受難その③
レセプションパーティーの迎賓館会場は人で賑わっていた。
立憲君主制国家でもあるウェセル国の王太子の生誕を祝うパーティーでもある。
各国から招待した着飾った紳士淑女が和やかに談笑し、心地良い弦楽器の音色が会話を邪魔しない音量で流れている。
アーチ型の折衷ゴシック様式の高い天井は全面ガラス張りで、梁から吊るされた籠に入れられた
幻燈虫は虫とはいっても実は精密な機械で、オイデクレスが開発したものだ。
パーティーのクライマックスには籠から解放して点滅させながら会場内を飛び回らせる予定だ。
艶消しの黒い燕尾服に着替えたオイデクレスは、青いシャンパンの入った細めのフルートグラスを片手にムッツリと壁に寄りかかっていた。
現在調査中だが、彼を追跡していた者達の正体は未だ不明。懸念材料が残ったままな事に苛立ちと不安が募る。
グラスは渡されたから持っているだけで口をつけてはいない。
下襟が上向きに尖ったピークドラペルは艶のある
どこからどう見ても立派な美丈夫であるのに、眉間に寄った深いシワが邪魔をして『悪の帝王』にしか見えない。
今ところ問題はないが、今夜は対魔法攻撃の警備主任でもあるので、周囲への威嚇にはなる。
「帰りたい…」
だがしかし呟かれるのは情けない言葉だ。
「まーだそんな事言ってんですか。貴方も何か喰ったらどうです?」
同じような格好に青銀色のポケットチーフを胸に
「…食べ過ぎだろう、ニール君」
「人間の料理は旨いですよね。まあ、生の処女肉が一番旨いですけど」
頬が膨らむほど口いっぱいに食べ物を頬張りながら、さらっと物騒な事を言う。
「どうやって喋ってるんだ?人間は食べるなよ」
「見たところ処女はいなさそうだから大丈夫です」
「そういう事じゃない」
思わず
「相変わらず怖い顔してるな〜、デクレス」
親しげに声をかけて来たのは、ジルベルト・ヴィアーノ・エンツィオ・ド・ヴェネストという、オイデクレスに負けず劣らず長ったらしい名前の男だった。
海を隔てた大陸某国の大使で、彼がエルバートに留学していた頃の
ウエーブのかかった薄茶色の髪、
「君も相変わらずだな、ジル…触らないでくれないか?」
馴れ馴れしく肩を組んでこようとするのを仏頂面で
ジルベルトは
「そんな怖い顔してたら御婦人方も怯えて寄ってこないぞ?」
「来なくていい。女は苦手だ」
「まだ引きずってんのかあれを」
「黙れ」
「おー、こわ」
ジルベルトは大袈裟に肩をすくめた。ふと、オイデクレスの影に立っていたニールに気付き、片眉を器用に上げる。
「彼は?」
「ニール=フレイズ。私の秘書兼護衛だ。ニール、こちらはジルベルト・ヴィアーノ・エンツィオ・ド・ヴェネスト大使。私の学友だ」
「はじめまして」
ニールは一応人間らしい体裁を取って
「こんな可愛い坊やが護衛なのか?」
「こいつはれっきとした大人だ」
「ああ、そっちか」
「何が?」
怪訝な目を向けると、ジルベルトは分かっていると言いたげにしたり顔で頷いた。
「女は苦手だもんな」
「は?」
「君の心を尊重するよ。愛は素晴らしい」
「何を言ってるんだ、さっきから」
「恋人だろ?可愛いなあ」
『はあ!?』
オイデクレスとニールは2人同時に声を上げた。ニールはオイデクレスの袖を急いで引いて小声で囁く。
「ご
「いいと言いたいところだが、
「どういう恋愛脳だよ、バターケーキみたいな顔しやがって」
「人間を食い物に例えるのはやめろ」
額を寄せ合ってコソコソ言い合っているとジルベルトが呑気に笑う。
「仲がいいねえ」
『違う!』
再び2人が叫ぶと同時に、照明がフッと落ちた。
複数の管楽器による軽やかなメロディに乗せて、籠から放たれた幻燈虫が明滅しながらにふわふわと飛び交う。
幻想的な光の乱舞に会場から溜息が漏れ、
オイデクレスが上を向いて自分の仕事に満足していると、突然、夜の空に眩い閃光が走った。
続く爆音にガラス張りの天井が一斉に破れ、鉄の梁やガラスの破片が雨のように降り注ぐ。
あちこちから悲鳴が上がり、会場は一瞬にしてパニックに陥った。
オイデクレスは無詠唱で広範囲の
衝撃で柱も傾きかけている。このままでは建物自体が崩れる。
「ニール!!」
「はいよ」
呼べばあまり緊迫感のない声が答える。
オイデクレスは渾身の力を込めて叫んだ。
「フレイズルの息子、ファーヴニルよ!我が名において命ずる、その真の姿を現せ!」
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