娘と伯母とたくさんの家族(1)
一月三日の昼近く、皆で雪かきをしていたら時雨さんと雫さんがやって来た。
「あけましておめでとうございます。こっちは随分と降りましたね」
「あけましておめでとうございます。なに、毎年のことです」
「あけましておめでとうございます」
「あけまして、おめでと~ございます!」
「うむ、元気でよろしい! あけましておめでとう!」
私と友美の挨拶に上機嫌で返す雫さん。早速ポケットからポチ袋を取り出した。
「新年早々、雪かきの手伝いとは偉い! 偉いからお年玉をあげよう!」
「雫さんっ!」
何故か、その手からポチ袋を引ったくる時雨さん。袋の中の感触を確認して目尻を吊り上げる。
「駄目だって言ったでしょ」
「チッ、気付かれたか……このサイズなら誤魔化せると思ったのに」
「一応訊ねますが、何色のカードです?」
「黒だ」
「没収します。こっちを渡して下さい」
「なんだお前これ、一万円しか入ってないじゃないか」
「それが普通ですよ」
「そうなのか」
背中を向け、小声で会話する二人。やがて振り返ったかと思うと、さっきとは違うデザインのポチ袋を私達に差し出す。
「お年玉をあげよう」
「どうぞ」
時雨さんもくれた。
「あ、ありがとう……」
黒いカードってなんだったんだろう? 耳の良い私は一万円が入ってるらしい袋二つを受け取り、首を傾げた。
「いやあ、大活躍だったわね。流石は超人コンビ」
ストーブの前でくつろぎつつ、時雨さんと雫さんの活躍を振り返る美樹ねえ。二人とも雪かきを手伝ってくれて、そのおかげでいつもよりかなり早く終わった。都会の人だし雪自体には不慣れみたいなんだけど、なにせフィジカルが普通じゃない。ものすごい速さで家の前の雪が消えてった。屋根の雪下ろしもあっという間。
「しかし融雪溝が満杯になってしまったな」
「今年一番の大雪ですものね。明日までに少しは解けてくれるといいんですけど」
困り顔の父さんとママ。融雪溝っていうのは除雪した雪を捨てる場所。水が流れてて雪を溶かしてくれるんだけど、今は大晦日からの雪ですっかり満杯。たしかにあのままじゃ困るなあ。天気予報でもまだまだ降るって言ってたし。
「ふむ……」
考え込む雫さん。また時雨さんが止める。
「駄目ですよ。絶対駄目ですからね雫さん」
「なんだ? まだ何も言ってないのに」
「使う気でしょう? あれを」
「……」
「あれは危ないんですから、ほいほい使わないでください……!」
「ええい、口うるさい奴め。雪を少し消すだけだ」
「消す?」
「ははは、手品さ。私は実は消失マジックが得意なんだ!」
「消したら二度と戻って来ないじゃないですか。毎回失敗してるようなものですよ」
なにそれ、ほんとに手品? もしかして時雨さんみたいな超能力が雫さんにもあるの?
「なにはともあれ、二人とも感謝いたす。今日はゆっくりとくつろいでくだされ。改めて、あけましておめでとうございます」
「これはご丁寧に。あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
正座して頭を下げた父さんに同じく姿勢を正して下げ返す二人。どちらも「今年もよろしく」とは言わない。
──うん、まあ、私のせいだよね。えーと、もうちょっと待っててね。せっかくだからきちんとした格好で言いたいんだ。
「ママ、手伝って。あれ着る」
「はい、いよいよね」
「友美も!」
「じゃあ友美は私が着付けてあげる。友樹もいらっしゃい」
友樹を手招きして立ち上がる美樹ねえ。
時雨さん達はきょとんとする。
「着付け?」
「一昨日、麻由美の実家に挨拶に行ったら立派なものを頂いてな」
父さんはカメラの準備を始めた。
「おお、これは見事な!」
「すごい! 綺麗だよ歩美!」
「へへへ」
去年、じいちゃんとばあちゃんが友美と友樹に着物をくれた。それを見た私が喜んでるのを見て、ばあちゃんはさらに自分のお古を私に合わせてリサイクルしてくれてたんだ。
「三日連続で和服ね。お正月らしくていいじゃない」
「美樹ねえも着たらいいのに」
「私はやっぱりこっちのが落ち着くのよ」
いつもの格好でふふんとポーズを取る美樹ねえ。元日二日は柔以外の女子全員で振り袖を着たんだ。友美と友樹以外はレンタルのやつだったけど。
で、こっちの着物は今日のためにとっておいた。
「じゃあ、えっと──」
「まず座るがよい」
「うん」
父さんに促され、座敷の仏壇の前で正座する私。対面には鏡矢家の二人。そんな私達を見守る形で父さん達が並んで座る。
父さん達の反対、私達のすぐ横には仏壇。ママの実家から持って来たパパの遺影が立てられている。
