妻vs夫
「何時だと思ってんだい! このロクでなし!」
「んだとう! 亭主に向かって、なんだその言い草は!」
深夜の玄関前。盆踊り大会の後さらに打ち上げに参加して案の定グデングデンに酔って帰って来たアホタレをアタシは思いっ切り叱りつける。
「早めに帰って来るって自分で言ったんだろうが!」
「しかたねえじゃねえか付き合いっつうもんがあるんだから! 富田さんがなあ、来月の祭について相談がありますっつうから、オレたちだってそんなすぐ帰るわけにはいかなくなっちまってよお!」
「すまん、遅くならんうちに抜けようとは思ったのだが、なかなか難しくてな……」
うちの亭主に肩を貸して連れ帰ってくれた豪鉄さんが謝る。この人もほんと頼られると断れない人だね。
「せめて飲ませないでほしいよ。豪鉄さんはザルだからいいだろうけどさ」
「すまん……」
ま、人を責めても仕方ない。一番悪いのは節度ってもんを知らないうちの馬鹿だ。
「とりあえず奥に寝かせてくれる? 布団は敷いてあるから」
「わかった」
「いやっ! まだいける! 飲もう、飲もうぜ豪鉄! 今夜は限界まで飲もう!」
「そういうわけにはいかん」
居間までうちの人を連れてってくれた豪鉄さんは、そそくさとまた玄関まで戻って来た。
「おいこら! 豪鉄、どこいった!」
「すまんが後は頼む」
「あいよ、ありがとう」
この人がいるといつまで経っても大人しくならない。早めに帰ってもらった方がいい。
「ん~?
入れ替わりで居間へ戻ったアタシを憮然と睨みつける父ちゃん。こっちもこっちで睨み返してやった。どうしてくれよう、この宿六。
緊迫する空気。
そして──
「さっさと寝な! この酔っ払い!」
「うるせえ、指図すんじゃねえ! 俺はまだ飲み足りねえんだ!」
喧々囂々言い合うあたし達。あ、心配しなくてもいいよ? いつものことだから。
それに我が家には、こういう時の強い味方がいる。
「るっさい!」
ほら来た。
「近所メーワク! 後ろん家の正道や柔が起きたらどうすんのさ! はい、水!」
「お、おう」
差し出されたコップを素直に受け取るうちの人。小梅の言うことだきゃ酔っ払っててもちゃんと聞くんだ。むしろシラフの時より素直かもね。
「寝るならパジャマに着替える」
「ちぇっ、わあったよ」
ぶつくさ言いつつ、やはり小梅が持って来てくれた寝間着に着替える父ちゃん。
「着替え終わったぞ」
「時計外して」
「おう」
「トイレいって」
「おう」
「はい、じゃあおやすみ」
「しかたねーなー、おやすみっ!」
さっきまでごねてたのが嘘のように、すんなり布団に入っていびきをかき始めた。
アタシはため息一つ。
「はあ……あんがとね、小梅」
「おかーさんもおやすみ」
「うん」
頷き返すと小梅は階段の方へ。
でも、一段目に足がかかったところで気付く。
「待ちな。そういやあんた、まだ風呂入ってないだろ?」
「うっ」
「ちゃんと入りな! 年頃の娘が! ていうか、また夜更ししてゲームする気だろ!?」
「あ、あと一戦。あと一戦したら寝るから」
「その時間で風呂に入れ!」
「うるせえな、寝らんねえよ~」
「はあ……ったく、うちは亭主も娘もロクでもない」
「大変ね」
苦笑する麻由美さん。こっちはこっちで赤ちゃん達が夜泣きを繰り返してしまい寝られなかったそうだ。
「うちのせいで起こしちゃったかい? ごめんねえ」
「ううん、盆踊りに連れてったでしょ。多分、賑やかすぎて刺激が強かったんだわ」
「あー」
そういや小梅も小さい頃は祭なんかに連れてくと夜に泣くことがあったなあ。あの子の場合、少し大きくなってからは太鼓の音も怖がるようになったし。今は平気だけど。
そんな当時の思い出を聞いた麻由美さんは困り顔に。
「そういうこともあるのね。歩美は全然物怖じしない子だったけど、同じ性格になるとは限らないし、この子達はどうかしら」
そう言って、自分の腕の中の柔ちゃんと、あたしが抱いてる正道くんを見つめる。
まあ、大丈夫なんじゃない?
