娘vs運命(1)
大塚家の居間。いつもより人口密度の高いその場所で──
「正道、柔」
「あぶ?」
「ねー、えー」
私は今、弟と妹に向かい合っている。二人は父さんとママにそれぞれ持ち上げられ、顔は下からの灯りに照らされていた。
期待を込めて促す。
「さあ、ふーってして! こう、ふー! だよ!」
自分の息で吹き消さないよう気を付けつつ実演。すると賢いうちの子達はすぐにそれを真似してふーってした。やっぱり天才だ!
「そっちではない、こっちだ」
「ろうそくに吹くのよ」
ふーっ。
見事に一本だけのろうそくの火が吹き消される。すかさず手を叩く私達。
「一歳の誕生日、おめでとーっ!」
「この一年でだいぶ大きくなったな。よくやった。めでたい。おめでとう」
「おめでとう二人とも」
「むーっ」
「うゆゆ」
三人でめいっぱい双子を可愛がった。それからゲストの方に振り返る。
「時雨さんと雫さんも、だっこしてあげてください」
「うむ、任されよ。では正道君の方を」
「私は柔ちゃんを」
仕事を休んでまで駆け付けてくれた二人にも祝福してもらう柔と正道。ふふ、まだまだいるからね。今日は疲れてぐっすり眠れると思うよ。
「おーおー、正道は間違いなく豪鉄似だな。このツンツン頭、手の平に刺さりそうだ」
「柔ちゃんは麻由美さんと美樹ちゃんを足して割った感じよね。将来美人になるわ」
「歩美にも割と似てんじゃん。ほら、この鼻のあたりとか」
一年経ってしっかり顔の出来上がってきた二人を眺め、そう評する裏の家のご一家に、
「はっはっはっ! なるほど、たしかに豪鉄に似ている! 大きくなったらうちの道場へ通うといい! 友達割引で月謝は半額にしてあげよう!」
「正道、やめとけ。もし来るなら覚悟を決めて来いよ……あそこは地獄だ」
「はっはっはっ! 何を吹き込んでるのかな木村君!」
父さんの友達らしい、やたら声の大きいおじさんと久しぶりに遊びに来た木村。
その横では、さおちゃんが時雨さんから柔を渡され、慣れた手付きでだっこする。さおちゃんも妹いるもんね。
「やっと一歳かあ。あたし達だってまだ子供なのに、この子達が今のあたしらと同じ歳になる頃には、こっちはもう三十路の手前になってんだね。あゆゆの
「はは、たしかに」
ずいぶん歳が離れてるからなあ。私のこと、ちゃんとお姉ちゃんだって理解してくれるのかな? 少し不安。
【大丈夫だよ】
頭の中でいつもの不思議な声も響く。この人も正道と柔を祝福してくれてるんだ。言葉にはなっていないけど、そういう気持ちは伝わって来る。
(最近、前よりはっきりわかるようになってきたかも)
このままなら、いつか普通に会話できるようになったりして。楽しみだな。
「……」
「どうしたの、時雨さん?」
私の顔をじっと見つめている。そのことに気が付いて問いかけると、時雨さんは慌てた様子で手を振った。
「いえ、なんでもないんです」
「そう?」
明らかに何かあるって態度なんだけど、正直に打ち明けてくれない。言葉遣いも敬語に戻っている。大分打ち解けたと思ったんだけどな、まだまだ足りなかったか。
私が決めた期限まで、あと二ヶ月も無い。それまでにもっと仲良くなっておかなくちゃ。延長なんて言ったら時雨さんの方が大変だろうし。
「おい豪鉄。そろそろプレゼント開けてやれよ」
「そうだな、うむ。正道、柔、皆からたくさんの贈り物を頂いた。感謝するのだぞ」
「何をもらったんだろうねー?」
さおちゃんから柔を返してもらいつつ問いかけるママ。その目の前で几帳面にカッターでテープを切り、丁寧にプレゼントの包装を解いていく父さん。
最初に出てきたのは絵本だった。
「おや、これは見たことの無い本だ」
本屋さんの常連で、最近は双子のために絵本コーナーにも足繁く通ってる父さんが驚く。ママや小梅ちゃんのママも知らないって驚いた。
雫さんが手を挙げる。
