data_161:枯れて彼岸の花となる①

 もともと彼のことが好きではなかった。

 嫌いというほどではないが、どちらかといえば苦手だった。


 だって彼ときたら自分勝手でわがままで、そのうえ人に口出しせずにはいられない性格をしていたから。


「あっ、また本ばっか読んでんな! たまには身体動かせって言っただろ!」


 だから極力彼の目につかないように振る舞った。

 そうでなくとも生来あまり声が大きいほうではないし、じっとしているのが苦にならない性質だから、むしろ目立とうとするほうが難しいくらいだ。


 なのに彼は目ざとくこちらの一挙一動を見とめては、しょっちゅう突っかかってくる。


「ちょうどいいから付き合え、あっちでボールゲームやってんだ」

「今これ読んでるから……」

「あとにしろ! ほら、立てってば」

「……はぁ」


 ほとんど引きずられるようにして、彼のスペースに連れていかれる。

 他の子たちも苦笑いでこちらを見ているけれど、誰も彼に直接文句を言ったり止めたりしないのは、そんなことをしても無駄だとわかっているからだ。


 でも、彼は嫌われ者ではない。


「ワタリくん、ごめんね。私このあと検査で入れないから、人数が足りなくて」

「……みたいだね。しょうがない……二、三回で済めばいいけど」

「はは、そりゃどーだろ。とりあえずワタリのポジションはこっちな」


 なんだかんだ言っても、みんな彼のことが好きだった。

 とくにいつも一緒にいるタニラとエイワなんかはそうとしか考えられない。


 彼の周りはいつも明るかった。

 華やかで楽しそうで、少し騒々しいくらいに賑やかで、いつも誰かの笑い声で満ちていた。

 大人しくて引っ込み思案なワタリとは、真逆だ。


 彼に無理やり付き合わされなければ一生やらずに終わった遊びがいくつもある。

 他の子たちと話す回数も、きっとずっと少なかっただろう。

 あまり雑談は得意じゃないし、それが女の子相手だとなおさらだったから、それこそタニラに自分から話しかけたことなどない。


 だから、ソーヤがいなければ、きっとこんなふうには過ごせない。


「もっとはっきり言えばいいのに。迷惑だって」

「無駄だろうけどな……」

「まあね。で、そういうあんたも何回言ってもわかんないみたいだけど、一応もっかい言うよ? 鬱陶しいから少し離れて」

「……何センチくらいだ?」

「距離じゃなくて時間で訊きなさい。とりあえず三十分。……あ、やっぱり距離も一メートル」


 性格に問題があるソアは他にもいるし、特別ソーヤだけが問題児というわけでもない。

 というか全員、何かしら、ちょっと変わったところがある。

 ワタリだって他のソアからしたら変わり者に映るのかもしれない。


 少なくともソーヤにとっては、ときどき眼をかけてやらないとすぐ奥のほうに引っ込んでしまう地味なやつ、くらいに思われているらしかった。


「ソーくん、投げてもいーい?」

「おう、いつでも来いよ!

 ……おいワタリ、ちゃんと見てっか? あれ落としたら減点ってルールだかんな?」

「わかってるよ」

「俺、遊びだろうと負けんのは嫌いだぜ」

「知ってる。……あ」


 いちばん困るのは、彼の好む遊びの多くが身体を動かすもので、ワタリはそれが滅法苦手だということ。

 運動神経の問題ではない。

 眼帯のせいで距離感を掴みづらく、だからボールを落としたくらいならまだいいほうで。


 頭で受けてうしろにひっくり返ることも少なくない。

 ガーデンの床は柔らかい絨毯敷きとはいえ、転べば少なからず痛かった。


「大丈夫~?」

「……だから嫌だったんだけどなぁ……」

「何やってんだよー! ったく、しょうがねえな。

 ちょっとこいつ医務つれてくわ! てわけで一回、解散! 各自自由に行動してよし!!」


 もう少しゆっくり立ち上がりたいと思っても、ぐいと腕が引っ張り上げられて、ワタリはやはり引きずるようにして連れ出された。

 ソーヤの言動は原則的に問答無用で傍若無人、天上天下唯我独尊といった言葉が似つかわしい。


 まだ肘やお尻がじんじん痛むのに、歩くペースさえ自由にはさせてもらえない。

 エレベーターに乗ってようやくほっと一息ついたはいいが、どうせ帰りもこの調子だろうと思うと、ワタリは小さく溜息をついた。

 それをやはり、ソーヤは見逃してくれない。


「なんだよ辛気くせえな。そんな痛いのか?」

「いや。……あのさ、ひとりで行けるから、戻っていいよ」

「ダメだ。おまえすぐコケるからな、してねーと」

「何もないとこでは転ばないよ……そんなに言うならなんで僕を入れたの? 勝ちたいなら僕がいないほうが効率いいよ」



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