三言目 三人寄らば三度目の正直

「うわあー!」「きゃー!」「ウーワンワン!」

 駅前の大通りを逃げ惑う老若男女と、犬と猫。


『皆さん落ちついて!指示に従って避難してください!』

 大混乱に陥っている群衆を誘導しようと、数名の警察官が必死に声を張り上げているが、パニック状態の群れを制御することほど難しい事は無いし、そのパニックを引き起こしている原因、ワードイーターが警察官たちにも迫って来ていた。


「うっ、撃て撃て!撃てぇっ!」

 S&W M360 SAKURA から繰り出される.38スペシャル弾。若干の威力不足は否めないものの、日本で運用するには充分な威力と精度を誇る銃弾を浴びたワード・イーターの突進は怯み、打撃を受けたようにふらついた。


(おお?実弾が効くのか)

 土産物屋に突っ込んだ車、そして散乱するお土産の山から這い出した大葉は目を見張る。しかし問題点は、その装弾数はたったの五。そして予備の弾薬も携帯していないという日本警察の運用形態だった。たったの数秒で切り札を撃ち尽くした警官たちはパトカーの陰に隠れるが、ワードイーターはパトカーにかじりつき、その醜悪な牙で、まるで綿菓子の様に食い千切る。


「退避、退避ー!」 

「うっ、うああ」

 その隙に撤退する警官たちだったが、中でも一番若い、新米と思しき男は、腰を抜かしてその場にへたりこんだまま。パトカーを喰らい尽くしたワードイーターのくすんだルビーの様な紅の眼がそれを見下ろし。次の瞬間には、実体化の進んだ筋骨隆々の腕が彼を捕えようと伸び――。


「させないわ!」

 そこに滑り込んだ二階メグが、素手でその腕を防いだ。

「うぎぎっ……早く逃げてっ……!」


「はっ、はい……!?」

 腰砕け、戸惑いつつも若い警官がその場を離れた時、ワードイーターの腕はアスファルトに圧し降ろされた。しかしメグは既にそこに居ない。怪物の周囲を踊る様に跳ねて回り、勢いを付けた彼女は、空を、舞った。


「行くわよぉっ!二階から目薬ビーム!!」

 圧し潰したはずの獲物が消え、その姿を探して辺りを見回すワードイーター。そのの頭上に舞い出たメグがかざした右腕から、光線が放たれた。ばきゅーん!


 しかし、外れた。


 怪物を逸れ……というよりも大分離れた地面に着弾したビームは、結構な爆発を引き起こす。


「えいえい!えーい!」

 その後何度も空中を跳ね、頭上からビームを撃ち下ろすメグだったが、それはまた悉く大外れ。ワードイーターの周囲に爆炎を上げるだけであった。


 大葉は彼女の『能力』を察する。まさに二階から目薬。つまり相手の高所を取った場合にのみ、彼女は光線を放てる、ということだ。しかしその命中率は甚だ悪い。それもまたその諺を体現している。とは言えその的外れっぷりはあまりに酷い。駅前の広場や周囲の建造物にも、メグの流れ弾の被害が及んでいた。


「くっ……!なんて手強いのっ……きゃああっ!?」

 その中でも最も見当外れな台詞を放ったメグの身体へ、ワードイーターの腕からしゅるしゅると伸びた触手が絡み付いた。


「あっ、やああッ……ああっ……!」

 両手両脚等をぎりぎりと締め付けられ、悶えるメグ。触手から毒の炎か何かが噴き出し、彼女のボディスーツを溶かすか焦がすかして、際どいスーツが更に際どく。


「メグっ……!」メグの流れ弾を警戒して遠巻きに見ていた大葉。

 彼女のスーツはどうでも良いが、ピンチはピンチだ。駆け寄ったとしてこの老体に何が出来る訳でもないことは理解しつつも、それでも一歩を踏み出す。


 ギャキキキッ!「!?」その足が止まる。

 

 光線の破壊で立ち込める黒煙の向こうから、唸るエンジンとタイヤの音、迫る。


 黒煙の壁をぶち破り、一台のタクシーが大ジャンプで戦場に乱入してきた。

 その軌跡が輝いて見えるのは、粉砕された硝子の破片のおかげである。


 秋陽をそのボディに受け、青く輝くタクシーから飛び出す小さな一つの影。


 その影は静かに着地し、跳ねながら急転回するタクシーを振り返って、叫ぶ。

「ありがとう!助かりました!ここは危険なのですぐに逃げてっ!」

「あいよ!よくわからんけど頑張りな、お嬢ちゃん!」


 タクシーの中から白帽を振り返した運転手が快活に叫び、彼の駆るタクシーはまた黒煙の壁の中へと飛び込んで行った。


「メグ!」

「さ……サン……?」


 ぱっつり切ったおかっぱの黒髪、見るからに生真面目、実直そうな、しかしやっぱりメグと似た魅惑的なボディスーツに身を包んだ少女—―言技使い・石上サンが、親友を捕えたワード・イーターを睨みつけた。



