data_138:花の色は移ろい気まぐれ
「お疲れさまです。差し入れ、持ってきました!」
にこりと笑って明るい口調でそう言われ、差し出された新しいファイルを受け取りながら、ソーヤは一瞬考える。
「ヒナ……じゃねえよな」
「え? どうしてそう思うんですか?」
「ブローチ」
平たい胸元を指差してそう言うと、彼女はいたずらっぽくくすりと笑った。
ヒナトは先日の外出以降、ひまわりのブローチを制服のジャケットにつけている。
それ自体はもともと彼女の趣味で始めたことで、決してミチルとの差別化のためにしたのではないが、外見で区別するときのちょうどいい判断材料となっていた。
もっとも普段は言動に違いがありすぎて、少し喋らせればすぐ見分けはつくのだが。
それにブローチの件がなくても今日ばかりはわかったと思う。
昨日あんな形で、事故とはいえ彼女にキスと呼べなくもないことをしてしまったソーヤを、ヒナトのほうからノコノコ訪ねてくるはずがない。
「もうバレちゃった。そうです、あたしはミチル。残念でしたか?」
「べつに……何しにきたんだ」
「え、だから差し入れですよもちろん。最近それをよく頼まれるってワタリさんに聞いたんです。ワタリさんもあなたの代理で大変そうだから、これくらいはあたしも手伝おうと思いまして。
それに、ついでにあなたのお見舞いもしたくって……」
答えながらミチルは壁際に立てかけてある折りたたみ椅子を取った。
それを広げてベッドの横に置くので、まさかと思ったら、当然だがそこに腰かけたのだ。
何を考えているのだろう。
ソーヤとミチルはまだ知り合って日が浅く、親しくはないどころか、どちらかというとその逆だ。
突然やってきて班内の空気を荒らした挙句にヒナトを追い詰めた彼女のことを、ソーヤは内心では今もまったく許していない。
したがって単独で見舞いになど来られてもちっともありがたくはないし、したい話もないのだが、ミチルはどう見ても長居する態度を示している。
「調子はどうですか?」
「どうもこうも、なんも変わんねえよ。良くはなってねえけど悪くもなってねえ」
「それは安心していいんでしょうか」
妙な質問に、ソーヤは怪訝な顔になるのを隠さなかった。
その表情を見てミチルは困ったように肩を竦める。
「……ごめんなさい。あたしなんかに心配されても迷惑ですよね」
「そうじゃねえけど……なんつーかその、今までとずいぶん態度が違うんで」
「ああ、……それも含めて、今日はあたし、あなたに謝ろうと思ってきたんです……」
ミチルはそう言って、立ち上がり、ソーヤの目の前まで来た。
そして半ば横たわった状態のソーヤに視線の高さを合わせるように、その場で床に立膝をついた。
少女の手がソーヤのそれをとり、きゅっと握られる。
そしてヒナトとそっくりな顔をしたミチルは、ヒナトがそうするのと同じように泣きそうな眼をして、ヒナトとそっくりな声で、ヒナトが言うのと同じような口調で続けた。
「今までごめんなさい。あなたがそんなに、ヒナトのことを大事にしてるなんて、知らなかった。
それにあたし……ずっと勘違いしてたんです。あたしの話、ちょっと聞いてくれませんか」
拒めるはずもない。
断れるはずがない。
ミチルは正確にソーヤの弱い部分を突いてきた、そうとしか考えられなかった。
気付けばソーヤは頷いていて、とりあえず座れよ、としか言えなかった。
頷き返したミチルは折りたたみ椅子を引き寄せ、ベッドにぴったりくっつくような状態で座ると、静かな声で話し始める。
──あたしはずっと、あなたを恨んでました。あなたとヒナトをね。
そしてそこから語られたのは、ソーヤが思いもよらぬ、ミチルが受けてきた信じがたい処遇だったのである。
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