data_159:神の御業
昔、といっても十数年ばかり前のこと、ある女性ソアが妊娠した。
相手も同じくソアであり、それまでソア同士の交配など実験としても行ったことがなかったため、それが花園で初の事例となった。
彼らの子はアマランス処理こそ受けていないが、生まれついてソアと同等の高い能力を備えていた。
しかし特記するべき事項はそこではない。
花園ではその子どもを便宜的に天然ソアと呼んでいるが、天然ソアはアマランス疾患、つまり自己淘汰機能を克服していたのだ。
ある意味それで、この研究は完成したとも言える。
しかし研究を続けるか否かの判断をするのは現場の人間ではない。
上層部は短い議論によって、研究の続行を決めた。
天然ソアのような『完成されたアマランス・ベビー』を人工的に造りだすことが、花園の新たな目標となった。
そしてまた数多のソアが「第二世代」として製造された。
彼らには予めアマランス処理とともに、天然ソアの遺伝子が組み込まれている。
それにより問題のある部分だけが上書きされる、はずだった。
理論的には可能だったが、実際に行うとかなり高い確率で拒絶反応が出ることがわかった。
第二世代のソアの幼年死亡率が急激に上がってしまったのはそのためだ。
一方、比較的楽に対処できたのが、天然ソアが生まれたのと同時期に作られた最後の第一世代のソアだった。
彼らは天然ソアの遺伝子を組み込むことができなかったけれど、代わりにひと手間かけて移植処置をとることができたのだ。
そのために作られたのが、天然ソアの細胞をベースとして作られた万能細胞だった。
絶対に拒絶反応を出さず、速やかにエラー部分のみを修復する。
ソアにとって救世主となるこの細胞を、ラボは万感の思いを込めて
いつでもすぐにオペラを移植できるようソアの人数分の用意がなされたが、問題は、オペラ自身には増殖能力がないことだった。
誰かの細胞に移植して初めてそれは仕事をする。それ単体で保管しても、いつか腐って使えなくなる。
そこでラボはオペラに基盤となる人体を造り、それを植木鉢に封入した。
彼女、あるいは彼には、自我はない。
必要な時に必要な量だけ取り出され、それ以外では、植木鉢の底でずっと眠り続けている。
――そのはず、だった。
「ミチルはその培養ベースになったソアで、オペラたちはみんな彼女のクローンだ」
「……あいつも……?」
「ああ。だから顔や背格好が似てる。……本来ならおまえに合わせて男性体になるはずだったところを、そのための休眠が途中でストップしたんで女のままだった」
ソーヤは己の手のひらを見つめた。
人間の視力では捉えられないほど小さな細胞が、無数に集まって形作られている。
もしかしたらこの指が、掌が、その内側の骨や、脂肪、筋肉、神経のどれかが、あるいはすべてが。
想像すると胃がまた握りつぶされたような心地がして、ソーヤは呻いた。
すぐにワタリが背中をさする。
その気遣いがありがたいはずなのに、どうしても心の内で、これが彼じゃなかったらと思ってしまう。
今こうして横にいるのがあの子だったなら。
大丈夫ですよ、あたしはここにいます――そう言ってくれたなら、どんなにいいか。
「……ごめん」
まるでソーヤの心を見透かしたように、なぜかワタリが小さな声でそう言った。
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