―――――――――――――――


 突然現れた新手に臆することなく、ワードイーターは大口を開くと、サンへ向けて黒と紫が入り交じった火炎を吐いた。黒髪の少女は火炎に吞まれたかに見えたが、『石の上にも三年』という忍耐を顕す彼女の言技コトワザは、強力な防御バリア。


 それは押し寄せる豪炎を弾き流し、少女は真正面から炎の濁流を突き進み。飛び上がると、ワードイーターの顔面にパンチを叩き込んだ。


「グガッ……!」衝撃でメグを取り落とすワードイーター。

「あうっ!」お尻から地面に落ちるメグ。


「頑張れメグ!僕の攻撃力ではこいつを仕留めきれない。やはり君の光線でないと……!」

 サンはそう言うと、体格が五倍は違う怪物と、真っ向から殴り合い始めた。


「うん、私……頑張るから……!」メグがぐぐぐ、と立ち上がり。

 再び空を舞い、サンとの殴り合いに夢中になったワードイーターへ、必殺技の光線を撃ち始める。


(……成る程。防御に特化した近接戦タイプと、遠隔攻撃のタッグ。強力なバリアでメグの誤射から自らを守りつつ、その必殺の一撃が敵に当たるまで耐え抜く、か)


 これが、全く別々の性質を持つ諺を複合させた、言技コトワザ使いの闘い方。


 戦いの技術に詳しい訳ではない。しかし、諺を知る大葉には、彼女たちが振るう力の本質と、それが目指すものを見抜くことはできた。だが。


 ワードイーターの巨体から繰り出される攻撃は、石上サンの強力なバリアを破壊しつつあり、メグは先程の触手攻撃と、無駄撃ちで疲れ果て。その作戦が成功する前に、どちらかが倒れるのは明白に見える。そして。


 ――私は、何故ここに居る?何故、彼女たちは私を必要としている?


 

 大葉は考える。


 研究一筋、本の虫。体力は勿論のこと、未だ論文が評価されることもなく。実績のない三流私立大学の飛沫教授。こんな私に、今出来ることなど……。



 大葉は想う。


 ――諺。そう、諺だ。永い歴史の中で人々が培ってきた文化、経験、思想。そんなものを後世に伝えていくための、叡智とも言える言葉たち。


 それはただ、人々の未熟を戒めるただの例えではない。その言葉にはきっと、今の人々が忘れてしまいつつあるものが、込められているはず。それを大葉は研究題材に選び、だから、選ばれたのだ。


 大葉は叫ぶ。



「……二階から目薬。それは、達成困難な挑戦を嘲笑う言葉ではない!」

「それでも尚、何かを成し遂げんとする、希望と奇跡を肯定する言葉なんだ!」


「その奇跡の担い手が、お前だ。メグ!……だから、行け!お前ならやれる筈だ!」


 憔悴し、立つのもやっとだったメグの胸元に、柔らかい光が灯って、そしてそれは全身を巡り、力の奔流、オーラとなる。


「そうです。教授。それが貴方の力。僕達を縛る言葉の解釈を、反転させる能力……!」

 大葉とメグの間に広がるピンク色の光を見たサンが、勝利の確信に笑む。


「ありがとう、おじさま……」

 漲るエネルギーと優しさに包まれて、少し大人びた表情で穏やかに微笑んだメグは。ふわっと空を飛ぶ。


 ワードイーターはくわっと口を開け、そのメグに向けて火炎を吐こうとしたが。

 鉄の檻のような光に囲まれて、身動きが出来なくなった。その足元では、メグと同じ様にオーラに包まれたサンが、歯を食いしばっていた。


「そしてこれが僕の切り札。相手を強制的にその場に封じ込める、結界『石上三年』だ!」


 身を守るはずのバリアで相手を封じる、彼女の奥義。


「グギッ、グガァッ!グガァァァー!」

「……喰らえッ!」


 藻掻き、咆哮するワードイーターの完璧に直上、太陽を背にし。


「二階から目薬ビイィィィイィムッ!!」


 美しく宙を舞った二階メグが撃ち放った光線は、ワードイーターのくすんだルビーの様な目を確かに直撃し、穿ったのだった。





 次回予告



 よっ。オレ、狗坊アタル(くぼう あたる)!


 わかっかなあ?オレの諺。

 まあ言っちまってもいいか!犬も歩けば棒に当たる、さ!


 実はよ。メグが格好良くキメたように見えっけど、ワードイーターはまだ死んでないんだよ、これが!油断したメグとサン、そしてジジイがピンチになるのが次回の話なんだ。楽しみにしとけよお。


 そしてっ、そこでオレの出番って訳。今走って向かってるとこ。


 しかし伝説の諺士が、あんなジジイとはねえ。イケメンだったらときめいてやっても良かったのに。ま、オレにはメグが居るからいいんだけどなっ!


 じゃあ、急いでいるからこの辺で!また次回—―


 ――いたッ!!いてて、また電柱にぶつかっちまった……。

 これで何本目かな。




 

 終わったかに見えた最初の戦いは、まだもうちょっと続いてしまう!


 そこにまた新たに現れる言技使い、狗坊アタルの能力とは?そしてどんな姿なのか!とりあえずふさふさの犬耳と犬尻尾があることは確かだ!

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