大塚家vsコスプレ

「こんなものを貰ってしまった」

 ハロウィン翌日、そう言って仕事帰りの父さんが持ち上げたのは二つの紙袋。

 中を覗くとカツラやマスク、魔女の衣装なんかが入っていた。

「なにこれ?」

「コスプレグッズだ。いくつかは上司の買った物だが、来年はもっと気合の入った衣装を自作すると言い出してな。これらはもういらんから引き取ってくれと頼まれた……」

「どうしてあなたに?」

「他の者達は色々理由をつけて断った。それで一番縁遠そうな俺のところに最後に回ってきたわけだ」

「なるほど」

 トホホと肩を落とすママ。たしかにその状況じゃ断りにくそう。

「この魔女の衣装も鷹岡上司さんの? 娘さんなんていたかしら?」

「いや、同僚に普段からコスプレを嗜む御仁がおってな。鷹岡さんのをやむなく引き取ると言ったら便乗して押し付けられた。わざわざ昼休みに取りに戻ってだぞ」

「ああ、百田ももたさんね……」

「ん? 彼女はお前が勤めておった頃から市役所うちにいたのか?」

「そうなんです。親切な人なんですけど、何かと他人にコスプレさせたがるんですよ」

「あー」

 二人が会話する横で、正道にミルクを飲ませていた私も思い出す。

「あのお姉さんか、ママにマジョプリのコスプレさせた」

「歩美!?」

 慌てて振り返るママ。あれ? 言っちゃまずかった?

「ほう、その話は初耳だ」

「い、一回だけ! どうしても外せない用事があって父さんと母さんもいなくて、歩美を預かってもらわなくちゃならなくて、その時に交換条件で着ただけッス! しかもあの人の家の中でだけ!」

「いっぱい写真撮ってたから、多分まだ持ってると思うよ」

「よし、今度見せてくれと頼むか」

「やめてください〜!」

 いやいやと父さんに泣きつくママ。似合ってたし別にいいんじゃないかな? 当時の私は五歳か六歳くらい。ママが憧れのマジョプリだったんだって、めちゃめちゃはしゃいだ記憶がある。

「本物だと思い込んだ歩美がご近所や保育園で言いふらしたものだから、それで皆にからかわれ続けたんです!」

 あ……それで嫌なのか。

「ごめんママ。子供だったから許して」

「しばらく外を歩くの恥ずかしかったのよっ!」

「よく見たら手紙が入っておった」

「か、貸してください! ええと……『是非奥様に着せてあげてください。できれば写真に撮って後日データをいただけると助かります』……あの人はっ!!」

 手紙を千切るママ。すごい、うちのママをこれだけ怒らせる人は初めてかもしれない。

「なら私が着ようかな」

「え?」

「魔女の服って着たことないからさ。今の私ならママと大差無い身長だし」

 昔から誕生日にはお姫様の格好をしてきたし、ハロウィンにも色んなコスプレしたけど、魔女は初体験。実は前から美樹ねえの普段着を見て着てみたいなって思ってたんだ。

「そういうことなら……」

「ええ……」

 息をぴったり合わせ立ち上がるうちの両親。

「一番いいカメラを持って来る」

「メイクはママに任せなさい!」

「二人とも百田さんのこと言えないよね」

 子供を着飾らせるのが好きな人達だよまったく。正道、柔、お前達もきっと色んな格好することになるから覚悟しておくんだよ。なんたって、君達の時はお姉ちゃんもあっち側だからね。




「好評。本物みたいって喜んでる」

「ふふ、よかったわね」

 プチ撮影会の後、写真を美樹ねえに送信してみた。やっぱり友美は喜んでくれたみたい。あの子、魔女が大好きだもんね。

「友美もやりたい、だってさ」

「じゃあ次に来た時は二人一緒に撮りましょ。あ、美樹ちゃんもいるから三人ね」

「ママもやろうよ」

「それは嫌」

「強情だなあ。父さんからも説得してよ……父さん? 何してんの?」

 一人座って例の紙袋をじっと見つめている。私に問いかけられると、いきなり腕を袋の中へ突っ込んだ。

 そして取り出したのは──

「うむ……これなのだが……」

「?」

「どう思う?」

「「ぶっ!?」」

 同時に吹き出す私とママ。


 ハゲヅラ。

 父さんの頭がつんつるてんに。


「ど、どう思うって……ゆ、愉快だね」

「あなた、なんですか、突然……」

「……」

 私達が笑いを堪える一方、父さんは何故か不満顔。

「むう……」

「ぶふう!」

 再び吹き出すとさらに渋い顔に。その顔でハゲヅラとか、笑うなって方が無茶だよ!?

