娘と伯母とたくさんの家族(2)
「ぬうっ……強い……なんとか勝てたが……」
「ふふふ、まだ私は真の実力の千分の一も発揮していない」
「すごい……さすがはししょう……」
かるた勝負は紆余曲折の末、どういうわけか父さん&友美コンビと雫さん一人の対決になっていた。三本勝負の一本目を雫さんが圧勝。二本目をおじ姪コンビが制して、ついに最終決戦が始まろうとしている。
「見せてやろう、私の本当の姿を」
そう言うと手の平でおでこを隠す雫さん。手をどけると光る紋様が出現していた。蓄光シールか何かかな?
「お、おじちゃん」
「ううむ、恐るべきプレッシャー。間違い無く強者の気迫」
「ぼくもやりたい」
「あら、ここで友樹参戦?」
「ええと……」
目で問いかける友にい。雫さんは余裕綽々頷いた。
「問題無い。では三対一で始めよう!」
というわけで始まる決戦。雫さんのスピードならたしかに三人相手でも有利かも。そう思ったんだけど──
「きびしくも やさしいママだね きょうあくのまじょ」
ママが読み札を読むと、
「き……き……」
「……」
がんばって絵札を探す友樹に遠慮して、雫さんはとっくの昔に見つけているそれを取ることを躊躇ってしまう。
すると友美が“き”の札を見つけた。
「とった!」
「あっ」
あっ、じゃないよ。
「とりたかった……」
「かるたは早いものがちなんだよ。次、がんばろうねともき」
「うん……」
友美に励まされ、再び構える友樹。
父さんと雫さん、そしてママは無言でアイコンタクトを取る。
「……」
「……」
「さあ、次を読むわよ。ホウキにまたがり おそらをとんでく ごくあくのまじょ」
「ほ……ほ……あった」
「ふう」
友樹が無事に札を取れたことで安堵する雫さん。
「やったね、ともき」
手加減されるのを嫌がる友美も、弟が参加してる今回は接待プレイを心がけると決めたようだ。優しいお姉ちゃんだね。
そんなわけで最終決戦は穏やかに、そして雫さんの惨敗で幕を閉じたのだ。
「負けて悔いなし!」
「ししょー、こんどはもぐりっこしよう。長くもぐってたほうがかちね」
「うむ、やろう」
「ともき、数えて」
「うん」
雫さんは夏ノ日家の姉弟に気に入られ一緒にお風呂に入ってる。やれやれ、しかたないなあ、私は昨日一緒に入ったし今日は譲ってあげるよ。
父さんとママは台所で夕飯の支度。手伝おうかって言ったら、せっかくの晴れ着を汚したらまずいから座ってなさいって言われちゃった。
『Miki!! You are crazy!!」
「HAHAHA」
「Nothing new」
『Oh……You're too hard』
美樹ねえと友にいはタブレットを使って通話してる。仕事で知り合った海外の友達から新年の挨拶が届き、せっかくだから顔を見て話そうということになったそうな。二人とも英語ペラペラ。やっぱりかっこいい。一応学校で英語を習ってるのに、何を話してるのかほとんどわかんないや。
その光景を私と一緒に眺めていた時雨さん。思い出したように訊ねて来る。
「歩美には、沙織ちゃんの他にも友達はいるの?」
「そりゃいるよ。え~と、たまちゃんでしょ、よしちゃんでしょ、とーこにちあき、それからふっきー、まおちゃん。あと去年泊まった民宿のなっちゃん」
他にもまだまだいるけど、特に仲が良いのはこのへんかな。
「民宿?」
「ヤマガミって名前でね、すごくいいとこだった。なっちゃんはあの家の三姉妹の真ん中。あれ以来いつもZINEで──」
「なるほど、うん、そっか」
……と、私の友達の話でしばし盛り上がった後、時雨さんは急に不安そうな表情になり、ずいっと顔を近付けて来る。
「歩美……」
「な、なに?」
声のトーンも落ちたので、私も合わせて小声で返す。
もしかしてという予感はあった。
そして当たっていた。
「あの……“重力”のことなんだけど……」
「うん……」
予想通り、この間の事件の時に聞いた話だ。鈴蘭さんはもう大丈夫だって言ってたけど、実は私もあれ以来気になってることがあるんだよね。
そんな想像も、時雨さんの言葉が裏付ける。
「あれ以来、おかしなことは起きてない?」
「うん」
「なら、本当に鈴蘭様の言う通り、歩美は“特異点”では無くなったんだね。ただ歩美は私達の……“鏡矢”の血を引いてるから、全く安全になったわけではないと思う」
ああ、やっぱりそうなんだ。
「うちの一族は色んな意味で普通じゃないの。その分“重力”も生まれつき強い。歩美も同じだってクリスマスの一件で分かった。だから──」
もう、ここには来ない。時雨さんならそう言うんじゃないかって、予想してた。
鈴蘭さんが言ってたからだ。私が特異点になったのは三つの大きな重力が近付いて来たからだって。つまりパパと時雨さんと雫さんが。
あの人がパパと月に宿っている力を切り離してくれたおかげで、私にかかる影響も抑えられた。けれど、私の安全のためを思うなら鏡矢一族の二人もこれ以上は関わらない方がいい。
でも違ったんだ。
時雨さんは、今度は私の想像を覆してくれた。
「──だから、何かあったらすぐに呼んで。すぐに駆け付ける。もし私が来られなくても雫さんがいる。私達のどちらかが必ず歩美達を守る。守ってみせる」
「……」
ああ、そっか。この人はきっと、さっき私がそうしたように、本当に私達を家族だって認めてくれたんだ。
だから離れて行こうなんて、もう考えないんだね。
嬉しくなって、私も涙をこぼす。
「歩美!?」
「大丈夫。あの、ちょっと昔のことを思い出しただけ」
ママが父さんと結婚する前、家族は私とママとじいちゃんとばあちゃん。それから浮草家のじいちゃんとばあちゃん。合わせて六人だった。
でも父さんが加わり、美樹ねえと友にい、友美と友樹も家族になって、去年正道と柔も生まれた。
そして今度は、時雨さんと雫さん。
ああ、そっか。家族って、こうやって増えていくものなんだ。
いつか私も、新しい家族を皆と引き合わせるのかな?
