第6話 『アヒルの騎士』の戦い方

 

「くそっ……。わざわざ山賊の襲撃が少ない雨期を選んだのに、運が悪いな!」


 コパスは不満げに言い放ち御者席を降りる。急に停まるよう指示された二匹の馬も状況がわかっているようで、しきりに耳を動かして警戒している様子だ。


「山賊も人間だからな。食うに困ったら、いつだって出てくるだろうさ」


 アヒルの騎士は特に慌てた様子もない。それもそうだろう、山賊の気配を察知して馬車を停めさせたのは彼なのだから。

 ドロシーはと言えば、山賊がいると聞いて「ええ!?ど、どうしよう!?襲われちゃう!!」と怯えてしまい。アヒルが仕方なく、余っていた大きな布袋の中に彼女を入れて荷物の中に紛れ込ませておいた。『ホッペ』も一緒に袋に放り込まれ「ぐあ!?」と鳴いた。


「そこまでしなくても大丈夫だと思うがね……」


 そう言うコパスはアヒルの腕を信頼しているのか、馬をなだめ終えて荷台に上がると「それじゃあ、あとは頼んだぞ騎士さん」と言って愛読書の本を読み始める。タイトルは『コルネットの冒険』だ。


「わかった。待っていろ」


 アヒルは颯爽と荷台を降りて周囲を警戒する。先ほど感じた複数の視線と思念の方向を確かめ、いつものように兜の前面を上に開いてザっと見回す。


「全部で六人……。二人は弓を持っている、か」


 できるだけ人は殺めたくないが、飛び道具を持っている奴に手心を加える余裕はない。


 切り立った崖の脇に停めた馬車から離れた道の先、右側の見通しの良くなっている草地へ移動すると、アヒル目掛けてほぼ同時に二本の矢が飛んでくる。


 精確な狙いだ。射手の腕はいいな。


 剣を抜きざま、瞬く間に二本の矢を叩き切る。

 射手の位置を特定したアヒルは、あらかじめ用意していた大き目の石ころを一個ずつ、ほとんど予備動作無しで投げつける。

 林の中へ吸い込まれるように速度を上げる石の礫がやがて見えなくなり、奥から「うっ!」「ごっ!?」という声が聞こえてくる


 どちらも頭に直撃した。即死でなかったとしても、もう動けまい。


「くそっ!やりやがったな!!」

「ぶっ殺してやる!」


 怒りの声を発しながら四人の山賊が林から飛び出してきた。剣が二人、手斧と大鉈が一人ずつ。


「荷物だけ置いてってもらうつもりだったのになぁ!」


「さっきの矢は、正確に心臓を狙って来ていたが」


「うるせぇ!!」


 リーダーと思われる剣の男が大振りで斬りかかってくるのを、アヒルは紙一重で躱して左側へ移動しつつ足をかけて転ばせる。


「ふんぬ!」


 避けた所を狙ってもう一人の男が剣を横に薙ぎ払う形で斬りかかる。アヒルは体を回転させながら剣で軽くいなして、その後ろにいる手斧の男に勢いよく蹴りをお見舞いする。

 姿勢を低くしたアヒルの右足が鳩尾にめり込み「ぐぇッ」という声を漏らしながら手斧は倒れる。少し離れた所にいた大鉈の男が少し後ずさったの見逃さず、韋駄天の如く駆け寄って武器を剣で叩き落とし、強力な回し蹴りを横っ面に浴びせる。あまりの勢いに男の顔は地面に叩きつけられた。

 アヒルがすぐに振り返ると、体勢を立て直した剣を持った二人が慎重に構えて睨みつけてくる。

 さすがに盗賊も、アヒルの尋常じゃない強さに気づいたようだ。


「どうした。来ないならこちらから行くぞ」


 アヒルは持っていた剣を盗賊たちの頭上にポーンと放り投げた。

 二人の視線が上へと向いた一瞬、アヒルはあっという間に右の男へ弧を描くように接近し、低い位置から卍蹴りをぶちかます。

 男は吹っ飛ぶように倒れた。


「ローキ!」


一人残った盗賊が叫びながら倒れた男を見る。そしてすぐにアヒルへと剣を振りかぶったが、視界には映らない。


 アヒルは瞬時に跳躍していた。

 そして放り投げた剣を空中で掴むと回転しながら勢いをつけ、山賊の剣を弾き飛ばした。そして着地と同時に顎を目掛けて掌底を放ち、最後の一人の意識も刈り取ったのだった。


 

   △


 いつの間にか山賊は撃退されていた。

「もう大丈夫だ」というアヒルさんの声を聞いて私は布袋からノソノソと出る。荷台の幌から外を見ると、汚れた服を着て毛皮を腰に巻いた怖い顔のおじさん達が縄できつく縛られていた。目が合ってしまい、慌てて顔を引っ込めた。


「アヒルよ~。どうせならスパッと殺してやった方がこいつらの為だと思うがね?」


 捕縛した山賊たちを見ながら、コパスさんが怖いことを言っている。


「知らん。わざわざ殺してやる義理はない」


「もしこいつらを置いてって逃げたりしたら、また誰かが襲われるんだぞ?」


「もうすぐ町に着くんだろう?そしたら邏卒に知らせて捕まえるように言えばいい」


「だから、その間に仲間がやってきて助けたりしたら意味がないだろう!」


「……その時は俺がまた山賊を見つける」


「やれやれ……本当に頑固だなあんたは……。わかったわかった。こいつらはこのまま置いていく!そのかわり町まで急ぐからな!乗り心地に文句はいうなよ!」


「すまん」


 アヒルさんとコパスさんが口論をしていたようだが、なんだかんだでコパスさんが折れたようだ。たしかに山賊は怖いけど、私はあんまり人を殺したりするのは嫌だし、アヒルさんにも人殺しなんてしてほしくないと思う。


「ハイヨー!」


 コパスさんが鞭を振るうと、二匹の馬が力強く地面を蹴って駆けだした。

 宣言通り乗り心地は最悪……、でもない。衝撃に備えてギュッとお尻に込めた力を緩める。


「あれ?思ったよりもガタガタしませんね」


「……そうだな」


 なんとなく不思議な乗り心地を感じながら、馬車はこの二日間で一番の速度で街道を驀進した。

 

 小雨が降りだしていることには、気づかなかった。

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