娘vs幽霊(2)

「小梅ちゃん、どこに行くの……?」

「……」

 私が呼びかけても無言のまま歩き続ける彼女。しきりに視線を彷徨わせて何かを探している。

 そして時々、立ち止まって泣いた。

「いない……いない……」

「……」

 さっき高橋兄弟が言ってたことを思い出す。ずっと昔、あそこに建っていた家が火事になって娘さんが犠牲になった。全身火傷に見えた“彼女”は多分その娘さん。

 だとすると家族を探しているのかな……? でも、四年前にこの町内へ引っ越してきた私には誰の事だかわからないし……。

 とりあえず泣いてる彼女を放っておくこともできず、抱きしめて背中を叩く。

「だ、大丈夫。きっと見つかるよ。私も手伝うから」

「……うん」

 ううっ、よかったのかな、こんな安請け合いして。でも、そんなに怖い感じはしないんだよね。悪い霊じゃなさそうって言うか、ただ可哀想なだけに思える。

 ていうか幽霊なんて本当にいたんだ。いつもそれっぽい声なら聴いてるけど、姿を見たのはこれが初めてだよ。

 私に励まされ落ち着くと、小梅ちゃんに憑いた霊はまた何かを探して歩き始めた。

 やがて遠くから聴こえて来る音に気付き、そちらへ向かって踵を返す。

(この音、そうか)

 案の定、盆踊り会場へ戻った。賑やかさに引き寄せられたんだね。

 会場にいる人達を一人一人確認していく彼女。やっぱり人を探してるんだ。それを確信した直後、別の事実にも気が付く。


 赤ちゃん……赤ちゃんだ。多分赤ちゃんを探してる。


「……」

「あら、内藤さんとこの。どうしたの?」

「……違う」

 赤ちゃんを見つけると、近付いていってじっくり観察する。そして、探している子ではないと知ると離れて行く。

「見つかるわけないよ……」

 高橋兄弟は、あの場所での火事をずっと昔の出来事だって言ってた。なら当時の赤ん坊は大きくなってるはず。赤ちゃんを探したって、彼女の会いたい相手なはずはない。

 どうしよう、そう伝えるべきかな? でも、せっかくおとなしい霊なのに怒って凶暴化しちゃうかもしれない。

 私が迷っているうち、小梅ちゃんの中の霊はまた別の赤ん坊を見つけた。

 って!

「あら、小梅、どこに行ってたの?」

「歩美も。駄目じゃない勝手にあっちこっち行っちゃ」

「……」

 霊はおばさんとうちのママを見つけて近付いて行った。二人が抱いているうちの双子をじっと見つめる。

 そして正道の方をさらに長く見つめ、やがて嬉しそうに呟いた。


「──見つけた」

「違う!」


 慌てて間に割り込む。

「こ、この子は私の弟。正道だよ」

「歩美?」

「どうしたの歩美ちゃん?」

「違う……?」

 小梅ちゃんの顔が悲し気に歪む。途端、どこからともなく強い風が吹き始め周りの皆が悲鳴を上げた。

「きゃあっ!?」

「なんだ、竜巻でも起きたのか!?」

「みんなテントとやぐらを押さえろ! 倒れるかもしれないぞ!」

 会場は大騒ぎ。

 小梅ちゃんは泣き出す。

「また、違う? また……」

「やっぱり!?」

 真実を伝えるべきじゃなかったかも。でも、あのまま放っておいたら正道がどうなっていたかわからないし。

 どうしよう、どうしたらいい? 困惑していると頭上から声が。


【こっちだよ】

「え?」


 反応したのは私だけでなく、彼女もだった。驚いた顔で夜空を見上げる私と小梅ちゃん。雲が流れ、青い月が姿を現している。

 その月から声が聴こえた。


【こっちへおいで】


「……」

 導かれるように歩き出す小梅ちゃん。慌てておばさんが追いかける。

「ちょっと小梅、どこ行くの!」

「あっ、あの、トイレだって! 私が連れてくから大丈夫!」

 慌てておばさんを抑え、代わりに走り出す私。

 なんだかわからないけど放っとくわけにはいかないもんね。それに、あの声が聴こえたならきっと大丈夫。そんな気がする。

 会場から出たところで追いつき、声をかける。

「一緒に行くよ」

「……」

 小梅ちゃんはこくりと頷いた。




 辿り着いたのは、また、あの空き地だった。

 すると入口の前で三人が言い争っている。というか一人が二人を叱りつけてる?

