data_178:ヒナトの帰還
もう一度ここに戻ってこられるなんて思わなかった。
またみんなの顔が見られるなんて思わなかった。
そして、復活した直後からソーヤに小一時間泣きながら説教される羽目になろうとは、これまた全くこれっぽっちも思ってはいなかった、ヒナトであった。
しかも忙しいことに、叱られている間もみんなが放っておいてくれない。
横から誰ともわからない手が伸びてきて、タオルでわしわし撫でくり回されるように髪を拭かれたり、熱いココアを飲まされたりと、休む暇がない。
ココアに関しては寒かったし美味しかったのでとてもすごく非常にありがたいけれども。
「……っとにおめーは、大事なことに限って俺に説明も相談もしやがらねえ……ッ」
「ごッ、ぇん、なさ、……けふっ」
「滑舌が戻らないな」
「呼吸したときに保存液を飲んだんでしょ。あれかなり粘度が高いから」
「それじゃあ、うがい代わりにココアおかわりする? ヒナちゃん」
「お白湯のほうがいいんじゃないかしら。甘いものは余計にねばついちゃうし」
「じゃ俺やかん取ってくるわ! 他に要るもんある? 腹とか減ってね?」
「……プリンをやってもいいぞ」
とまあ、こんな調子でみんながヒナトとソーヤを取り囲んでやんやと騒いでいた。
こんなに賑やかなGHなんて見たことがない。少なくともヒナトがいなくなる前までは、こんな光景は見られなかった。
みんなの意識が自分に向けられているのがわかって、なんだかこそばゆい。
相変わらず仏頂面のサイネとユウラ。でも今日はちょっとだけ嬉しそうにしている気がする。
美しいタニラと、爽やかなエイワ。二通りの笑顔が温かい。
アツキもいつもどおり優しいし、どういうわけかニノリもプリンを分けてくれるという太っ腹だ。
そして、彼らの背後から、ちょっと遠慮がちに顔を覗かせた懐かしいふたり。
ワタリとミチルは、それぞれ手に何か持っている。
「みんなそれくらいにして、一旦離れてもらっていいかな。そろそろ医務部からベッドがくるから」
「あと服着せるから男は出てって」
その言葉にみんながぞろぞろと離れていく中、ヒナトはようやく己の恰好に気づいた。
毛布一枚、その下は全裸だ。水槽の中にいたのだから当たり前だが。
つまり胸から尻から何から何まで、ソーヤおよび全ソアに見られたということだろう。
「ぎ……ゃ……――ッ!?」
まともに声が出せないままだったので、ヒナトの悲鳴は悲しいほどに掠れていた。
ともかくそのあと、締め付けのないゆったりとした服を着せられたヒナトは、到着したキャスターつきのベッドで医務部へと運ばれた。
そこであれこれ検査をした。
ほんとうに問題なく復活したのか、どこかに異常や不具合が残っていないか確かめるために。
検査をしながら、職員たちも嬉しそうな顔をしていたのは気のせいではないと思いたい。
復活できてよかったなあと呑気に思いながら、合間に白湯を浴びるほど飲んで、終わるころにはだいぶ喋りやすくなっていた。
最後まで付き添ってくれたのは意外にもミチルだ。まだ手足は上手く動かせなかったので、検査のためにめくれた服の裾などをその都度直してくれたりもした。
しかも顔が強張っていない。
自分がいない間にいろいろ変わったみたいだな、と鈍感なヒナトでも感じるほどだった。
それに、思えば、みんな少し大人びていた気もする。
顔もそうだが、とくにニノリは背が伸びていた。前はヒナトと変わらないくらいだったのに。
……どことなくミチルの胸部も増えている気がする。
ヒナトはそっと視線を下にやったけれど、残念ながら己のそのあたりはほとんど育った気配がなかった。保存液からの最低限の栄養だけでは足りなかったか……。
それにミチルの最大の変化といえば、髪型だ。
「……髪、のびた?」
「え? ……あ、ああ、伸ばしてるから」
「いーな。みつあみ、かわいい。それ、自分で、やった?」
「うん。……タニラちゃんが教えてくれて」
「え! よかったね」
ミチルは無言で頷いた。
それがなんだか無性に嬉しくて、ヒナトもふふんと鼻を鳴らす。
それに呼びかた、前はタニラのことをちゃん付けなんてしてなかったはずだ。
もっといろいろ話を聞きたい。
ヒナトがいない間にどんな変化があったのか、ミチルだけでなく他のソア全員に聞いて回りたい。
そもそもどれくらい経ったのだろうか。どうやら二、三ヶ月程度ではなさそうだけれども。
ずっと眠っていて、窓を見ていないから、今は季節もわからない。
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