第7話 消えた盗賊と『謎の魔物』

 

 小雨に濡れつつある身体をモゾモゾさせながら、きつく縛られた山賊達はどうにか縄を解こうと苦戦していた。


 あの鉄兜の野郎……舐めた真似しやがって!手足を縛るだけじゃなく、口も使えねぇようにしっかり押さえつけやがった。


 襲撃班のリーダー『ヌスト』は苛立ちを募らせるが、どこか余裕がある。


 ……まぁいい。少しは面倒になったが、大したことは無いんだよ!


《おぅい、縄ァまだ切れねえか?ローキ!》


 ヌストは口をもごつかせながら仲間に確認する。


 ローキと呼ばれた若い男は後ろ手のまま、リーダーの手を縛っている縄に爪を立てている。とても人間のものとは思えないほど鋭く強靭なその爪は、ゆっくりだが確実に縄の繊維を切り裂いていった。


 ブチッ と鈍い音がしてヌストの手の縄が解ける。


 ヌストはすぐに自分の口を塞いでいる布を無理やり手で取り、振り返ってローキの手を縛っている縄を解くと、そこからはあっという間だった。


「お前のその爪はほんと助かるぜ。人狼の血は偉大だ!」


「とんでもなく薄くなった血だけどな」


「そのおかげでほとんど人間だと思われるから都合がいいんだろ?」


「まぁそのとおりだ」


 4人全員が縄から解放されると、ローキの爪は元通りなっていた。


「それでどうする?あいつらコルペイロの駐屯兵を呼ぶとか言ってなかったか?」


 手斧を持っていた『ホマトク』が焦る。その隣にいる『マーチェ』は頭のダメージがまだ残っていて低く呻いている。


「一度『ねぐら』に戻る。ボスに報告しとかねーと。それに、……雨も強くなりそうだ」


 小雨はいつしか霧雨へと変わっていた。

 雲も少しずつ密度を高め、辺りは暗くなり始める。

 

 山賊たちは林の中へと駆けだし、自分たちのアジトへと急ぐ。

 その途中、ヌストは最初にやられた二人の射手の死体と装備を回収しようとした。

 ところが……。


「……おい。ニッチとサッチの死体がねえぞ」



 母さんから受け取った旅の道具一式の中に『魔術理論・初級編』という本があった。添えられたメモには『イズより心をこめて』と書かれていたので、おばあちゃんが昔読んでいたものだろう。随分と古い。

 私はすぐにその本を読み始めたのだけど、揺れる馬車の荷台での読書は危険が伴うことを初めて知った。

 村を出てから最初の夕日が落ちる頃、荷台にうずくまって顔を青くした私は『本を読むときは馬車から降りて』と心に強く誓うことになる。

 そんなこともあって次の町に着いたらゆっくり本を読もうと思っていたのに、どうもそうはいかないようだ。


 ウーデンスとの国境近くの町『コルペイロ』へ着いた私たちは、そのまま真っすぐ国境警備の兵が駐屯する役所へと向かった。

 コパスさんが道中の出来事を伝えると、駐屯兵の副長さんが手の空いている兵士さんを何人か連れて、馬であっという間に走って行ってしまった。


「旅の人間の言葉を聞いてこんなに迅速に行動できる駐屯兵がいるとは」


 コパスさんもアヒルさんも驚いているようだった。


「はっはっは。そんなに驚かれるのは心外だな!少なくとも俺の部下は誠実で優秀だから安心してくれ。だが、どっちかってーと雨が強くなってきたからさっさと仕事を済ませたいってのが正直なところだろうな!」


 建物の奥から現れた大きな兵士が愉快そうに笑っていた。色黒で髪も髭もフサフサ、熊みたいだ。


 ま、マシラグマ……?


