第9話 『炎の魔術師』と宿のアヒル その2


 「まぁってたぜぇ~!この『瞬間とき』をよぉ~~!!」


 上機嫌で果実酒をかっ喰らっているこの女性はレレッカさん。彼女は魔術師で、どんな魔物よりも恐ろしい師匠から命令されて、私たちの事を待っていたという。

 そんな魔術師の彼女が宿屋の給仕服を着ているのはなぜか聞いたところ、


「あの白髪妖怪はカンマネまでの費用は負担したけどなぁ、コルペイロに着いてからは自費で何とかしろとか手紙で寄こしやがったんだよぉ!アタイは殆ど持ち合わせがなかったもんだからさぁ~。こんな格好して働くことになったんだ!そんでもって、ここの親父が『意外と客の受けがいい!』とか抜かすんだよ!調子のいいこと言いやがって!」


 と、表情を少し暗くしながらも勢いよく話してくれた。


 まわりで食事をとっている客たちが「受けがいいのはホントだぞ!」「似合ってるぞレレ!」「よっ!美人!!」と囃し立てる。


 レレッカさんは「うっせぇー!燃やすぞ!」と言って店の中に火花を散らせる。客達は「おっ出た出た!」「景気がいいぜ!」と余裕だ。


 どうやってるのだろう?魔術かな?


 私は火花を不思議に思ってじーっと眺めた。

 同じ席に座るアヒルさんは全く動じていない。


「とにかく、だぁ。『アヒル』の兄さん達が来たからにはこんな宿屋とはおさらばだぜぇ!明日からよろしく頼むよ。うははっ」


 嬉しそうにぐびぐびと果実酒を飲むレレッカさん。

 その後ろから宿屋の店主の『ヴァルエド』さんが近づいてくる。


「こんな宿屋とは失礼な奴だ。さんざん飲食しただろうに、特に酒を」


「あ~?悪かったよう。酒も飯も美味くて最高だったよ!仕事させられたのがちょっと気に食わなかっただけさ。んで、何の用?」


「聞き捨てならない事が聞こえたんでな」


「な~んだよ。悪かったって言っただろぉ」


「それじゃねぇ。このまま明日でおさらばされたら困る!って話だ」

 

「どういうことだい」


「おめぇなぁ……。今日までの仕事ぶりじゃぁ飲食代の半分も賄えてねぇんだよ!馬鹿みてぇに飲み食いしやがって!しかも冒険者や魔術師と喧嘩して店のテーブルとイスと食器その他諸々どんだけ破壊したと思ってんだ!」


「ゔッ……」


 レレッカさんが途端に小さくなる。


「このままじゃあいつまでたっても宿屋の雑用係のままだぜ」


「うぐぐ……」


 猛獣が小動物に変わっていく過程を見ているような気分だ。


「俺が払う」


「はい?」


 私とレレッカさんと店主さんが同時に声を出していた。


「俺が払うと言った」


 レレッカさんは目を潤ませながら「兄さん……本気かい……!」と感動している。


「代わりに払ってくれるのは問題ないが、いいのかい騎士さん?結構な額だぞ」


「まぁ、問題ないだろう。支払いの詳しい話は、コパスが戻ってきてからにしてくれ」


 私はアヒルさんがそんなに潤沢な資金を所持しているとは知らなかったので驚いた。でもこれでレレッカさんは宿屋の労働からは解放されるわけだ。


「ふむ。ま、それならこの話はここまでにしよう。ゆっくりしていってくれ騎士さんと嬢ちゃん。それからレレ!その人にしっかーり感謝するんだぞ!はっはっは!」


 店主さんは愉快に笑って厨房の方へと戻っていった。

 

 レレッカさんは店主さんの背に向かって「余計なお世話だよ!」と舌を出して威嚇していたが、どこか嬉しそうだった。そして椅子に座りなおしてアヒルさんの方を向くと、少し畏まったような態度で口を開いた。


「え、えっと……兄さん、もしかしてその……あれかい?代金を払う代わりにアタイを抱かせろとかいう……?」


 水を飲んでいる途中だった私はむせた。

 レレッカさんはまんざらでもなさそうな表情をしている。


 え?そういう意図があったのアヒルさん!?


「そんなつもりはない。俺には妻も子もいるからな。頼みたいことがあるとすれば、ドロシーを護衛する事と、魔術の基礎を教える事だ」


 私はほっと胸を撫でおろした。


 ん?でも今、なにかすごい情報が混ざっていたような。


「なぁ~んだつまらねーの。ま、いいや。この娘の事を守りながら、お勉強を教えればいいわけね」


「ああ。基本的にはドロシーを守ることを優先してくれ。別に命を狙われてるわけじゃないが、旅の道中なにがあるかわからない。オーレルまで無事に送り届けると約束したからな。俺も全力で護衛するが、常に傍にいられるわけじゃない。その時は」


「ああそうだねぇ。年頃の女の子だもんねぇ~」


 レレッカさんが私の頬をつついてくる。くすぐったい。


「ぐあ!」と膝の上に置いてあるホッペがレレッカさんを威嚇しているが、レレッカさんは全く気にしていない。


「まかせときな!怪しい奴も危険なやつもアタイがまとめて消し炭にしてやるから!というわけでよろしくドロシー」


 私の手をとって強引に握手をしてきた。力強くて頼もしい。


「よ、よろしくお願いしますレレッカさん」


「あ~、レレでいいよ。レレさんって呼んでくれ」


「はい、レレさん」


 ちょうど自己紹介が済んだところでテーブルに二人分の食事が運ばれてくる。


「俺は後でいいから、これはお前たちで食え」

 

 そう言ってアヒルさんは席を立った。


「レレ。さっそく護衛を頼む」


「あいよ~」


 アヒルさんはレレさんの気の抜けた返事を聞いてから雨の中へと駆けて行った。


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