第11話 駐屯兵出撃準備と『人狼』の苦悩


 駐屯所へ帰還したバステス隊は直ちに隊長ザガンへと現状報告をした。


 バステスは三人の部下を残し、駐屯所へと戻る道中で落ち着きを取り戻した山賊『ローキ』から何があったのかの詳細を聞いた。もっとも、雨の中で馬を並走させながらの事だったので聞き取るのには苦労したが、重要な部分は概ね理解できた。

 もちろん隊長への報告はローキを引き連れ確認をとりながら行ったので問題はなかった。

 

「他の山賊共は樹木のような蜘蛛の魔物の餌食になった。その魔物……『樹蜘蛛きぐも』と呼称しよう。そいつらは大人の上半身程の大きさがあり、単純な力は強くないが俊敏で数がかなり多い。毒のようなものを持ち、傷を負わされると動きが鈍くなり意識も朦朧とする。樹蜘蛛は動けなくなった獲物にしがみつき、自らが拘束具のように変化して、それを複数の樹蜘蛛が牽引するなどして巣へ持ち帰る……と言うことで間違いないな」


 ザガンは伝えられた内容を簡潔にまとめ、周りの集まった兵士たちにも聞こえるように通る声で確認をした。


「そうですね。今のところはこの情報を元に対応するしかないでしょう」

 

 その言葉を聞いたザガンは迅速に魔物討伐部隊の編成をするようバステスに命じ、同時に冒険者ギルドへも事情を説明し、手の空いている者達全員で魔物の襲撃に備えるよう要請しろと指示した。


「冒険者を町の防衛に、それも全員をですか?我々が蜘蛛共の撃退に失敗した時の事を考え」


「そうじゃない。バステス、働きアリが餌をせっせと運ぶのは誰のためだ?」


 一瞬「急に何を」という表情をしつつも思案を巡らしたバステスはすぐに何かに思い至った。


「巣の、女王アリの為に……つまりは」


「蜘蛛共にもそういうのがいる可能性がある。しかもでっかくて凶暴なやつ……凶暴かどうかはそこまで自信ないが、でかいのは間違いないだろう。それを念頭に置いて動いてくれ」


「了解……!」


「国境警備の方には俺が伝えておく、直ちに準備にかかれ!」


 出発が整うまでの指示を与え、バステスが兵たちを連れ慌ただしく部屋から出ていくのを見送ったザガンは、部屋の隅でびしょ濡れのまま床に両膝をついているローキへと話しかけた。


「で、一つ気になることがある。お前、動けなくなって意識が朦朧としたと言っていたが、そんな状態でどうやって危機を脱したんだ?」


 その言葉を聞いてローキは思わず目を逸らした。


「それは……火事場の馬鹿力ってやつで……」


「ローキとか言ったなお前」


 ザガンは猛獣のような険しい顔をローキに近づける。ローキは恐ろしさのあまりのけ反りそうになるものの肩を掴まれて逃げられない。


「いいか。今は非常事態でな、隠し事はやめてもらいたい。それのせいで俺の部下や町の人間になにかあったら……拾えたはずの命も吹っ飛ぶことになるぞ。それでも口を閉ざすか?」


 ローキはザガンの気迫に負けた。


「俺は……、俺は人狼の血が流れてんだ。けど血はすっごく薄いんだ!人よりちょっと丈夫で爪や牙を強く鋭くしたり、ちょっと毒とかが効きにくかったり……その程度、だったんだ……ちょっと前まではよ!」


 必死に自分の事を説明するローキの表情は真剣なものだった。


「蜘蛛の毒が回ってきて、意識がぼんやりしてきて、ああもう死んじまうのかって思ったら急に体が熱くなってきて……。カァッと力が漲ってきたから今しかないと思って死に物狂いで蜘蛛共を引きちぎって振り払って、走って逃げたんだ!ずっとずっと走ってどこまでも走ろうとして、街道の方走る方がいいと思って森から出ようとしたら急に力が抜けてすっ転んじまって……」


「で、報告にあった場所で倒れていたというわけか」


「そうみたいだ……」

 

 ローキは震えている。無論、雨の冷たさにではない。

 

 人狼があたりまえのようにいた時代は古く、かつて彼らが多く住んでいたという国もスオームからはとても遠い。なのにその血を引く者がここにいるのは、迫害され土地を追いだされ散り散りになった歴史が関係しているからである。

