受難その⑥

「もう絶対外には出ない!」

 

 オイデクレス=コンラッド=セオドル=マーテリー3世は2階の寝室の天蓋付きキングベッドの上でお気に入りのブランケットを頭から被って泣いていた。


 あの迎賓館爆破事件の後、誰もがオイデクレスの生存を危ぶんでいた時、瓦礫の山から気絶した警護兵と彼を担いで現れたのは、小柄な秘書兼護衛だった。

 奇跡的に死傷者はなく、オイデクレスも気絶していただけで後遺症もなかった。人々は『奇跡の生還』と彼らを称賛した。

 テロか宣戦布告かと思われた事件も、その後犯行声明などもなく、現在捜査中である。

 オイデクレスは『療養』と称して、これ幸いと自宅に引きこもり中だ。


「だーかーらー。いい加減休んでられないでしょう。貴方事件の当事者なんだから。せめて寝室から出てください」

 ひっきりなしに訪れる見舞客と捜査関係者の対応に追われてニールは苛々している。

 オイデクレスは毛布の隙間から目だけ覗かせてぶるぶるとかぶりを振った。

「またあんな目に遭ったらどうする!死んだらお前に魂喰われるだろうが!」

「大丈夫ですよ。人間の寿命なんて短いですからね。いくらでも待てます。故意に傷つける事は契約上出来ないし、貴方が老衰でくたばるまで護って差し上げますよ」

 趣味なのかなんなのかフリルがたくさんついた白いエプロンを着けたニールはこの上なく優しい声を出す。

 

 手に持った蔓草文様のポットを頭上に掲げて、片方に持った同柄のカップにハーブティーを零すことなく注ぐ。無駄に器用だ。

 湯気の立つカップをサイドチェストの上に置いて、オイデクレスの前に直径5cm程の正方形の金属を投げて落とす。

「事件のこと気にならないんですか?情報収集くらいしたらどうです?」

 

 一見ただの滑らかなにび色の立方体キューブに見えるそれは遠隔鏡モニターと呼ばれ、横についているスイッチを押せば立体的な映像が現れ、通信に使える。

 他にも世界中のニュース・娯楽作品などを見ることが出来、拡大投影すれば臨場感溢れる4DX映画を楽しむことも可能だ。

 ニールはよくコメディとワイドショーを見てゲラゲラ笑っている。かなり俗世に染まっている。

 

 オイデクレスは渋々ブランケットから手を出してスイッチを入れた。

 迎賓館爆破事件はもちろん、突然出現した翼竜ニールの事も話題になっていた。

 他に南洋の海上で故障した小型飛行船、漁獲量が減った港の映像、何も取らない銀行強盗、株価の違法操作未遂事件、自動車会社のリコール問題などのニュースを、指で立体映像を操作しながら次々流し見ていく。


 ハーブティーをすすりながら見ていたオイデクレスの顔色が次第に青くなり始めた。

「おい、ニール…」

「なんですか?」

 ベッドの端にちょこんと腰掛けて、もう一つの遠隔鏡モニターで幼児向け教育番組を見ていたニールは主人マスターのあまりの顔色の悪さに眉を顰める。

「……このニュースは全部私がセキュリティの技術開発に関わったものだ」

「マジすか」

「……狙われているのは…私か?」

 オイデクレスは呆然と呟いた。


 その時、階下から来客をしらせるチャイムの音が高らかに鳴り響いた。

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