受難その⑤

―いちいち呼び方恥ずかしくないですか?カッコいいと思ってます?名前だけでいいですよ?


「やかましいっ!建物が崩れる!私が抑えてる間になんとかしろ!」

 緊迫する状況の中、すっかり世俗にまみれた魔物の毒舌が頭に響く。順応しすぎだろう。


―はいはい


「ハイは一回!」

 まるで思春期の子供と父親のような会話を交わしながら、オイデクレスは走る。

 

 突然出現した高い天井に届く程の巨大な翼竜ドラゴンに、パニックを起こした警備兵達が魔物狩り用の銃を連射する。

 銃口前の空間に詠唱環が表示され、術式が自動展開される。

 標的が自動的にロックオンされ、眩い光の波動が青銀の鱗に跳ね返った。竜は前脚で腹を掻いている。ダメージを受けた様子はない。


―わお、これも貴方が作ったんですか?イケてますね〜。でもちょっと威力弱いな。


「感想はいいから出入口の天井と壁を支えろ!」

 竜は翼を広げのっそり扉に向かう。さらなるパニックに陥った群衆が逃げ場を求めて逆流してくる。

 オイデクレスは手の一振りで破片を外に吹き飛ばし、テーブルの上に立ち上がって両手を振りながら大声を上げた。

「待て!!撃つな!それは私が呼んだものだ!危害は加えない!」

「これを?」

 上を見上げた最前列の兵士の一人が呆然と呟く。

「君!名前は?」

「トマス=ロックであります」

 我に返った彼は、上司の質問に背筋を伸ばす。

「あれが支えている間に君たちは客を外に誘導しろ。私は第二波に備える」

了解イエッサー!」

 オイデクレスはテーブルの上に立ったまま会場をグルリと見回した。

「皆さんも落ち着いてください!誘導に従って扉から外に出てください」

「何が起きたんだ?」

「テロか?」

「今は避難を優先してください!」

 あちこちから投げかけられる質問に、苛立ちを堪えて両手を広げる。

 ざわつきながらも少し落ち着いた客達は、誘導の声に従って女性を先にしてぞろぞろ移動を始めた。岩のように動かない竜の傍を恐恐こわごわ通り抜ける。


 オイデクレスは凶悪な顔つきで空を仰いだ。第二波が来る可能性を考慮して身構える。

 どういう事だ。攻撃は感知器センサーが反応せずあらかじめ張った防御壁シールドを通り抜けた―私が開発したアレの目を掻い潜るとは。


―ビビりのくせに自信過剰っすねえ。


「勝手に心を読むな。故意に切られればそれもこちらで感知出来る」

「プロフェッサー?」

「いや、君に言ったんじゃない。どうした?」

「最後の客が出ました。貴方も早く避難を」

「分かった」

 兵士に声をかけられて、テーブルから飛び降りた。

 エナメル質の靴が傷と埃だらけになっている事に気付きますます凶悪な顔になる。

 全身埃と細かい破片だらけだ。早く家に帰ってシャワーを浴びたい。


―いやー、こりゃまだ帰れないでしょうね。犠牲者の有無の確認とか上に報告とか調査とか色々あるでしょー?


 能天気に響く声にこめかみに青筋が浮かぶ―じゃあお前がやれ、ついでに犯人も捕まえてこい。


―そういうのは俺の仕事じゃないですよ。貴方以外の事に関わるのはルール違反てゆーかー。


 魔物は魔物なりのことわりに縛られているとでもいうのか、人間の些事さじに首を突っ込む気はないらしい。

 兵士の背中について行きながら、扉の近くで巨体を見上げる。仏頂面のまま青銀の鱗に手をかけて小声で告げた。


「全員離れたら戻れ」


―いえっさ〜♪


 あまりに軽い声が答えた時、再び空に閃光が走り、爆音と共に建物全体が崩れ落ちた―。

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