 ローキのように、ほんのわずかでも人狼の血を持つものが己の正体を隠そうとするのは当然で、そういった出自を気にしない者達を探そうとしたら、同じように後ろ暗い過去を持つ者か、荒事や悪事を働く連中ということになる。彼が山賊の一味となったのもそういった理由からだ。

 ローキは五歳の頃、父に人狼であることを知られた母と共に追い出された。二人は国から国へ移動して安住の地を探したが、二年ほど経った頃道中で野盗に襲われてしまう。まだ若かった母は直ぐに売られ、ローキは野盗の奴隷として働かされた。ひどい扱いを受けたが、九歳になった頃に野盗の寝首をかいて数人殺した後に逃げ出した。

 その後母を探して放浪するが、途中空腹に耐えかねて旅人や商人を襲って食料を得るようになる。何度かそれを繰り返すうちに、たまたま同じ獲物を狙っていた山賊と鉢合わせしてしまい、争奪戦になるかに思えた所を山賊の女頭がローキを仲間に引き込んだ。

 山賊達はすぐにローキを気に入った。女頭も彼を弟のように可愛がり、そのうちローキが人狼の血を引いていることを明かすと「そりゃ頼もしいや」と喜んだ。ローキが「怖くは無いのか」と聞くと「山賊の方がよっぽど悪い事してるぜ」と言ったほどだ。


 ローキはわかっている。山賊達が人狼である自分を恐れないのは、彼らが無法者の集団で、世の中からは外れた存在であるからだと。スオームの軍人であるザガン隊長に自分の正体を告げたからには、きっと命はないだろう。しかも自分は山賊なのだから。


 ところがザガンは思いもよらぬことを口にした。


「お前が万全の状態ならそれなりの戦力になりそうだな……。牢屋にぶち込んでおくのはもったいない」


「え……?」


「医術兵にもう一度回復術をかけてもらう。そしたらおまえにも町の防衛を手伝ってもらうぞ」


「い、いいのか……?俺は山賊で人狼だぞ?」


「恩赦をやると言ったらどうする?山賊をやめてこの町を守るというなら、これまでの行いは不問にする。逃げても構わんぞ。真っ当な仕事にありつけなくなってもいいならな」


 その言葉にローキは衝撃を受けた。


「恩赦……?それは許すってことか?しかも真っ当な仕事って、そんなことができるのか?人狼でも、いいのか……?」


「お前にやる気があればできるだろうよ。つーか人狼人狼って気にしているみたいだが、ほとんど人間なんだろう?山賊みてえな悪さをしなけりゃ俺にはどうだっていいことだ。他の連中だってそうだろうよ」


 スオームには妖精人などの他、獣人族や小人族も比較的多く住んでおり、人狼がいた歴史もないので特に偏見や差別が無い。山賊が拠点をこの国に移してから日の浅い上、世の中から距離を置いているローキがそういった事を知らないのも無理はなかった。

 

「わかった……!山賊はやめる!この町をあの樹蜘蛛どもから守ればいいんだな?やってやるよ!……真っ当な仕事、生き方をしたいからな!」

 

 ローキは決心し、自分の両手を見ながら、静かに、力強く呟いた。


「よし、決まりだな。とりあえず回復をしてもらって、その後は冒険者ギルドに行って他の連中と一緒に……」


 そう言ったところでバステスが走って部屋へ戻って来た。


「おう。編成は終わったか?」


「はい。いつでも出れます。ですがその前に客人が隊長を訪ねてきたので連れてきました」


「連れてきた?おいおい、怪しい奴じゃないよな」


「ええ、その辺は問題ないと思われます」


 そう言ってバステスは後ろに控えている男を部屋に通した。

 フード付きのマントを脱いだその男は濃紺の布で顔を覆っており、帯剣している。服装はスオーム軍の歩兵の制服に似ているデザインだが暗めの藍色で地味な意匠になっていて、その上に胸部のみの軽装鎧つけている。ズボンは灰色で革製のようだ。

 

 覆面をしている客人は怪しいのではないかと思ったザガンだが、襟の辺りに見えた銀色の物を目に留めて認識を改めた。


「その徽章、客員騎士の……。それをつけている者で顔を隠している人物と言ったら俺は一人しか知らない」


 ザガンは心強い味方に歩み寄り、表情を柔らかくして手を伸ばした。

 

「お初にお目にかかる『キーオレット・サフレス』。確か、『アヒルの騎士』と呼ばれているんだったか?」


 ザガンと固く握手を交わす覆面の男は、鉄兜を脱いだ『アヒル』であった。

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アヒルの騎士 泥船太子 @green_gargantua

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