File-6 恋と憤怒と運命の電話

先攻、ヒナト ひまわり狂い咲き

data_129:断罪者の憂鬱

 ソーヤの体調は日毎に悪化している。

 それはもう、あらゆる数字が明示している事実で、動かしようがない。


 状況だけ見れば高笑いしたい気分になるはずだったが、なぜか第一班を見舞う不幸について、ミチルはあざ笑うことができないでいる。

 おかしいと自分でも思って分析してはみたが、いまいち納得がいっていない。


 考えとしてはこうだ。

 ミチルから光の差し込む明るい人生を奪った罰だと考えれば、ソーヤの受けている仕打ちは当然もので、ついでにヒナトたちが落ち込んでいるのも喜ばしいことには違いない。

 それにミチルが満足できないのは、この状況をもたらしたのが自分自身ではないからだろう。


 ソーヤは勝手に病気になって、ヒナトはそのせいで沈んでいる。

 どちらもミチルの手で貶めたものではない。

 だからたぶん、達成感とかそういうものが足りないのだ。そうに決まっている……。


「僕はそうは思わないけど」


 口を挟んできたワタリを睨むと、彼は静かに肩を竦めた。

 彼は中立を標榜していて、それは納得はできないまでもまだ理解できなくもないが、ここ最近はヒナトの側に寄っているとしか思えない言動が目立つ。


 昨日だって、ヒナトが昼食の席に無理やり誘ってきて、ワタリもそれを後押しするようなことを言ってきたのだ。


 ミチルは悩んだ。

 正直ヒナトの顔を見ながらものを食べようなんて微塵も思えない、むしろ食欲が落ちるというものだが、そこで彼女と親しくしている他のソアに接触すること自体は悪くない。

 もちろん仲良くなりたいのではなく、ヒナトを彼女らの輪からも孤立させてやりたいという意味でだ。


 しかしワタリが後押ししたという事実が気に入らない。

 それに急にヒナトが妙なほど親しげに絡んでくるのも鬱陶しいし、その意図がわからなくて気味が悪い。


 悩んで、結局、ようす見のつもりで同席はした。

 なんだかんだでヒナトのペースに引きずられてしまい、居心地は限りなく悪かったうえに目論見は達成できそうになかったが。


「何が言いたいの?」

「いや……少なくとも、僕が知ってるヒナトちゃんは人の痛みに弱い子だから」

「あたしもそうだってこと? バカらしい、あたしとあいつは別の人間!」

「……そうだね。ごめん」


 また、そうやって、眦を下げて口先だけの謝罪を重ねる。

 ワタリのそういうところが気に入らない。

 一方的に謝れば彼自身の気は済むのかもしれないが、それではこちらの悋気は収まらない。


 人の痛みに弱いだって?

 それならミチルのこの癒えない苦痛を改めてヒナトに洗いざらい打ち明けたなら、彼女はミチルと同じように苦しんでくれるのだろうか?

 すべておまえたちのせいだと詰れば、罪悪感に押し潰れてくれるのか?


 戻ってきたらまた苛めてやろうか、と閉じられたドアの表面をねめつける。

 ヒナトが今オフィスにいないのはワタリの指示で午前のお茶汲みに行ったからで、ミチルも一緒に行こうとしたが、それを止めたのもこの男なのだった。


「ほんっとあいつに甘い。ワタリの眼から見たらあいつも被害者ってことなの?」

「まあ……そんなところかな」

「何が中立よ。そうやって自分を悪者にすれば解決するとでも思ってるみたいな態度、腹立つんだけど」

「否定はしない。解決するとまでは思ってないけど」

「ああそう、じゃあ、あたしからも肯定したげようか? あんたはたしかに悪者には違いないって!」


 噛みつくようにそう告げると、ワタリは泣きそうな顔をした。

 どうしてもその顔を見て心地いいと思えない自分に、ミチルはかすかに苛立った。


 ワタリを罵っても心が晴れることはない。

 謝ってほしいわけじゃない、もっと他の言葉をかけてほしいのに、それがどんな科白なのか、どうすれば彼に言わせられるのかがわからない。



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