data_162:枯れて彼岸の花となる②
「はあ? バカか?」
ソーヤは心底呆れたという顔で言った。
「効率って、それ極論言うと俺以外誰も要らねえってことになっちまうだろ。
それじゃあつまんねえよ。ちっとハンデつけて、その上で戦略を練るのがあの手のゲームの趣旨だろ」
桁違いの自信とめちゃくちゃな理屈に、斜め上の解釈を織り交ぜた暴論だった。
今度はワタリが呆れてしまって二の句が告げない。
反論しなかったのをどう捉えたか、ソーヤはさらにぺらぺらと続けた。
「それにおまえが何にもできなくなるじゃねえかよ。わざわざ自分が損な提案してくるとか、おまえマジで何考えてんだ? 訳わかんねー」
「わ……訳わかんないのはこっちだよ……べつに放っといてくれていいんだけど……」
「だからそれがつまんねえっつってんだろ?」
エレベーターが目的の階に着き、チンと音を立てて止まる。
扉が開くのを待ちきれないというようにそわそわしていたソーヤは、やはりワタリの腕をひっつかんで、有無を言わせず下りさせた。
そんなことしなくても一緒に降りるのに、と思いつつ、ワタリはやはり黙って従う。
たしかにサイネの言うように、たまには拒絶したほうがいいのかもしれない。
引っ張られたら痛いし、球技は苦手だからあまりやりたくない、ほんとうは部屋のすみっこで一人で本を読んでいるのが好きだから邪魔しないでほしいと、はっきり言ったほうが。
でも、ソーヤが聞き入れてくれるはずがない。
「いろんな奴がいたほうが面白い。ちっとぐれートロいからって、ハンパにしたくねえ。
それにおまえマジで放っとくと一日じゅう本かパズルしかやらねーじゃねえか。もうちょい運動して筋肉つけとかねーと、ヒョロヒョロじゃあ休眠後のリハビリがすげえキツいらしいぜ」
それに横暴であっても、こういうときはきっちり正論を投げつけてくるのがソーヤなのだ。
彼自身、理に適った正しいことをしていると自負しているからこそ、言葉や行動に揺らぎがない。
だから、苦手だった。
こうして理詰めで責められたら逃げ場がない。
それで毎度、結局少しも反論できないまま彼に従って、ほんとうに心からうんざりする日だってある。
それでも、やっぱり、嫌いにはなれないのは。
「じゃ、俺ここで待ってっから、診てもらってこい。何ともないといいな」
「よっぽど大丈夫だと思うけどね。……ありがと」
彼のその、自信の漲る態度や言葉に、ときどき妙に励まされる。
あまりに強烈で激しい恒星のような輝きに――たぶん心のどこかで、ひそかに憧れていた。
その彼を。
ワタリは、この手で永遠に葬った。
自分が何をしでかしたのか、すぐに知ったわけではない。
同期たちが休眠に入ってしまい、ひとり残されたワタリは絶望の淵に腰かけながら、毎日ラボに入り浸ってコンピュータを弄り回していた。
忙しい職員たちはそんなワタリを放っていたから、いくらでも内部に侵入できた。
鬱憤を晴らすためにあちこちで悪さをしたが、元が小心者だったから、どれもこれも花園に大した影響を与えないものばかり。
けれどそのちっぽけないたずらが、悲劇の種となった。
植木鉢の管理システムに干渉したのも偶然だ。
手当たり次第に覗きまわっていただけで、何か意図をもって選んだわけじゃない。
ただ同期たちが健やかに眠っていることを数値上で確かめたとき、ワタリはひどく惨めだった。
彼らは何も知らないで、オペラの上で呑気に寝ているのだと思うと腹も立った。
それでも、ひとつだけ弁明することが許されるのなら、ワタリは誰かを攻撃しようなどとは思っていなかった。
休眠の重要性も理解していたし、それを邪魔してはいけないことも承知していた。
だからそのとき操作したのは未使用の植木鉢で、オペラのためだけに稼働中となっているそれを、事故を装って停止させた。
それで職員が少し慌てればいい――それくらいのつもりだった。
誤算は管理システムが古いままだったこと、そしてメンテナンスが不十分だったこと。
どちらもワタリが知りようのない事実で、だから、その結果何が起こるかなんて、予想できるはずもなかったのだ。
ワタリが停止させた植木鉢に連動して、勝手に他の植木鉢がいくつかエラーを起こして緊急停止した。
その中のひとつに眠っていたのがソーヤだったのだ。
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