娘vsバレンタイン(2)
友達や後輩からもらった大量のチョコを紙袋に入れ、いったん床に。勇花さんはわかるとして、なんで私まで女子にこんなにモテるかな……不思議だ。
生徒会室の鍵を閉めた後、すっかり日が落ちて電気の点けられた生徒会棟の廊下を一人歩いて行く。
万全を期すため、仕事がまだ残ってるって口実で他の皆には先に帰ってもらった。さおちゃんもだ。
最後の消灯は宿直の先生の仕事。職員室に鍵を返し、挨拶をして退室。よーし、これであとはあいつん家まで行くだけ。学校が別だから家まで行くのが一番手っ取り早くて確実なんだよね。ちゃんとZINEで連絡しといたし今日はいるはず。
一応、トイレの鏡で身だしなみの再チェック。よし、髪型崩れてない。今日は走り回るようなことは起きなかったもんな。久しぶりに平和な一日だった。
くすくす。
「……しまった」
この笑い声、花子さんに見られてしまった。駅のトイレにしとけば良かった。
【がんばってね】
「あ、ありがと」
照れつつトイレを出る。
すると、しばらくしてまた声が聴こえて来た。
【本当に頑張らないと駄目みたいよ】
「え?」
直後、前方に立ちはだかる影。
「この先に進みたくば、あたしを倒してから行きなさい!」
な、何してんのさおちゃん!?
ふはははははははははははははは! やらせはせん、やらせはせんぞあゆゆ! 木村にだけはチョコを渡させない!
「認めない、よりにもよって木村が相手だなんて、そんなのは認めない……」
「いやっ、義理だから! あくまでこれ義理チョコだから!」
──言ってしまってから、ハッと青ざめるあゆゆ。別にカマをかけたつもりは無かったのに勝手に自白しちゃったよこの子。知ってたけど、やっぱり木村か。
「あの馬鹿だけは駄目……だからここは親友として阻止させてもらう」
「くっ!?」
あたしが大股で近付いて行くと、あゆゆは当然逆方向へ走り出した。あたしもけっこう運動神経は良い方だからね。この狭い廊下で強引に突破するより安全策を取ったか。
「ごめんさおちゃん! 今日は一人で帰って!」
「そうはいかないの!」
追いかけるあたし。でも追いつくことはできない。あゆゆは陸上部のエースをもぶっちぎる俊足。流石に全力を出されたら勝ち目は無い。
ただし、それは一対一だったらの話。
(今!)
「先輩っ!」
あゆゆが前方のT字で右へ曲がろうとした瞬間、そこで待ち構えていた二人のうち片方が飛びついてしがみついた。
「うわあ!?」
「行かないでください! 私も木村先輩だと悔しすぎます!」
「こ、鼓拍ちゃん!?」
ナイス鼓拍! そのまま捕まえてるのよ!
──と思ったら予想外の事態。もう一人待ち伏せさせておいた後輩の裏切り。あゆゆにしがみつく鼓拍の脇腹に手が伸び、くすぐりを敢行。
「ごめん!」
「あひゃひゃひゃひゃひゃ!? な、何するのよ
「やっぱりこんなのは間違ってる! 大塚先輩の意志を尊重すべきだ! どうぞ、行って下さい先輩!」
「あ、ありがとう音海君!」
「くそっ!」
やっと追いついたあたしは手を伸ばす。けれど本当にギリギリのタイミングで鼓拍の腕から脱し、走り出してしまうあゆゆ。
「ぜっ……はあ……はあ……」
ああもう、あの体力馬鹿。こっちは息切れしちゃってんのになんて速さなのよ。あっという間に逃げられちゃった。
「大塚先輩……」
涙を流して見送る風雅。あたしと鼓拍はそれぞれ一発ずつ頭をはたく。
「馬鹿っ!」
「悔し泣きするくらいなら協力しなさい!」
まあいい、伏兵はこの二人だけじゃない。あたしはスマホを取り出し、他の皆にも連絡する。
『ターゲットは我々の手を逃れ逃走。予定通り援護頼む』
『了解』
「な、なんだこれ!? なんでこんなにっ!!」
「大塚センパイっ!」
「大塚っ!」
「歩美ちゃんっ!」
教室からトイレから物陰から次々飛び出してくる後輩、先輩、クラスメート達。こんな時間にどうしてこんなに校内に!?
「先輩を捕まえたらチョコもらえるって本当ですか!?」
「はあ!?」
「すまん大塚、榛からチョコをもらえるチャンスなんだ!」
「さ、さおちゃんか!」
私を捕まえたら私の、もしくはさおちゃんのチョコが貰えるという話になってしまっているらしい。そのために隠れ潜んでいた皆が次々に飛びかかって来る。
「そ、そんな話、知ら、ない!」
「くそっ、やっぱり素早いな!」
「これだけの動きができてどうして音楽部なんだ!?」
「今からでも遅くない! うちの部に入って歩美ちゃん!」
若干目的の違う子も混じってる。
「ヒューッ! エキサイティング!」
千里ちゃんもチョコ目当てではないようで、カメラを構えたまま私にぴったり並走して来る。
運動部のみんな! この子の方がすごいことしてない!?
「そっち行ったぞ!」
「逃がすな!」
何十人いるんだよ!?
くっ、これじゃ玄関で靴を履き替える時間なんか無いな。生徒会副会長としてなるべくこういうことはしたくなかったけど、しかたない。
窓を開け、そこから内履きのまま飛び出す。
「外へ逃げた!」
「追え!」
「って、いっぺんに来るなあ!」
私の開けた窓へ殺到した皆は案の定詰まってしまった。よし、これで追手の一部は引き離せた。
他の皆も玄関の方から回り込んで来る以上、私には追いつけない。
でも──
「待っていたよ大塚くん!」
「先輩!?」
校門から外へ出ようとした途端、高徳院先輩が目の前に割り込んで来た。
わわわわわわわっ!?
「さあ、飛び込んでおいでぼくの胸のなかあああああああああああああああっ!?」
「すいません!」
停まれるタイミングじゃなかったので、大きく広げた腕の下をギリギリでかい潜らせてもらった。その際に頭と腕がぶつかっちゃったもんだから先輩はクルクル回転する。
「お兄さま!?」
高徳院さんもいた。
「せ、先輩をお願いね!」
「あっ、こら、お待ちになって!」
「ほら舞、慶さんを取られる心配は無かったでしょ」
「慶さん目を回しちゃったし、私達で連れて帰りましょ」
振り返ると、美浜さんと澤さんも初代校長像の台座の陰から出て来て高徳院兄妹を連行してくれていた。良かった、舞さんと慶さんよりあの二人を敵に回す方がよっぽど手強い。
難関を突破した私はそのまま駅へ向かう。
あーもう、さっきので髪型崩れちゃった。電車の中で直さなきゃ。
駅までの道にも何人か待ち構えていたけれど、どうにか全員を突破して、ちょうどよくやって来た電車に乗り込む。
とはいえ、もちろん皆も追って来て──
「ストップ! 他の人達に迷惑!」
「うっ……」
「さ、流石にここはまずいか……」
私に注意され大人しくなる皆。本当は学校や道路でだってあんな風に騒いだら駄目なんだからね?
ともかく、これでやっと落ち着けそうだ。
そう思っていたら発車直前になってあの三人がホームに現れた。ギリギリでさおちゃんだけが中に乗り込む。
「先輩!」
「バミさん、お願いします!」
「はあ……はあ……」
息切れしつつもサムズアップで鼓拍ちゃんに応えるさおちゃん。しばらくドアの前で息を整えていた。
その間に電車は発車。座席は先客が全部確保しているので、私は立ったままで待つ。
やがてさおちゃんが近付いて来た。周りの人達に謝りながら間を抜け、いつも通り私の隣までやって来る。
「あーもう、あんた速すぎ」
「さおちゃんこそ、大ごとにしすぎじゃない?」
小声で囁き合う。流石に今回は私も怒った。ただチョコを渡すだけじゃないか。なのに学校の皆まで巻き込んで……。
でも、さおちゃんは顔を上げるとまっすぐ私を見つめて来た。その眼差しはふざけてるわけでもなんでもなく、真剣そのもので──
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