「また肝試しとかぬかしてんのか! ここは遊び場じゃねえ、帰れ!」

「す、すいません!」

「もう来ませんから!」

 逃げ出して言ったのは高橋兄弟。あいつら、また二人だけで来たのか。私達の姿には気付かず反対方向へ逃げ去って行く。

 小梅ちゃんは、そんな騒動に気付かないかのように近付いて行った。当然、兄弟を叱りつけていた誰かがその姿を見咎める。

「あ? なんだ、また別のガキか」

「いえ、単なる通りすがりです!」

 慌てて追いつき、小梅ちゃんを抱いて引き戻す。小梅ちゃんは私の腕の中でじたばたと暴れた。

 私達が二人とも女子だから、肝試しに来たわけではなさそうだと、そう思ったんだろう。相手は警戒を解く。

「そっか、ごめん。さっきの奴らみたいなのが多くてさ」


 高校生くらいのお兄さん。どことなく、うちの父さんに似てるかもしれない。

 彼は空き地を指差して言った。


「オレ、昔ここに住んでたんだ」

「え?」

「とおる!」

 小梅ちゃんは強い力で私を振り解くと、そのお兄さんに抱き着いた。

 お兄さん、とおるさんは困惑する。

「なんで君、オレの名前を知ってんの?」




 私が一連の出来事を説明すると、とおるさん──漢字だと“通”と書くらしいお兄さんは信じられないといった表情で自分の足にしがみつく小梅ちゃんを見下ろした。

「この子の中に、うちの姉ちゃんが?」

「た、多分ですけど」

 全身大火傷していたことなどを説明する。あの姿を見る限り、火事で亡くなったというこの人のお姉さんにしか思えない。

 通さんはしばらく黙っていたけれど、やがて小梅ちゃんを足から引き剥がし、その場で土下座した。

「えっ?」

 何か謝るようなことでもしたのだろうかと思ったけど、違った。

「ありがとう」

「とおる?」

「あの時、助けてくれてありがとう」


 ──通さんの話だと家事が起きた時、家には両親がいなかったらしい。お父さんが交通事故に巻き込まれ、お母さんはもう大きくなってた娘さんに、まだ赤ちゃんだったこの人を預けて病院に行った。

 直後、すぐ近くに雷が落ちて電線を伝わって来たそれが火事を引き起こした。お姉さんは全身に火傷を負いながらも通さんを抱きしめたまま炎を突っ切り、外へ飛び出して来て、数時間後に病院で息を引き取ったという。


「オレが生きてるのは姉ちゃんのおかげだ。本当に君の中にうちの姉ちゃんがいるのかはわからないけど、いるものと思って言うよ。ありがとう」

「……よかった」

 小梅ちゃんは、そう言いながら通さんの頭を胸に抱く。

「大きくなって、よかった」

「姉ちゃん……」

 通さんも泣きながら抱き返すと、私の目にまた不思議なものが映った。小梅ちゃんの体から青い蝶が飛び出し、空高く昇って行く。


 直後──


「ぎゃあああああああっ!? だ、誰、この人? 変質者!?」

「こ、小梅ちゃん! 違う、違うから待って!」

「いてっ、いててててっ、急になんだよ!?」

 通さんをぽかぽか叩き始めたので急いで引き離す。

「あっ、あの、お姉さん、空に昇って行きました!」

「え?」

「通さんにまた会えて、安心したみたいです!」

「そうか……姉ちゃん、成仏できたのか」

「なに? なんの話? 成仏? なんか怖い話!?」

「怖くない、怖くないから落ち着いて」

 私が宥めたことで、徐々に落ち着きを取り戻していく小梅ちゃん。あーもう、急に元に戻るんだから。

「お盆って、本当に死んだ人が戻って来るんだな……」


 通さん曰く、今は別の街に住んでいるけど、お盆でお母さんの実家があるこの街に帰るたび、元の家があった場所を訪れていたのだそうだ。お姉さんへの感謝の印に。


「直接ありがとうを言えて良かった。君らも、ありがとうな」

「いえ……」

 私達はなんにもしてない。したのは──また月を見上げる私。また雲に隠れてしまったその姿が、なんだか照れ隠しのように思えた。

「……きっと、あの月のおかげですよ」

「月?」

「なんなの? だから、なんの話をしてるの!?」

 再び暴れ始める小梅ちゃん。ちなみに通さん、私達のことを姉妹だと思っていたらしい。私が姉で小梅ちゃんが妹だと。

「アタシは中三だ!」

「えっ!?」

 めちゃめちゃ驚いたせいで、またぽかぽか叩かれてた。




 後日──どういう話の流れだか忘れたけど、時雨さんと会った時、二人だけの時にこの話をしたら思わぬ真実を聞かされた。

「そうですか、歩美ちゃんは鏡矢の特性が強く表れているようだし、やっぱり見えてしまうんですね」

「え?」

「うちの家系は代々退魔師を生業としているのです。明治頃から商人として生きるようになって以来、あまりそちらの仕事は請け負わなくなりましたが」

 そうなの? なんか漫画みたいでかっこいいかも。

 でもそっか、だから時雨さん、あんなすごい動きができたのかな。雫さんも常識外れの怪力だし。

「一度見えてしまった以上、これからも見えることがあるかもしれません。次からは何かあったらすぐに私か雫さんへ連絡してください。いいですね?」

「はい」

 私も、あんな怖い目に遭うのは二度と御免。いや、そんなに怖い霊ではなかったけどさ。ホラーって苦手なんだよね。

 でも、まあ──

「よかったですね、二人が再会できて」

「うん」


 夏の夜に 姉と弟 巡り会い


「時雨さんも、来年のお盆はうちに来なよ。パパと再会できるかも」

「えっと……はい、できればそうさせていただきます」

 苦笑する時雨さん。あっ、つい来年の約束なんかしちゃった。私、まだこの人を許してないことになってるんだよね。

 うーん、もどかしいなあ。

 でも今は我慢我慢。




※この作品では今後もバトル展開にはならないので、ご安心ください。歩美ちゃんとその周囲の日常だけを書いていきます。

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