娘vsバレンタイン(3)
「大袈裟じゃない」
って言い切った。
なんでそこまで? 驚いた私に続けて言う。
「あゆゆの一大事だよ。ひょっとしたら人生を決めちゃうかもしれない決断じゃん。簡単に考えないで」
「……」
いや、やっぱり大袈裟だと思う。
これはまだ、そこまでの話じゃない。
でも、そうか……。
「心配してくれてるんだ?」
「当たり前じゃない」
まあ、そっか。そりゃそうだよね。私だって、さおちゃんが“結婚する”とか急に言い出したら心配する。相手がどういう人か、本気なのか知りたくなる。
そっか、今日のこれはそういうことか。
「だとしても、やっぱりやりすぎ」
「あたしはいつものメンバーに協力を頼んだだけ。そしたら勝手に話が広まって尾ひれがついたの」
「千里ちゃんにも教えたんでしょ?」
「まあね」
やっぱり狙ってるじゃないか。あの子に面白そうなネタを提供したらすぐに拡散されてしまうに決まってる。
「ま、とりあえず電車の中では休戦ってことで」
「うん」
「せいぜい今のうちに休んどきなさい。向こうにもこっちの仲間は大勢いるんだから」
「へ?」
「地元の皆にも報せといた。あとさ、千里ちゃんのお父さんがちょうど迎えに来たところだったんで鼓拍と風雅を乗せて来てくれるって。勇花さんも来るみたい。あんたがチョコ渡す相手を見たいんだってさ」
ええ……?
「はあ……これも“重力”のせいなのかなあ」
「重力?」
「私はトラブル体質ってこと」
鏡矢の血を引いてるだけでこれだもん。パパも時雨さんも雫さんも、きっと苦労したんだろうな。
「たしかに、あゆゆと一緒にいると退屈しないわ」
「はは、さおちゃんには小さい頃から色々迷惑かけてたね」
「あたしはいーのよ、好きで一緒にいるんだから。でも、そんなあんただからこそ相手は慎重に選ばなきゃ駄目なの」
「うん」
そうだね、場合によっちゃ相手にも一生大変な思いをさせるかもしんないし。
それに私自身、ちゃんと自分の気持ちを見極めなきゃ。前にママとした会話を思い出す。私は恋に恋をしちゃってるだけじゃないのか? まだ、そうじゃないって断言することはできそうにない。
「ただ、さ……」
「ただ?」
「私、二年前はちゃんと考えてなかった。恋愛なんてよくわからないって自分に言い訳をして、せっかく告白してくれたあいつに正面から向き合ってなかったと思う」
理由は色々ある。パパとママの恋愛が悲恋に終わったことや鏡矢の血のこと。それから、あの頃はまだちょっとだけ通さんのことが気になってた。木村は幼馴染で、最初の頃には互いに男同士みたいな感覚だったから、それを引きずってたってのもある。高校入学直前で新しい環境に対する不安も抱いていた。
でも結局のところ、一番の理由は逃げだと思う。怖かった。男子と付き合うってことがよくわからなくて、ろくに考えもせずに逃げ出した。
「だから、これはけじめだよ。あの時、逃げ出しちゃったことへの。今度は真剣に考えてみるって、あいつに宣言するんだ」
思えば初めて後輩二人に告白されたあの日以来、たくさん同じことをしてきたな。一人一人に謝った方がいいんだろうか? いや、フラれた相手にそんなことされても、私なら余計に気分が悪くなる。
でも、それでも、どうしてもごめんなさいを言って、もう一回仕切り直させてもらえるなら──
そう考えたら、木村の顔しか浮かんで来なかった。
「……ふうん。なるほど、あゆゆらしい」
「そう?」
「うん。でも、手加減はしないよ」
「オッケー。なら、降りたら私も本気出す」
「覚悟したんだ?」
「もちろん」
今度は父さんの顔が浮かんで来た。
あの人ならこんな時、きっとこう言う。
「かかってくるがいい」
「上等」
へへっ、互いに笑い合う私達。どっちも負けるつもりはさらさら無いね。
話してる間にいくつかの駅で停まり、乗客の数も減って来た。どうやら私達の地元までついて来る気らしく何人かの生徒は乗ったまま。だからいつもより人数が多い。
それでも席は空いたのでさおちゃんと並んで座る。今のうちにしっかり体力を回復しておかないと。
落としたら悪いので貰ったチョコを詰めた紙袋も補強しておく。破れるかもしれないと思ってガムテ持って来ておいて良かったな。口もしっかり閉じて、入りきらなかった分は通学用のカバンに。来年からはもっと大きなバッグにした方がいいかも。
「これでよし」
さあ、勝負だみんな! どうしても私のバレンタインを阻止したいなら全力でかかって来い! この大塚 歩美、逃げも隠れも──いや、逃げるんだから違うか。とにかく全力で逃げ切ってみせるよ!
