六言目 格言クラス

 先日の『降臨』で盛大に破壊された大葉の研究室。

 その責任を(ちょっとは)感じているらしく、後始末に勤しむメグ。

 

 そこへ。


「メグさああん!」「せんぱいっ……」

「きゃっ!ヒカリ、アン!?よかった会えて……や、そんな急にっ……やんっ……!」


 二体目のワード・イーターを見事に仕留め、大学へ(タクシーで)凱旋した矢護朱鷺やごときヒカリ・アン姉妹は、さっそく、二階メグの胸にまっしぐら。ふたりの頭は丁度メグの豊かな膨らみと同じ高さ。両名がぎゅむっと頬を埋める大胆な触れあいを真顔で見つめる大葉はもう、言技使いたちのちょっぴり危うい関係を素直に受け入れることにしていた。


「おお?まーた新しい娘ですか?いやあ教授、ほんっとに幸せものですね、こんなかわいこちゃんたちが次々と現れては慕われるとか」

 片や大葉を出迎えたのは、教え子の田原の、しまりのない薄ら笑い。


――—――――――


 状況は少々込み入っている。


 結局、二階メグ、石上サン、狗坊アタルの三名は、大葉の研究室がある第四別棟の殆ど使われていない部屋――大葉の研究資料や蔵書を収めてある古い書庫、に少し手を入れて住まわせることにした。彼女らは大葉と同居することを強く希望したが、大葉の自宅では、近所の住人に目撃されると下手すれば未成年略取などを疑われる可能性があり、これは断固拒否した。

 なので新しく部屋を借りてやるからルームシェアを、とも考えたが、文字通り現実離れ(浮世離れ)した言技使いたちを市井に紛れ込ませるのは、彼女らにとっても社会にとってもあまりよろしくない。


 その他諸々の事情を鑑みて出した結論が、大葉と出来るだけ近い、同階の奥の書庫を片付けて暮らせるようにすること。滅多に人も来ないし、万が一目撃されても浮かれた学生たちがコスプレして大葉をからかっている、という体にできるはずだ。


 そこで重要な役割を担うのが大葉の教え子、田原 阿瑠(たはら ある)。


 大葉が彼の愛車を大破させたにも関わらず、この裕福なマッシュヘアのお調子者はまったく気にしていない様子で、と言うよりも言技使いたちの正体に興味津々で。自分から大葉と言技使いの件に関わりたいと申し出てきたのだ。


 愛車の廃車の借りもあるので、無碍に断れなかったこともあるが、田原が関わるのであれば、この言技使いたちも彼の悪戯の一環だと装える説得力が増すのは大きい。何しろ恋人に普段から四六時中、メイドの恰好をさせている男だ。


 そんな訳で、この一両日は書庫の片付けと整理を全員で行っていたのだが、一段落したところで現場を田原に任せ、大いに疲れていた大葉は一旦帰宅することに。 

 そしてそれは決して、齢六十三の身体が悲鳴を上げた所為ではない。ある日突然美少女戦士たちがわらわらとやってきて一緒に怪物と戦え、などと言われる状況を受け入れろというのはやはり無茶がある。一度ひとりで冷静に考え、納得したかったのだ。


 しかし結局、家に戻って間も無く、矢護朱鷺ヒカリ・アン姉妹の来訪で、束の間の安らぎはあっさり失われたのである。


―――――――――――――


「うっわ、臭えな!こんな古ぼけた本なんてぜーんぶ捨てちまえばいいのに!」

「こらアタル!失礼だぞ。これはマスターの大切な蔵書なんだ。もっと丁重に扱えっ」

「ち、わかったよサン……ほんっとオマエって真面目だよなあ……」

「他の言技コトワザ使いが世間知らずなぶん、僕がしっかりしないといけないんだ」


 犬耳をぴょこぴょこ、鼻をくんくん鳴らして文句たらたらの狗坊アタルが、移動させる本棚から黄ばんだ本をぽんぽんとダンボール箱へ放り投げ、それを見咎めた石上サンが眉を吊り上げる。


「サン、アタル!ヒカリとアンが来たよっ!」

 そこへ、双子の姉妹を連れだったメグが元気よく現れた。


・・・


「―—ってことで、性格の合わない私たちが本当に心を一つにすることで、時空因果律を超えた強力な攻撃が出来るように、センセが導いてくれたの」


「すごーい!今度見せてね」街中ではやめとけ。

「やるじゃねえか。一撃だろ?攻撃ならオレが一番だと思っていたけど、もっと修行を積まなきゃいけないなァ」

「…………」


 さくっと説明を終えたアンたちに、メグとアタルは感心していたが、サンだけは表情暗く、訝しむ様子で考え込んでいた。


「どしたの?褒めてあげてよ、サン。ワードイーターをたった二人で倒したんだよ」

「いや、それは勿論、素晴らしいことだけど……僕たちは何故、その出現を察知できなかった?」

「あっ……」


「私も聞きたい。そもそも何故ワードイーターはこの街だけに現れる?調べてみたが、他の都市ではワードイーターの仕業と思しき事件は発生していないようだ」

「調べた、って教授。ネットに疎いあなたの代わりに、俺がニュースサイトを洗いざらい見てあげたんでしょ……」

「黙れ田原」


 大葉の指摘に、言技使いの誰も答えられないようだった。彼女たちは一体どこまでのことを知っていて、何を知らないのか。それを知らねば、謎が謎を呼ぶばかり。全体像を把握することは大切なこと――


