data_151:三つのオフィス①第一班

「ミチルおまえ相ッ変わらずだな……俺が帰ってきた日くらい、ちっとは愛想よくしようとか思わねえのか?」

「なんでですか? その必要あります?」

「あるね。大いにある。早けりゃ明日の午前からでも復帰していいっつー話なんだが、それにあたって俺のモチベーションを左右すんのはオフィスの空気だ。もっと明るく和やかにしろ」

「無理ですね。もともとこういう性格なんで。嫌なら秘書を変えてください」


 すらすらとまあ淀みなく返してくるミチルに、ソーヤは肩を竦めるしかなかった。

 まったくもってかわいげがない。

 どうしてこれを秘書にしたのか過去の自分を問い詰めたい気持ちでいっぱいになりながら、とはいえじゃあタニラあたりとトレードするかと言えば答えはなぜか、ノーであった。


 とにかく立ちっぱなしも癪なのでひとまず椅子に腰を下ろす。

 久しぶりの感触に少し満足していると、まだ顔をこわばらせたワタリが、そのままの調子で話しかけてきた。


「ソーヤ……もう、身体はいいんだよね……?」

「ああ。今のとこ検査もオールクリア、順調すぎて俺自身も驚いてるぐれーだよ」

「……そっか」


 ワタリは小さく頷く。

 まだ不安げというか納得いかないような気配はあったが、それ以上は何も言わないので、ソーヤも黙っておいた。


 しかし、何か足りない。

 妙な違和感を覚えたソーヤは座ったまま室内をぐるりと見回したが、とはいえオフィスの風景は記憶にあるのと寸分違わず、しいていえばちょっと片付いているくらいなものだった。

 前は乱雑だったファイルがきれいに並んでいるから、それが気になるのだろうか。


「……ミチル、棚の整頓したのか」

「はい? ……ああ、ソーヤさんがたくさん持ち出したんで、戻すついでに日付くらいは揃えましたけど」

「意外と気が利くな」

「一言余計です。あと今さらですけど何しにきたんですか?」


 ミチルはそこから先を声には出さなかったが、明らかに顔と口が、正直さっきから邪魔です、と言っていた。


 かわいくないにも程がある。もう少し班長の帰還を喜ぼうとしないものか。

 たとえ内心では邪魔に思っても態度に出すなとか、表面上くらい取り繕えとか、一瞬でいろんな感情がソーヤの内に去来した。


 それでも怒りをぐっと堪え、ソーヤは返す。


「何って……おまえの顔、見に」


 口に出してからはっとした。

 なんというか、これでは語弊があるような気がする。

 それにほんとうは「おまえの」ではなく「おまえらの」、つまりワタリを含んだ表現にするつもりだったのに、言い間違えてしまった。


 しかし少し慌てるソーヤとは対照的に、ミチルは先ほどまでと一℃も変わらない冷たい目線を送ってきただけだった。


 もはや虚しささえ感じるというか、ソーヤの中で何かがちょっと傷ついた感じがする。

 むろんその程度でめげるようなヤワな自尊心など持ち合わせがないので、嫌な気分を吹き飛ばすべく鼻をフンと鳴らしてから、ソーヤは立ちあがった。


「用も済んだし帰って寝るわ。また明日な」

「……うん、また明日」

「おやすみなさい」


 ミチルはこちらを見もせずに、言葉もどこか棒読み気味である。

 彼女の少々ひどい態度と、逆にやたら気遣うようなワタリの声音とがちぐはぐで、ソーヤはなんとも言えない気持ちとともに椅子をデスクの下に押し込んだ。


 とはいえ、どちらの心情もわからないではない。

 ワタリは単に病み上がりのソーヤを心配しているだけなのだろうし、ミチルにしても、仕事をするわけでもないソーヤがここにいても実際のところ邪魔になるのは事実なのだから。

 それにもしかしたら、彼女なりにソーヤを休ませようとして不器用な言い回しをしているだけ……なんてことは、さすがにないか。


 そのままオフィスを出て、階段を下りながら考える。

 連絡通路は二階だが、どうせなら三階にも少し寄っていって、二班と三班にも一声かけるか、と。



 →

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る