「それは私からです。雨道と時雨が幼い頃に好きだった絵本でしてね、絶版になっていましたが、どうにか一冊入手できました」
「なんと、それは貴重な物を……」
「雨道さんが好きだった絵本……ありがとうございます」
頭を下げる父さんとママ。すると時雨さんが小声で呟く。
「まさか、あの一冊のために出版社ごと買い取るなんて」
……聞かなかったことにしよう。
「お? こちらは毛糸の帽子か。最近寒くなってきたからな、ありがたい」
「アタシらだね。小梅と一緒に編んだんだ」
胸を張る玲美おばさん。さおちゃんが驚く。
「リトプラ先輩、意外と器用なんですね」
「意外じゃねーよ! 図工とか技術はずっと満点だぞ!」
「ヘヘッ、そういうとこはオレに似たよな」
「う、うっさい!」
吉竹さんに頭を撫でられ、振り払う小梅ちゃん。嬉しそうなのに、相変わらず素直じゃないな。
「こっちは離乳食……か?」
「はっはっはっ! 俺だな! 骨を頑丈にしてくれる素晴らしい製品だそうだ!」
「そうか、礼を言うぞ当間」
「なら、たまには道場に顔を出せ! 親父も会いたがっていたぞ!」
「わかった、正月には必ず伺うと伝えてくれ」
「了解だ! おお、そういえば三日には餅つきをする予定だぞ! 麻由美さんや子供達も連れて来るといい! 吉竹もな! 小梅ちゃん、たくさん食べて大きくなれよ!」
「なってるし! 今年も一センチ伸びてたし!」
あ、まだ成長は続いてるんだね。でも、そのペースなら大きい小梅ちゃんを見ることはなさそうだ。ちょっとホッとする私。
「リトプラ先輩は、そのままの方が需要ありますよ」
「なんのジュヨーだ!? ていうかジュヨーってなんだ!?」
「小梅、もっと勉強しな……はぁ」
その後みんなで食事して、切り分けたケーキも食べ、すっかり夜になってからお開きとなった。
「よかったね〜、二人とも」
父さんとママはさおちゃんと木村を車でそれぞれの家まで送りに行った。こんな時間に歩いて帰らせるわけにはいかないって。だから私と双子だけでお留守番中。
私は二人をベビーベッドに寝かせ食器を洗っている。はは、いつもよりたくさん。これだけ大勢に弟と妹の誕生日を祝ってもらえたってことだから嬉しいな。
木村は音の鳴るおもちゃを買ってきてくれて正道が喜んで遊んでいた。男の子同士気が合いそうだな、あの二人。
さおちゃんも優しいメロディーの流れるオルゴールをくれて、こちらは柔のお気に入りになった。あの曲なら私も弾けるから、そのうち演奏してあげたい。
時雨さんは怪我する心配のない柔らかい積み木。うちの子達には早いんじゃないかってママに言われてたけど、一目見た瞬間に思い出したんだそうだ。自分と弟が小さかった頃、同じもので遊んでいた記憶を。
パパが好きだったおもちゃなら、私もあの二人と一緒に遊んでみようかな。ふふ、この片付けが終わったら早速そうしよう。
そう思いつつ洗い物を続けていた、その時──
【歩美!】
「えっ?」
はっきりと名前を呼ばれ振り返る。けれど、いつも通り不思議な声の主はどこにも姿が見当たらない。
これまでずっとそうだった。なのに、何故か私は嫌な予感を抱く。
(なんだろう、これ……)
あの声が聴こえるといつも安心できた。でも今は逆に不安がどんどん膨らんでいく。
急に自分達だけで家にいることが怖くなった。私は洗い物を中断して弟妹の様子を見に戻る。
「二人ともいる……」
当たり前だけど、ちゃんといる。こっちの姿に気付いて手を伸ばしてくる。
「正道、柔……」
いつもなら可愛さに負けて抱き上げる。でも、今回は怖さのせいで二人を順番にだっこした。
「あの……大丈夫?」
いつも傍にいるはずの誰か。ぼんやり正体を察していた、あの人に話しかける。
でも返事は無い。
代わりに別の何かが迫って来る。そんな気がして、私は弟と妹を抱きしめた。
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