受難その①

 バウンッ!!

 道路の段差で車体が激しく弾む。オイデクレスはシートベルトを掴んでガタガタ震えながら巨体を丸めていた。

 心の中で内部に影響の出ない緩衝装置をつけようと決意する。


 海洋に浮かぶ風光明媚ふうこうめいびな島ウェセルの首都エルバートは、元は王城だった中央の省庁を中心に放射状の町並みを形成している。

 郊外から奥に入った下町ダウンタウンに住んでいるオイデクレスは毎日嫌々ニールに引きずられながら車で通勤していた。

 

 深緑で前に長いクラシック仕様の2シーターの愛車は、自分で手を加えて安全に特化した機能をガンガンに装備している。おまけに毎回乗る前は30分は点検する。

「ニ、ニール君。もう少しスピードを落としてはどうかな?私が運転してもいいんだぞ?」

「ヤですよ。貴方に運転させたら婆さんが散歩するくらいのスピードしか出さないじゃないですか。誰かさんのせいで遅刻寸前なんですから黙っててくださいよ」

 口の悪い秘書は横柄な態度で窓枠に肘を掛け片手でハンドルを操る。

 オープンカーだが防御壁シールドに守られて風の影響など受けないというのに、黒い風防眼鏡ゴーグルを着けて鼻唄を歌い始める。魔物の癖に人間臭い形から入るやつだ。

 カーブを曲がる遠心力に黒い本革の内装に押し付けられたオイデクレスは蒼白になって呟く。

転移魔法環テレポーターを使えば良かった」

「あれ使うと高くつくから駄目って言ったの貴方じゃないですか。経費で落としゃいいのに。金持ちの偉いさんの癖にホントみみっちいですよね」

「ぐぬ…」

 ああ言えばこう言う彼に何も言い返せず口をつぐむ。こいつと契約したのは間違いだったかもしれないと密かにほぞを噛む。


 膨大な魔力を持ち、遠く辿れば王の系譜にまで行き着く由緒正しき貴族の次男に生まれ、魔法と工学を組み合わせた魔導具をいくつも開発した彼は、特許で得た金を持っていた。

 本来生まれ持った魔力量は個人差があるが、魔導具を使う際ばらつきが出ないように魔石を埋め込んだ道具に改良したのだ。


 加えて彼は先祖から受け継いだかなりの額の個人資産を有していたが、本人は至って欲がなく下町の集合住宅セミデタッチハウスを改造してつましく暮らしている。

 他人に自分の物を触られるのが嫌だという理由で使用人も置かない為、ニールの仕事は多岐に渡っていた。


「あー、魔物遣いの荒い主人マスターを持つと苦労しますよ。金かかるのヤだったら俺が姿で飛んで運んでもいいですよ、チャチャッと」

「それが主人マスターに対する態度か!そんな事したら町中大騒ぎになるわ!それに私は高所恐怖症である!」

「偉そうに言うことですか?それ」

 顔に本気の軽蔑を浮かべたニールだが、制御盤タッチパネルに目線を遣り細眉を顰めた。

「さっきから同じ車につけられてますね」

「何?」

 そっと振り向いて目視すれば、目立たない黒の流線型のクーペがひっそりついてきている。


「撒くのめんどくせえな。幻惑ステルス機能とか搭載してないんですか?」

「つけるかそんなもの。危ないだろうが」

「ぶつけられても防御特化じゃないですかこの車。大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃない。他人が怪我したらどうする」

「役立たずだな。こんな目立つ車狙ってくださいって言ってるようなもんでしょう。貴方一応偉い人なんですからね?」

「私の唯一の趣味を馬鹿にするな」

「すーみーまーせーんー」

 ニールは適当な返事をしながら制御盤に浮かんだ青く光る魔法円をポチポチ操作する。

 

 丈夫な魔獣の革で作られた幌がスルスルと上がる。外側のボディーの色が少し暗い色に変わり、内部の空間は変えないまま高速走行用に細身の流線型に変化する。

「行きますよー、吐かないでくださいねー」

 良い笑顔で告げるなりギアをオーバートップに入れてアクセルを力強く踏み込む。

 景色が急速に後ろに流れ、身体に凄まじいGがかかり、オイデクレスは悲鳴を上げた。

「ぎゃああああ!!止めろーー!」

「喋ってると舌噛みますよ。変なクラシック仕様にしてないで自動制御にすればいいのにねえ」

 ニールは楽しそうにハンドルを切る。交差点でタイヤが軋むような音を立てて車体が横に滑る。

「死ぬーー!!もう嫌だ!もう帰る!」

「あははははは!楽しくなってきたー!」


 後をつけていた黒い車がどんどん遠ざかっていく。

 縋るものもなくシートベルトごと我が身を抱き締めたオイデクレスは、緩衝装置の他に幻惑ステルス機能をつけるべきかどうか本気で検討し始めていた。

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