「にゃー」
美樹ねえが拾った黒猫、こしあんが「忘れないでよ」と言いたげに膝の上に乗っかって来る。そうだね、お前もいた。
そしてパパ。
声は聴こえなくなったけど、知ってるよ。今も傍にいてくれるって。だからさ、きっと笑ってるよね、今も。
「本当に大丈夫? どこか痛いとかない?」
「心配症だなあ」
苦笑しながら涙を拭う。涙が出やすいのも鏡矢家の遺伝なのかな?
「大丈夫、どこも痛くないし、むしろ最高の気分だから。はい、幸せのおすそ分け」
「あ、歩美……」
私が抱き着くと、戸惑いながらも今度は優しく抱き返してくれる時雨さん。挟まれそうになり、慌てて脱出したこしあんが抗議の声を上げる。
「にゃあっ」
「あらあら、仲がよろしいことで。叔母としてちょっと妬いちゃうわ」
席を離れて近付いて来た美樹ねえが、こしあんを拾いながら笑った。
そしてまた 時は流れて 一年後
「あった! あったよ!」
合格発表日。固唾を飲んでスマートフォンの画面を見ていた私は、何度目かの更新の後に表示された合格者一覧の中に自分の番号を見つけ、飛び上がる。見事に第一志望の高校に受かった。家から電車で一時間の学校に。
「よくやった!」
「おめでとう歩美!」
上を向き、涙を堪える父さん。抱き着いて来るママ。これでまだしばらく家族みんなで暮らせるね。
「ぱちぱちぱち」
「ぱちぱちぱち」
二歳になった双子が、よくわからないながらも皆が喜んでるのを見て手を叩き祝福してくれる。ありがとう二人とも。大好き。
「おめでとう歩美。雨道も鼻が高いだろう」
「ありがとう雫さん」
この人も忙しいはずなのにわざわざ駆けつけて来てくれた。
そして──
「おめでとう」
「ありがとう、へへ」
時雨さんも微笑み、頭を撫でてくれる。この人、どうも私を小さな子扱いしてるような気がする。でもまあ、本当に小さかった時には会えなかったんだし、いっか。
早速ZINEで友達にも報告。
『あと三年間、よろしくね』
うん、よろしくさおちゃん。同じ高校を受験したのはさおちゃんだけ。ちょっと寂しいけど一番の親友が一緒なのは嬉しいな。
『おめでとう! 制服届いたら着た写真送ってよ! その学校、陸上部がよく全国に出て来るよね! 応援に参加してくれたら会えるかも!』
あ、そうなんだ。これはうちの陸上部に頑張ってもらわないと。そっちも頑張って勝ち抜いてね、なっちゃん。
『おめでとう。あと、今度ちょっと話がある』
なんだよおい、そっけないな。ていうか、話ならZINEでするかうちに来たらいいじゃん。木村は相変わらずよくわかんない。
「よし、こんなもんかな」
「お友達への報告は終わった?」
「うん、美樹ねえ達にも伝えたよ」
「ならば、そろそろ行くか」
「ははは、合格祝いだ! 私が奢るから好きなだけ食えよ歩美!」
「ありがとう! 雫さんも大好き!」
「むふふ、もっと言っていいぞ、愛いやつめ」
私達は家を出た。これから焼肉屋さんでお祝い。しかも、さおちゃんちの家族と合同で。お店は雫さんが予約してくれた。
そして車に乗り込んだところでスマートフォンが震える。また誰かからのメッセージを着信したかな?
開いてみた私は、びっくりしてしまう。
【おめでとう、歩美】
ZINEに名前の無い誰かからメッセージが届いていた。名前は無いけど、続くメッセージで誰の仕業かは判明する。
【彼からの伝言よ。スズランより】
友だち登録した記憶は無いんだけど……まあ、あの人ならこのくらいできるか。ありがとう鈴蘭さん、それにパパ。
一年前の出来事と、その後で起きたいくつかのささやかな事件を思い出す。鏡矢の血のおかげで大変な目に遭ったり悲しい思いもしたけど、こういう奇跡だって起こるんだから悪いことばかりじゃないよ。
ようは気持ち次第。何が起こったって、気持ちで負けなきゃいいだけさ。
よーし、高校でも頑張るぞ!
「でも、とりあえず焼肉!」
「何が、でもなのかわからんがよかろう。存分に肉を喰らえ育ち盛りの娘よ!」
父さんはクワッと目を見開き、恐ろしい笑顔で車を発進させる。
隣の席で時雨さんが震えた。ミラー越しに見ちゃったか。
「に、二年近く経つのに、あの顔にだけは慣れない……」
大丈夫大丈夫。
「あはは、あと一年もしたら気にならなくなるよ」
経験者は語る。家族なんだからそのうち慣れるって。でもまあ、それまではと思い直し、私は臆病な伯母さんの手を握る。
「歩美……」
あったかい手は一瞬驚いた後、嬉しそうに握り返して来た。
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