──遅い。歩美のやつ、いつもこんな時間まで学校にいるのか? 生徒会ってそんなに忙しいのか? もうすぐ夜の八時になっちゃうぞ。
家で待機していたオレは心配になって玄関へ向かう。ZINEのメッセージにも応答が無い。既読すらつかない。何かあったのかもしれない。やっぱり捜しに行こう。
「あ、先に親父さん達に連絡しなきゃ」
ひょっとしたら家に帰ってるかも。そう思ってスマホを取り出した時だ。
──っち。回り込んで……!
──なん……ターチャーンス……!
──うおおおおおおおっ、実は小学校の時から好……!
「なんだ?」
なんか外が騒がしい。ひょっとして歩美が来たのか? 俺は慌てて靴を履きドアの鍵を開けた。
ちょうどそのタイミングで誰かがドアノブを回す。開く扉。正面にある顔。互いに驚き目を丸くする。
「へっ?」
「わ、わるい……遅くなった」
そこにいたのはやっぱり歩美だった。何故か髪と制服が乱れており、肩で息をしている。左手には通学カバンとガムテだらけの紙袋をまとめて持ち、そして背中に中学時代の後輩だった日ノ打 鼓拍を背負っている。
「せんぱ~い!」
涙目の鼓拍。なんでここに? てか、なんで歩美におぶさってんだ。子泣き爺かお前は。
「くそおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「うおっ!?」
大声に再び驚いて振り返れば、すぐそこに沙織もいた。音海や中学時代の友達、さらに見知らぬ連中まで大勢引き連れている。
「な、なんだ? 何が起きてんだ!?」
「と、とにかくこれを……」
うろたえるオレの眼前に箱が差し出された。歩美の右手で。
これはまさか……いや、今日が何の日かくらいオレだって知ってるけど、ほのかに期待してたけど本当に!?
「義理、だからな」
そう言うと、ついに力尽きて崩れ落ちる歩美。押し潰すような形になった鼓拍が「あと一歩だったのに!」と悔しがる。
「ああもう、こんなに無茶しちゃって」
「させたのさおちゃんじゃん。でも、どっちもナイスファイト!」
ちびっこい女子がカメラでオレや歩美や沙織達を撮りまくる。沙織と鼓拍は歩美に肩を貸して立ち上がらせてやった。
「先輩、すいませんでした。お詫びにお家まで送ります」
「はい、それじゃあみんな撤収! 解散!」
「くそう木村! 覚えてろよ!」
「楽しかったね! 来年もまたやりたいな、はははは!」
「勇花ちゃん終始見てるだけだったね」
口々に好き勝手言いながら帰って行く一同。呆然としてる間にオレだけが玄関先に取り残される
わけがわからない。何がどうなってるのかまったくわからない。
だが、ともかく──
「い……ぃぃぃぃぃぃぃぃやったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
初めて歩美からもらったチョコ。その輝かしい宝石を掲げ、天に感謝の絶叫を響かせる。
生まれて来て良かった! ありがとう歩美! ありがとう父ちゃん母ちゃん! ありがとう神様ッ!!
この奇跡 力に変えて オレは往く
待っててくれ歩美。今度こそ……今年こそ、お前に相応しい男になってみせる!
後日の生徒会室。私は机に突っ伏した。
目の前には千里ちゃんが持って来た校内新聞。一面に私の写真が大きく載っている。
木村にチョコを渡した、あの瞬間の写真がだ。
『副会長、熱愛発覚』
違う、違うんだ、そういうんじゃないんだよあれは……。
「あんたも大変ね」
誰のせいだよ、さおちゃん。
「けっこう苦情が来てる。来年はもっとルールを細かく決めよう」
またやる気なの、勇花さん……。
「おほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほっ! 決まったお相手がいるなら先に言ってくださいな! 安心しましたわ大塚さん!」
なによりです、高徳院さん……。
「すごいよ! 歩美ちゃんの記事、大反響! また特ダネ掴ませてね!」
もう好きにして、千里ちゃん……。
「疲れた……」
私はこの日ずっとぐったりしたまま。というかバレンタイン以来、疲れが抜けない。
このイベント、こんなに大変なものだったんだな。私は恋する女子達のタフさを今さらながらに思い知った。
あ、うん、私もその一人だよね。はあ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます