運命vsヒーローズ
カガミヤグループ。突出した技術力を誇る家電メーカーを中心とする複合企業。ゲーム、音楽、映画、出版、金融、保険。その他様々な分野に進出しており、世界中誰もが社名を知っている。
そんな大企業の頂点に立つ鏡矢一族の現当主・鏡矢 雫──つまり私は、本社社長室の椅子に座り、瞼を閉じながら友人の来訪を待っていた。
「よう」
間も無くやってきたのはニッカ・カナガレ。一昔前まで鏡矢一族とは敵対関係にあった夏流一族の現当主。相変わらず海外のヤクザ者にしか見えない外見をしている。実際似たようなものだが。
──この世界で自分達が出会ったのは平安時代の初期だったと言われている。鏡矢一族同様に特異な遺伝子を有し、さらに異形化できる彼等は“鬼”と呼ばれ、京の都で大暴れしていた。
夏流は皆、自由を尊ぶ気質を持つ。時の権力者によって虐げられていた者達に同情した彼等は政権を打倒しようと立ち上がった。そして陰陽師や侍達と戦い、圧倒的な力で天皇をも脅かしたのである。
鏡矢一族の祖はそれを知り、夏流を止めに入った。この世界での邂逅はその時だったが、元々両者にはもっと古くからの宿縁があり、夏流と名乗る彼等が本当は何者であるか私の先祖達は知っていたのだ。だから放っておけなかった。
『神の子が人間相手に大人げないことをするな』
異形化した姿からは想像し難い話だが“夏流”の姓は“万物の母”と呼ばれる女神の裔である証。代を経て血が薄れているにしても、普通の人間にどうこうできる相手ではない。
数少ない例外が我が家だ。鏡矢の子も特殊な事情から高確率で始祖・鏡矢 零示に似た身体的特徴を持って生まれて来る。似た顔ばかりなのはそのため。私達は最初から人体の限界値に近い能力を発揮できて、さらにあらゆる精霊からの祝福も受けている。
そして滅多に無いことではあるのだが“真の鏡矢”として覚醒した場合、完全に人の枠から逸脱した存在に変異する。平安時代に夏流との闘争を始めた先祖がそれであり、当代では私が同じ座に就いている。こうなってしまった
だから油断していた。
「それで、どうだった?」
「予想通り。あの子の“重力”は日増しに強くなってる。このままだと近いうちにマジで“特異点”になっちまうぞ」
「やはりそうか……」
三ヶ月前、あの子が幽霊に遭遇したという報告を受けた。それでもしやと思ったのだが、悪い予感ほどよく当たるものだ。
「時雨や雨道の時とは違い、私が“覚醒”済みだから、あの子は安全だと思っていた」
真の鏡矢は一つの世界に一人だけ。私が死ぬまで、この世界の別の誰かがそうなることは無い。そのはずだった。
「お前らの、特に雨道の近親だからな。影響が出るのは仕方ない。しかもあの親父さんと一緒に暮らし始めたのがまた問題だ」
「豪鉄殿が……?」
「相性が良すぎる。実の父子でもあそこまで噛み合う組み合わせは珍しいぞ。それで歩美ちゃんの血も活性化しちまったんだ」
「なるほど」
麻由美さんが結婚したと聞いた時には喜んだものだったが、こうなると一概にめでたい話とも言えないな。
しかし困った。あの一家の幸せを壊したくはない。とはいえ、このまま手をこまねいていても結局は同じ結果になる。
「私達にできることはあると思うか……?」
「月をぶっ壊す」
「……」
流石に容認できない。地球全体に深刻な影響を及ぼす。人類が絶滅してもおかしくない。それでは本末転倒じゃないか。
もちろんニッカも冗談で言っただけ。私達なら実行可能だが、可能なだけでやるべきでないことはわかっている。ならばそれは不可能と同義。
彼はソファに座りつつため息をついた。
「穏便にやるなら、あの人を頼るしかねえだろう」
「やはりそうなるか……」
「雨道が関わってる以上、あの人の管轄だしな。例のネットワークの力を借りられるなら出張っていただく必要も無くなるが、そっちの方は?」
「時雨が言うには、この問題を解決できる“有色者”も未だ見つかっていないそうだ」
「まあ、そりゃそうか。となると、やっぱり結論は一つだな」
「ああ」
私は頷き、鏡矢の当主として正式に夏流の当主へ依頼する。
「連絡を頼む」
「あいよ」
──平安時代に始まった鏡矢と夏流の闘争は江戸期に入るまで続いた。夏流一族は時代時代の権力者に必ず噛みついて行ったし、噛みつかれた方は鏡矢に頼った。それでずっと争っていたわけだ。
夏流は徳川の治世にも不満を持っていたらしい。しかし、久方ぶりに訪れた天下泰平を乱すべきではないと考え、家康公に契約を持ちかけた。
『民を虐げるな。この約束を守れる限り、どんな魑魅魍魎からも守ってやる』
その後、私達と彼等は公儀隠密“鬼倭番”として日本を陰から守って来た。読みは同じだが、忍が属する御庭番とは別の組織で妖魔退治の専門機関。うちの一族が今でも退魔士として活動しているのは、大政奉還後も新政府に同じ役割を求められたからである。
もっとも明治の頃のご先祖様は野心家で、裏方に徹することを止め、表社会でも活動を始めた。その結果が今のカガミヤグループ。権力者達に助力する代わり、こちらも様々な便宜を図ってもらい私達の本来の出自──異世界由来の科学知識を製品に組み込むことで技術開発競争のトップを独走。
ようはズルをして成り上がったわけだ。ずっと日本を守ってきたんだからこのくらいの役得あってもいいだろうと、彼は笑いながら語ったそうな。
一方、夏流は江戸時代の末期、大政奉還を待たず徳川を見限っていた。彼等は人間そのものに嫌気が差して山へ籠もり、やがて一部は新大陸へ。そして様々な国の人間と混じり合い、生まれたのがニッカやサラのようなかつての夏流とは異なる特徴を持つ世代。
「雨道……」
ニッカが帰った後、再び瞼を閉じて椅子に背を預けた私は、かつて弟同然に可愛がっていた子のことを思い出す。お前の娘が今、分岐点に立たされている。このままでは非情な決断を迫られるかもしれない。
原因はお前だ。だが解決の可能性を与えてくれたのも、やはりお前。
お前の願いが無ければ再び鏡矢と夏流が手を組むことなど無かっただろう。親の代まで対立が続いていたからな。
「安心しろ、歩美は必ず守ってみせる」
お前達のことがあったから警戒していた。おかげで早期に気が付けた。今ならまだ間に合う。あの時のように取り返しのつかない事態にはならない。させはしない。
魂には重力がある。
今、歩美のそれが増大を続けている。
重力は、より過酷な運命を引き寄せてしまう。時雨と雨道がそうなったように。
歩美の身辺では近頃奇妙な出来事や今までに無い出会いが続いている。
その全てが予兆。
解決する術は、残念ながら私達には無い。だが、あの方ならきっと──
「万物の母、か……」
ふっと肩の力が抜ける。歩美のことを抜きにしても再会するのが楽しみだ。彼女は時雨を気に入っているし、あいつが頼めば多分なんとかしてくれるだろう。
だから私は、それまで気楽に待つことにした。もちろん歩美に何かあったらすぐに駆けつけるつもりで。
社長などと呼ばれているが、私の、いや私達の本職はやはり──ヒーローだからな。
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