「―—それは、わたくしからお話ししましょう」

「!」


 そこに突然、数枚の薄布のみで身を隠した、ほぼ半裸の女性が現れたので大葉は驚き、田原は飲みかけの茶を噴き。


「……トキさま!?」

 言技使いたちも、一斉に声を上げた。


 書庫へしゃなりしゃなりと歩み入るさま、そして高い身長と抜群のプロポーションはまるでどこぞのスーパーモデル。全身を金のアクセサリーで飾り、豊かにウェーブする金髪は腰よりも長い。うっすら金の後光を帯びているようにすら見え、ともすれば女神と言っても信じられるであろう、美貌だった。

 

 十代の姿で現れた他の言技使いと違うのは、その身体の年齢が四十前後(見た目は若いが)であろうこと。ようく見ると目尻はちょっと垂れ、皺が走っている。(そして、これは田原だけが理解したことであるが、そのはち切れそうな豊満な乳房もほんの少しだけ、年相応にたゆんでいた。)



「―—わたくしは金鳴トキ。格言クラスの言技使い。彼女たちの……上司、と言えば伝わり易いでしょうか」


 トキが自己紹介と、この場に現れた意図を伝えている間、他の言技使いたちは些か緊張している様子だった。確かにトキの風貌や言動には、人間を超越した威厳がある。大葉も、そして田原でさえも、彼女は逆らってはいけない上位の存在なのだ、という事を肌で感じていた。


「この街には言論的特異点が存在するようです。その言語的力場、言語的境界線、言語的次元が折り重なったことで、言語の具現化が急速に進んでいます。その謎と正体を調べることも、わたくしたちの使命なのです」


 大葉には、科学の用語にとりあえず言語的、を付けているようにしか聞こえなかったが、その畏怖に反論を返すだけの勇気は湧かなかった。


 それに、『忌避され、存在意義を失った言葉を抹殺する』。それが果たして、本当に善きことであると確信できずにもいた。言葉は文化で、歴史なのだ。それが例え悪意を以て使われていたものであっても、無かったことにすれば、人々は忘れ、やがてまた同じ過ちを繰り返す。その言葉や概念を、心の片隅に留め、戒めとすることの方が大切なのではないか。


 しかし、トキの思惑にも理はある。力のある言葉は使いやすい。簡単に、複雑で大量の事実を理解できると思わせ、或いは惑わせる事が出来る。悪辣で低俗な言葉だからこそ、広まっていき、それが新たな悪意を産む、負の連鎖が続いていく。


 大葉が、古くから伝わる諺を現代に、そして未来へ伝えていこうとするのは、言葉が正しい道の標になってほしいと願うからで、それには、悪しき言葉も正しく理解していくことが重要だと考えていた。


 だがまあ、現実に大暴れして街を壊しているのだから、そこは普通に撃退しなければ。



「―—では、皆。働きに応じた褒美を授けましょう」

 大葉が納得しようと思索を重ねている間に、話は次の段階へ進んでしまっていたようだ。


 トキは微笑むと、やおら天井を仰ぎ、両腕を掲げる。すると、虚空から現れた何かがゴトゴト、ガラガラと音を立てて床に転がった。


「わあい!ありがとー!」「やったぜ!」「ありがとう」「ございます!」

 メグとアタル、ヒカリとアンはは大喜びで。

「ああ、よかった。これで僕たちの生活費のことでマスターに負担を掛けずに済みます……マスター?どうなされましたか?」

 サンも安堵の溜息を吐いたが、更に顔を強張らせた大葉の様子に気付いた。


 ――金塊。それも大量の。

 金鳴トキの能力は、時を金に変換し、生成する力。

 

 大葉は戦慄していた。

 人類が長らく追い求めてきた錬金のすべが、目の前であっさりと果たされてしまっている。

 既知の物理法則を嘲笑うかの様に、いとも容易く覆していく言技ことわざ使いたちの力は思っていた以上に、底知れない。ワード・イーターともども、この言葉の力の本質が白日の元に曝され、人々の知るところになったとき、社会にどんな混乱がもたらされるのか、想像もしたくない。


 そんな言技使いがまだ、大葉の預かり知らないところでまだ何人も居るという事実が、そら恐ろしくなったのだ。


―—――――――――――



 次回予告


 ハーイ!ワタシ、磯ヶ羽いそがばマリー・ワルキューレでース!

 まッたく、メグのおっちょこちょいの所為で酷い目に遭ってまス。

 まさかよりにもよって、おフランスに出現しちゃうなんテ!!


 もシかしたら、ワタシのコトワザの能力のせいなのかもしれマせんが……。ともかく、ようやく飛行機のチケットを用意するコトができたので、空路でニッポンへ向かっていルところデース。


 ……なんかエンジンが吹っ飛んだんですケド?

 緊急着陸?シャルル・ドゴール空港に戻る?そうデスカ……。


 これもワタシの力が制御できずに溢れてしまったからなのでしょうカ。

 一刻も早く、Proverbe Maître……プロヴェルフ・メイテルと合流しないと、また人間さんに迷惑を掛けちゃいますねェ……。

 

 ま、仕方ないですネ。ゆっくり地道に旅を楽しみまショ。

 『急がば回れ』と言いますものネっ。

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