data_139:初手は上々
ミチルは情感たっぷりに語った。
ほんとうは自分が第一班に所属するはずだったが、ソーヤの休眠事故によってすべてが狂ってしまったこと。
そのためにミチルは長いことみんなの前に出られなかった──幻の十一階にある秘密の部屋という名の牢獄に、まるで罪人のように閉じ込められていたからだ。
それをずっとソーヤのせいだと思って責めていた。
ヒナトも同罪だと思って憎んでいた。
だから彼女にひどい言葉をかけた……けれどソーヤに向かっては、彼もある意味では被害者だと知っているから、直接責める気にはなれなかったのだと。
それは概ね事実で、そして、多分に脚色と嘘を含んでもいた。
最大の嘘はもちろん「謝りたい」と言ったことだ。
そんな気持ち微塵もあるはずがない。
むしろ逆で、この件について最大の被害者である自分に対して他の全員が頭を下げて謝るべき、くらいに思っている。
涙ながらに語るミチルに、ソーヤは息を呑んで話に聞き入っていた。
「でも、あの子を責めても仕方がないですよね……それで、あたし、あの子にも謝りたくて……ソーヤさんに力を貸してもらえないかって……こんなの、都合よすぎって思われるかな……」
「いや、その、大変だったな。……んなことになってたなんて、俺も知らなかった。
でもなんで俺? ワタリだって仲立ちくらいできんだろ」
「あなたが言ったじゃないですか。何かあったら、それが誰のことでもまず自分に言えって」
「あ、ああ、そうだったな」
頷きながら、何か考え込んでいるふうなソーヤを見て、ミチルは内心でほくそ笑む。
これはあくまで初手だが、感触は悪くない。
できるだけ憐みを誘うような言葉や仕草で、彼をこちら側に引き寄せたい。
いかにソーヤがヒナトに執着していようと、それがソアとして生まれ持った本能だか特性だかであっても、その良心に語りかけてしまえば容易に無視はできないだろう――それがミチルの目論見だった。
『かわいそう』なミチルを印象付ける。
そうすれば、ヒナトとミチルの関係について彼が何か物申そうとしたときに、ヒナトに肩入れしづらくなるだろう。
それをヒナトの眼から見れば、急にソーヤがミチルに優しくなったように映るはずだ。
「……急にこんな話してごめんなさい。聞いてくれて、ありがとうございました」
「あ……こっちも、なんだ。班長だしな。今まで事情を聞こうとしてなかったことは謝るし、こうして話してくれたのはありがたいと思ってる」
意外に、というのもなんだが、ソーヤの対応はミチルの想定以上に誠実だった。
弱っている者を見ると優しくしたくなるものらしい。
とくに彼のように自尊心の高い人間であればなおさらだろう。
それもミチルが彼の言葉に従い、彼を頼りたいという姿勢を見せたことで、ソーヤが持っているであろう庇護欲や虚栄心も刺激されたはずだ。
まあ、このさい理屈はどうだっていい。
要はソーヤをヒナトから引き離し、ヒナトを班内でもっと孤立させるのだ。
「ソーヤさん……次にオフィスに来れるときは、できれば先に、あたしに教えてほしいです。なんていうか、その……心の準備がしたくて……」
「そうか。いつになるかわかんねえけど、わかった」
彼は頷き、ミチルも満足して頷きを返す。
そしてそのまま立ち上がって彼に別れを告げ、病室を後にした。
これはあくまで初手、これから少しずつ回数を重ねて心証を積み重ねてゆかねばならないけれど、ひとまず結果は上々だ。
こちらの事情という重いカードを真っ先に切ったのだから、成功してくれなければ報われないが。
なんにせよ使えるものはうまく使わなければ。
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