかり果たそうぞ。
再び、あのジャリタレの顔が思い浮かぶ。
心配するな零示。
「歩美に害意持って近付く魔の者あらば、我等が必ず退けてくれよう。元々それが妾達の仕事だしな」
討魔屋の 誇り忘れぬ 五精霊
「それに“エスピー”をしていれば、お金がもらえるもんね」
「うむ。おーえるなど妾には向かぬ。やはり、こういう仕事の方が良い」
命令されるのは嫌じゃ。まして、社長があのジャリタレそっくりの子孫では。もちろん、こうして頼られるなら話は別。あの生意気な小僧の子孫に頼みごとをされると気分が良い。かっかっかっかっ!
──まあ、結局は惚れた弱みというやつじゃ。
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