見ててねパパ。今、約束を果たすよ。
「……」
「しっかりしろ、前を向け」
「は、はい」
雫さんに軽く背中を叩かれ、私を見つめる時雨さん。答えなんてとっくにわかっているはず。なのに緊張してる。
(らしいなあ)
あの日を思い返す。突然この人がやって来てパパの死の真相を聞かされた日。
あれから半年、週に一度は必ず会って、さらに色んなことを知った。時雨さんの性格や、その人格を形作った過去の出来事。不思議な力。子供の頃、命を救われていたなんて知らなかった。この間もとんでもないピンチの状況で助けに来てくれた。時雨さんは父さんの死の原因かもしれないけれど、私にとっては恩人でもある。
だからじゃないよ。これは助けてもらったから出した答えじゃない。ちゃんと伝わるといいな。
「時雨さん、これからもよろしくね」
お正月に許すかどうかを決めるって宣言したけどさ、今さら「許す」なんて言葉は使いたくなかった。だって偉そうじゃん。そんなのもう、私達の間では必要無いよ。
だって私、この人のことが大好きだし、これからもずっと仲良くしたい。
「……うっ、っく、う……」
「って、なんで泣くの!?」
必死に堪らえようとして、でも堪え切れず泣き出してしまう時雨さん。雫さんがすぱんと頭を叩く。
「心配させるな!」
「す、すいません……でも、こんなの我慢できません……」
「歩美、嬉し涙よ」
苦笑しながら時雨さんへ近付き、手を取るママ。
「私も歩美と同じ気持ち。これからも、いつでも気軽に遊びに来てね」
「麻由美ざん……」
「ふふ、雨道さんのお姉さんなら、私にとっても姉なのよね。これからはお義姉さんって呼ぼうかしら」
ママがそう言うと、時雨さんはますます泣いてしまった。
「も、もっだいないでず」
泣き虫だなあ、もう。
「こっちから遊びに行くのもいいんじゃない? 時雨さんの家、知ってるわよ」
「名案だね美樹ちゃん」
「友美もいきたい!」
「ともきも!」
「そうだな、今日は無理だがまたの機会にでも遊びに行くか。よろしいかな時雨殿?」
父さんに問われた時雨さんは、ティッシュで鼻をかんでから頷く。
「はい。母……養母にも伝えておきます。喜ぶと思います」
時雨さんは今も鏡矢の分家で暮らしている。育てのお父さんが亡くなった後、生まれた家に帰ってもいいと言われた。でも育ててくれたお母さんの方も放ってはおけなかったんだそうだ。
うん、私も一回会ってみたいな。
「本家にも遊びに来てもらいたい! 鏡矢の総力をもっておもてなししよう!」
はっはっはっ、と高笑いする雫さん。こっちの家はちょっと怖い。私達庶民には想像もつかないようなものが次々に飛び出しそう。
「我が社で開発中の最新ゲーム機も試遊できるぞ」
あ、それは興味ある。
「えっと、ともかくそういうわけだからさ、時雨さん」
私は両腕を大きく広げる。
時雨さんにはピンと来ないみたい。
「え?」
「えいっ!」
こういう時はやっぱりハグだよ!
抱き着かれ、向こうは慌てる。
「き、着崩れますよ!」
「あはは、そんなこと心配しなくていいってば」
「やっぱり、どっかずれてるのよねこの人」
「美樹ちゃんに言われるくらいだしね」
「友くん? どういう意味?」
「いたたたた!? ごめん! ごめん美樹ちゃん!」
「謝罪は求めてないの。ちゃんと質問に答えなさい」
「相変わらずだな夏ノ日夫妻は」
「にゃーん」
同意してくれたこしあんの背中を、雫さんは「愛いやつめ」となでなで。
「さて、それじゃあ次はどうしようか? 皆で正月番組でも見る? それかどっかに出かける?」
初詣はもうやっちゃったんだよね。考えつつ立ち上がる私。
すると友美が袖を引っ張る。
「あゆゆ、とっくんしたい」
「特訓?」
私より先に反応したのは雫さん。特訓とか修行とか好きそうだ。
「友美、昨日かるたで父さんにボロ負けしてさ」
「おじちゃん強いから、とっくんしてたおす!」
友美の目には美樹ねえ譲りの負けん気の強さが炎となって燃え盛っていた。
「ほう!」
雫さんの目も嬉しそうに輝く。
「そういうことなら付き合おう! ビシバシ鍛えてやるぞ、ついてこれるか友美!」
「はい、ししょう!」
一瞬にして師弟関係になる二人。なら、まずは皆でかるただね。
「よーし友美、いっぱい特訓して父さんをやっつけてやろう!」
「面白い。俺は逃げも隠れもせん。誰の挑戦であろうと受けよう。何度でもかかってくるがよい!」
正道と 柔抱き上げ 猛る父
「なら、私達全員vs父さんで」
「待て、それはずるいぞ」
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