「あなたが有名な『国境の防壁』の駐屯兵隊長さんですか?」


 コパスさんが私の思考を否定した。


「ま、そんな風に呼ばれたりもするな。嬉しくはあるが、ちょっと大げさなあだ名だとは思ってる!だから呼ぶときはザガンでいい」


「わかりましたザガン隊長。私は行商人のコパス。そこにいる娘はキトラ村のドロシー。そんでもう一人……あれ?」


 アヒルさんがいつの間にか消えている。


「今の今まで隣にいたはずなんですが……ドロシー『アヒル』はどこに行った?」


 私もまったくわからなかったので「見てないです」と首を振った。


「『アヒル』?鳥のあれか?」隊長さんが当然の疑問を投げかける。


「いいえ、それもあだ名なんです。変わった鉄兜をいつもかぶってる小柄な剣士なんですがね。いったいどこに行ったのか……」


「私ちょっとその辺見てきます」


 そう言って、来た道を戻ろうとしたところ『ホッペ』が建物の間の路地を見て「ぐあ。ぐあ」と鳴いているのを見つける。もしやと思ってそこへ行ってみるとアヒルさんがいた。腕を組んで建物の壁に背中を預けている。


「……要件は済んだか?」


「えっと。何をしてるんです?」


「特に何もしていない」


「……もしかして駐屯所の隊長さんに会いたくないんですか?」


 一瞬の間が生まれた。


「そんなことはない。ただ、本名を無理やり聞いてきそうな人種だと直感したから避けている」


 そんなに本名を言いたくないのか。アヒルさんの本名……私も気になるけど。


「しょうがないですね……。私がうまいこと言っておきます」


「恩に着る」


 そうしてすぐ隣にある駐屯所の入口へ戻る。

 コパスさんは隊長さんとあらかた必要な話を終えたようだ。


「おおドロシー。アヒルはいたか?」


「『ホッペ』ならいました」


 灰色の家鴨が「ぐあーー!」と鳴く。

 なんだやっぱり鳥じゃないかとザガン隊長が愉快そうに笑う。


「やれやれ……。まああいつなら大丈夫だろう。ひとまず隊長さんにも山賊の事は詳しく言っておいたから、宿へ向かうとしよう」


「はい!」


「ぐあ!」


 そうして私たちは、ザガン隊長にお薦めされた宿へと向かった。

 

 なぜか宿の入り口にはすでにアヒルさんがいた。



   ▲


「副隊長!お待ちを!」


「どうした?」


「今通り過ぎた林の中に何かいました!」


「お前は目がいいな。よし、確認しろ!」


 副隊長バステスは指示を出した後で、空を仰ぐ。


 随分、嫌な感じのする雨だ……。早く山賊どもを確保して町へ戻った方がいい気がする。


「副隊長!こいつは行商人の言っていた山賊では?」


「なんだと?」


 腰に毛皮を纏ったその若い男は傷だらけで、背中からは血を流している。出血は少量だが、なぜかひどく憔悴している。雨もあるし、このままでは死ぬかもしれない。


「治癒の秘薬を飲ませる。一本よこせ」


「いいのですか?貴重な治療薬をこんな山賊に」


「林の中か、その奥の山かはわからんが、なにか異変が起きてる。こいつはそれから逃げてきたに違いない。死なれたら何も聞けないからな」


 言いながら、渡された治療薬を死にかけの山賊へと飲ませる。

 山賊の体が薄っすらと緑色の光に包まれ、体中の傷痕が塞がっていく。背中の出血も治まったようで、顔色も少し良くなった。


「これならひとまずは大丈夫だろう。こういう時のために治癒術の使える奴を一人は配属してくれって何度も陳情してるのになぁ……」


 愚痴をつぶやいたところで山賊が目を覚ます。そして小さく悲鳴を上げた。


「ここはっ!?あんたらは!!??は、はやく逃げッ……死んじま……あ、れ!?」


「ひどい傷は治してやった。安心しろ、ひとまず死にはしない。それで、何があったか教えろ」


 凄みをきかせた目で山賊に問うと、山賊は再び怯えだして言った。


「樹のバケモノ……!でっかい樹みたいな蜘蛛のバケモンが襲ってきたんだ!!」

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