 すると、何を思ったのか立ち上がり、壁にかかってる収納ポケットから油性ペンを手に取る父さん。そしてこちらに背を向けたままキャップを外し、手を動かして……。

「これでどうだ?」

「これでどうだ?」


 くるっ。

 私達の腹筋は崩壊した。


「あはははははははははははははは! ひげ! ひげっ!?」

「く、ふふ、ふっ、う……も、もう……ゆるして……」

「……」

 父さんの不満は最高潮に達した。

「これでもわからんとは。ええい、かくなる上は!」

 スマホを取り出し、誰かに電話をかける。

「暇か? 暇ならすぐに来てくれ!」

「お~い、どうした?」


 すぐに来た。それもそのはず、裏の家の吉竹おじさん。


「何やってんだ豪鉄!? うひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 ハゲヅラで顔にヒゲを描いた父さんを見て、やっぱり爆笑する吉竹おじさん。

 でも今度は父さん、冷静に腕組みしながら胸を張った。その表情からはそこはかとない期待と確信が見て取れる。

「違う」

「ひいっ、ひいっ……な、何がだよ?」

「我こそは! 大塚家家長! 大塚 豪鉄でああああああああある!!」


 なんでここで自己紹介?


「ハッ!」

 吉竹おじさんの表情も変わった。かつてない凛々しい顔で強いショックを受けたように冷や汗を垂らす。

「大塚……豪鉄、だと?」

「知っているのか吉竹?」

「いや、そりゃ知ってるでしょ。二人って幼馴染みだよね?」

「ああ、噂に聞いたことがある」

「おじさん?」

「大塚 豪鉄。その顔の怖さで名を馳せた男。高校時代、笑っただけで通りすがりの女子が腰を抜かしたこともあるという。明明書房刊『伝説の強面』より抜粋」

 なにその出版社? 父さんのことが本に書かれてんの?

「……フッ、やはりお前には伝わったか」

「ああ、悪かったなすぐに気付かなくて」

 何故か固く握手する二人。

 ええと……私とママは顔を見合わせる。

「なんなの?」

「ママにもわからないわ……」

 ほぼ同世代のママにわからないなら、あれは男同士でないと理解出来ない何かなのかもしれない。

 直後、インターホンが鳴らされた。

「ヘロー、いるかい? ひいばあからおすそわけ持ってけって頼まれたんだが」

 この声、ニッカさんだ。普段はアメリカに住んでるって言ってたけど、まだ日本にいたんだ。

「開いておる、どうぞ」

「お、本当だ。日本人は不用心だな。って、何してんだアンタら?」

「誰だ?」

「駄菓子屋のばあさんの曾孫だ。なんとアメリカ人だぞ」

「アメリカ人か、流石に外人さんにゃわかんねえかな?」

「試してみよう」

 吉竹おじさんと話し合った父さんは、目の前の状況が飲み込めず困惑した様子のニッカさんを見上げ、再び名乗る。


「我こそは! 大塚家家長! 大塚 豪鉄でああああああああある!!」


「……ワッツ?」

 当然だけど眉をひそめるニッカさん。

 ところが、すぐに吉竹おじさんと同じようにハッと表情を変えた。一瞬アメコミっぽい顔になった気がする。

「オノコジュク!? ジュクチョー! ヤアアアアアアアアアアアア!!」

「わかるか!?」

「おお、まさか伝わるとは」

「ふふ、聞いたことがある。大塚 豪鉄。ひいばあ曰く、昔から変な子だったと。たしか、ええと──」

 たどたどしいながらも吉竹おじさんと同じような謎の解説を始めるニッカさん。そしてやっぱり最後には、

「明明書房刊『大塚 豪鉄の不思議』より抜粋」

 と締めくくった。

「だから、なんなのさ、その明明書房って!?」

「はっはっはっ、話のわかる御仁だ」

「アンタとはいい酒が飲めそうだなあ。どうだい今晩?」

「いいねえ、日本のコミックについて語り明かそうぜ!」

「聞いてないわね」

 困惑する私達を無視して三人のおじさんは和気あいあい。まさか父さんの変なコスプレ一つでこんなに盛り上がるなんて。男って不思議。

 とりあえず──


 ハゲヅラと ヒゲの父さん 撮っておく


 ぱしゃり。

 後で美樹ねえに送ったら、なんと美樹ねえまで吉竹おじさんやニッカさんと同じリアクションを返して来た。なんでも亡きおじいちゃんが好きだった“雄ノ子塾”という漫画が元ネタらしい。検索してみたらなるほど、コスプレした父さんによく似てるキャラがいた。江戸柴塾長っていうのか。

 ──友にいは知らなかったそうで、美樹ねえから「男の子なら必読でしょ!」と理不尽な説教をされた挙げ句、後日父さんからもコミックスを送り付けられた。

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