data_130:あじさいは萎れ、ひまわりは狂い咲く
胸の内に膨れ上がる感情の色さえもよくわからなくて、しかもワタリはそれを受け止めてくれない。
たぶんいちばん苦しくて腹立たしいのはそれだった。
彼が困ったように繰り返す謝罪は、つまるところミチルから距離をとるための──もっと冷めた言いかたをするなら、こちらを拒絶するための言葉に聞こえるのだ。
「……ごめんね」
もう何も言わないでよ。
ミチルはそう叫びたかったけれど、どうしてだか声にならなかった。
だから、息を吐いて、意識してワタリを無視し、スクリーンセーバーを表示しているデスクトップに向き直る。
これ以上は自分の中で何かが悲鳴を上げるだけだとわかったから、もう会話はしない。
ワタリがまだこちらを見ているのには気づいていたけれど、彼のすがるような視線を振り切るように指を動かした。
途中保存されていた画面を再開させてディスプレイ上の数字を追い始めれば、その世界に没頭している間だけは現実のことを忘れられる。
忘れたい。
たしかにミチルの手によって苦しんでいる、つまりミチルの望んだ状態に陥っているはずの隣の少年のことを、少しもあざ笑って喜べない自分のことなんて、今は忘れたい。
・・・・・+
しばらくして戻ってきたヒナトは、室内の空気の刺々しさにすぐ気が付いたようで、一瞬戸惑うような表情を見せた。
けれどすぐに笑顔を取り戻し、ワタリとミチルに飲みものを配り始める。
温かい湯気と甘い香りに思わずほっとして、無性に泣きたいような気分になったのを、ワタリはココアと一緒に飲み込んだ。
「珍しいね、今日は僕のもココアなんだ」
「えへへ、たまにはいいでしょう?」
「うん、甘すぎないし、あったかくて……なんか落ち着くね」
心が。
その奥底に沈んで冷たくなった
この温かな飲みものだけでなく、にこにこと輝いているヒナトの笑顔がそこにあることでいっそうに、凍えていたワタリの芯を解きほぐしていくようだった。
これを、ソーヤに見せられたらどんなにいいか。
今日も彼はオフィスには来ていない。
あれからずっと医務部で寝起きしていて、調子がいい日だけ午後から顔を出すことになっているが、今のところ一度も出勤してはいないのだ。
とくに容態が悪いという連絡はないのでそこまで悲観する必要はないかもしれない。
恐らくラボが事態を重く見ていて、オフィスに出るための条件を厳しくしているからだろうし、実際ソーヤのためにはそのほうがいいのだ。
休めば良くなるというものではないが、無理をすれば必ずその後に響く。
「ミチルはどう? こないだ甘すぎって怒られたから調節してみたよ!」
「……べつにふつう」
「よっし!」
「なんでガッツポーズしてんの? 褒めてないんだけど」
「んーん、ふつうっていうのは、あたしにとってはかなり褒め言葉なんだなー」
へらへらと自虐ネタまで絡めて笑っているのは、さすがにヒナトもどこかで無理をしているに違いない。
そもそもソーヤがいないのに明るく振る舞っていること自体、何かおかしい。
でもワタリは黙って『観察』している。
彼女が虚勢を張って笑顔を振りまき、果敢にミチルに絡んでなんとか距離を縮めようともがいている、その理由を知っているからだ。
だからこれから彼女がとるであろう行動についても予測はできている。
ワタリにはそれを止められない。
だからその代わり、最後まで見守ることを決めている。
きっとこれが、ワタリにできる唯一の償いで、そして最後に与えられる罰なのだ。
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