「麻由美さんは落ち着いてるし、豪鉄さんも見た目通り肝が太いもの。きっとこの子らは少々のことじゃ動じないわよ」
「そうでもないわよ」
クスッと笑った彼女は、眉をひそめたアタシに向かって昨夜の出来事を語り始めた。
──そう、あれは昨夜の話。吉竹さんを家まで送って帰って来たセンパイは玄関の鍵を開けて迎え入れた私に対し、素早く頭を下げた。
「すまん、本当にすまん」
「たしかに遅かったですね。次からは気を付けてください」
うちの双子はまだ小さいのだ。もっとも私と歩美がいるし、この人は滅多に帰りが遅くなることなんてない。だからたまに羽目を外すくらい構わないかな。内心ではそう思っていた。
ところが──
「すまぬ……」
「あ、あら?」
どんより曇った表情。いつも立派な肩がしょんぼりと角度を下げる。普段ならサッカーボールも乗せられそうなのに、これじゃ滑り落ちちゃう。
「いやあの、そんなに気にしないでください。大丈夫です、まだ零時を少し過ぎたくらいだし」
「零、時……!?」
なにやらショックを受けるセンパイ。もしかして気付いてませんでした? そういえばこの人、和服には合わないからと腕時計を付けてないんだった。スマートフォンも広場に忘れてたと町内の若い人が届けに来てくれたし。
壁時計を見てクワッと目を見開いたセンパイは、その場で迷わず土下座した。
「すまぬ! 麻由美、すまぬっ!」
「センパイ!?」
「日を跨ぐまで妻子を放っておくなど言語道断! 二度とせぬ! 二度とだ!!」
ゴンッ! ゴンッ!
床に額を叩きつける。家がグラグラ揺れた。
「あ、あわわ、やめてくださいセンパイ! せっかく修繕した床がまた抜けるッス!」
「すまぬ! すまぬ!」
その瞬間、私はやっと気が付いた。センパイは酔っているのだと。
「いったいどれだけ飲んだんですか!?」
思わず語気を荒らげてしまう。うわばみのこの人が酔っ払った姿なんて初めて見たもの。そりゃ動揺もします。
「わ、わからん……そういえば、途中から記憶が曖昧だ」
記憶が飛ぶほど飲んでるのに受け答えはしっかりしている。流石ッス。
いや、感心してる場合じゃない。今回ばかりは私も怒ったぞ。
「そんなに飲んじゃいけません!」
子供が二人も生まれたばかり。上の子だってこれからさらにお金がかかるのに、一家の大黒柱が急性アルコール中毒で倒れたりしたら目も当てられない。
それに、まだ結婚してから四年だよ? 私はもっとずっとこの人と一緒にいたい。
「今後深酒は禁止です! いいですね!」
「承知!」
武士みたいな返答をして、センパイはまた額を床に打ちつけた。
音に気付いた歩美が起きてきて一緒に寝かせる支度をしてくれた。
「あの音、豪鉄さんだったんだ……」
意外な話。付き合いはアタシも麻由美さんと同じくらい長いけど、酔ったところなんて見たことない。
「あれ酔ってたのね」
「顔には全く出ないみたいです……ある意味、吉竹さんより厄介かも」
「ううむ」
たしかに、うちの亭主は酔っ払ったら酔っ払いらしい顔と態度になるしな。だからこそ腹立つんだけど。
「まあ、とはいえ」
「そうなんですよね……」
馬鹿亭主 それでもやっぱり ほっとけない
「せめて口が悪くなきゃなあ……」
「でも、玲美さんはそんな気兼ねなく話せるところが好きなんでしょ?」
「そりゃあね」
あたしもたいがい売り文句に買い文句の女だもの。ああいう馬鹿とじゃないと、きっと上手くいかないのさ。
夫婦ってのは、性格のでこぼこが上手く噛み合ってこその夫婦なんだろうね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます