data_132:違和感
隣でヒナトがミチルと何か話している。
「──だから、また今度改めてお茶汲み一緒にやろ。お互いのために!」
「なんで今日じゃないの」
「え、えーっとそれはほら、今日はあたし、ついでの用事があるから。えと……そう、倉庫とかね、寄らなきゃだしね?」
「ふーん」
「もちろん倉庫にある備品の場所だって、おいおいミチルにも覚えてもらうからね」
「あっそ。……作業の邪魔だから黙って」
「ごめん」
数日前までなら想像ができなかったようなやりとりだ。
会話と言うにはかなり一方的なものだし、まだミチル側の態度には問題があるけれども、それほど聞いていて不安を感じない。
なぜならヒナトの声に怯えや苦心の気配がなく、それどころか楽しそうですらあるからだ。
それは少し奇妙な光景でもあった。
ミチルは明らかに壁のある対応をしているというのに、ヒナトはまるで親しい友人と話すような明るい調子で振る舞っているので、両者の温度が違いすぎるのだ。
「……ついでの用事ってなんだよ?」
気付いたらソーヤは口を開いていた。
ヒナトが口走っていたことで、それ自体に興味が引かれたわけではなく、なんでもいいからヒナトに話しかける口実が欲しかっただけだ。
うぐいす色の瞳が四つも並んでこちらを見るものだから、一瞬眩暈がしそうになる。
すぐにミチルは顔を逸らしたので大事には至らなかったが。
ヒナトはちょっと驚いたような顔で、丸みのある頬を少し赤らめながら、聞いてたんですか、と言った。
「大したことじゃないですよ、え、えと……ティッシュの予備とか、取ってくるだけでっ……。
あ、……あ、そうだ! お茶汲み、そろそろ行こうかなーと思うんですけど、ソーヤさん何がいいですか!?」
なにか誤魔化そうとしているらしいが、相変わらず嘘が下手だ。
正直言って、医務部にいる間かなりまめに水分補給させられているものだから、今のところ喉は渇いていない。
それでも考えるよりも先に、ソーヤはこう答えていた。
「……コーヒー、おまえの淹れたやつ」
「え、……あ、はい! 了解です! じゃあ行ってきます!」
なにか妙にドタバタしながらヒナトは出て行った。
彼女が無駄に騒がしいのは珍しくもないが、その原因がよくわからないことにソーヤは訝り、そっと視線をワタリに送る。
副官もちらりとこちらを見ていた。
それで互いに何を通じ合えたわけでもなかったが、同じ違和感を共有しているらしいのだけは察することができた。
むろん、あれほどあからさまに挙動不審なようすを見たら誰だって何かあると思うだろう。
少し気になって反対側──ミチルのほうも窺ってみる。
彼女は食い入るように画面を睨みつけていて、それもどこかわざとらしかった。
こちらの視線に気づいたミチルが、少しうるさそうな顔で口を開く。
「なにか用ですか?」
「いや……すっかり馴染んでんな」
「もう一週間経ちましたから」
そんなことが言いたいわけじゃないと思いつつも、さすがに何の根拠もなく詰問するほどソーヤは考えなしではない。
ほんとうは訊きたかった。
ヒナトのようすが妙だが、何か知っていることはないのか──もっと言うと、ミチルが彼女に何かしたのではないかという疑念を抱いている。
もちろんその証拠なんてないし、だいいちヒナトは落ち込んでいるのではなくその逆のようだが。
「……まあ何か気になることがあったら俺に言えよ。そのための班長だからな」
言いながら立ち上がった。
ワタリがこちらを見ているが、とくに止められるようすはなさそうなので、気にすることなく席を離れてドアへと向かう。
なんの確証もなしにミチルを問い詰めるより、本人に聞いたほうが早いと思ったからだ。
ヒナトは自分に対してそう長く隠しごとをしてはいられない。
なんとなれば、そのように彼女を躾けたのは他ならぬソーヤ自身なのだから。
オフィスを出る。
エレベーターで下に降り、三階の給湯室に向かう。
二班の事務室の前を通るときは少し足が強張るのを感じたが、そこからタニラが出てくるということもなかった──午後の休憩にはまだ早い時間帯なのだから当然ではあるが。
ヒナトがお茶汲みに出ていることのほうが不自然なのだ。
飲みものの用意を必ずしも休憩と結びつける必要はないけれども、明らかにヒナトはその場から逃げる口実にしている。
さて、どう問い詰めてやろうか。あまり泣かせたくはないが難しいだろう。
そう思いながらソーヤはノックもせずに給湯室の扉を開いた。
一瞬、そこにヒナトを見つけられなかった。
彼女以外のソアの姿もない。
だから誰もいないのかと思ったが、よくよく見るとテーブルよりも下方にヒヨコ頭が揺れている──ヒナトが、床に蹲っていた。
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