data_128:穴は塞がり、行き止まり

 サイネは自分が人の心の機微には疎いと理解しているので、何か知りたいと思ったときには遠まわしな言いかたをしない。

 それが功を奏するときもあればそうでないときもある、それもまたよくわかっているから、いきなり口を開いて場の空気を壊さないように留意してはいる。


 まずようすを見て、わからなければアツキに任せる。

 あるいは、いけると判断したのに失敗に終わった場合にも、その後のフォローをアツキに頼む。

 そういう関係が成り立つから、ふたりは親友だと互いに自負しているのだ。


 ともかく今日もサイネは黙って彼女らのやりとりを見守ることにした。

 自分の得意分野はここで介入することではなく、ラボのデータベースに文字や数字として保管されたもろもろの記録を探しに行くことだから、口を挟むことはしない。


 むろん、ミチルに向かって直接問いただしたいことがあるのなら話は別だが。


「背もほとんどいっしょだねえ。あ、ねえねえ、今度のおでかけでさ、ヒナちゃんとミチちゃんでお揃いコーデみたいにしたら面白くない?」

「面白いかもだけど、アツキちゃん、それってあたしたちの見分けつくかなぁ?」

「だいじょぶ。だってほんとのお揃いにはできないから。ほら、同じ服を二枚ずつ揃えるってここの環境だと難しいから、それとなく似てるのを合わせるだけだもん」

「そっかー。ミチルはどっか行きたいとことかある?」

「……あたし外行ったことない」

「あ、そっか! 初だね! そしたらまた百貨店……あ、あそこ初めてで行かないほうがいいんだっけ?」

「んー、そうね……ミチちゃんなら大丈夫そう。雰囲気が落ち着いてるというか、サイちゃんに近い感じするから、なんかそんなにはしゃがなさそう」


 予想はついたが、アツキとヒナトでずっと喋っていて、ミチルは話題を振られたときだけ小声で答えるだけだった。

 正直この状況では彼女よりもヒナトのほうを問い詰めたい。

 いったい何を考えて、どういう目的でミチルを自分たちのグループに引き込もうとしているのかと。


 それに──ヒナトが明るすぎる、と感じるのはなぜだろう。


 いや、これが本来の彼女であったはずだ。

 きゃらきゃらとよく笑い、よく喋り、ミスやドジを報告するときですら半笑いで悪びれるような、いい意味であまりものを考えすぎない子だった。

 だからアツキが彼女をひまわりに喩えたときに、サイネですら同意してしまったのだ。


 それでも最近は彼女をとりまく環境が荒れすぎていたのもあり、前ほどの元気さはなくなったように感じていた。

 あるいは成長に従って多少なりと落ち着きがでてきたのかとも思ったし、会議でソーヤが言っていたように、ここ数日はミチルの出現によって陰りがさらに増していたようだったのだ。


 それが今日はどうしたことか、ソーヤが最初に倒れる前のように明るく溌剌としている。


 もちろんそれ自体は悪いことではないが、理由がわからないのが不穏なのだ。

 昼食の席に突然ミチルを連れてきたことといい、行動にも妙なところがあるのは確かであり、恐らくサイネにはわからない部分で仕草や言葉にも何かが表れているはず。

 そして同じことをアツキも感じている──最初の目配せの意味はたぶんそれだ。


「ねえサイネちゃん、会議のときソーヤさんどんな感じだったの?」


 ふいに話を振られてはっとする。

 ヒナトの眼だけがこちらをじっと見ていて、アツキがミチルに何か話しかけているのが横目に映った。


「どうって、……べつに。いつもどおり傲慢な俺様野郎だったけど」

「……あははは。それはわかってるよー、言われなくっても想像できちゃうもん」


 楽しそうに笑うその頬の緩みかたが、前とは違う。

 感情に疎いサイネでもその意味はわかる。

 いま彼女は脳裏にソーヤの姿を思い浮かべているのだと、そしてそれを心から愛しく思っているのが、眼やくちびるの端から滲み出ているのだと……ヒナトが彼に恋をしているというのは事実なのだと。


 それを素直に祝福できないのは、何もサイネがひねくれているからではない。

 ある意味での先達として知っているからだ。


 花園研究所アマランタインは、人を愛するのに適した場所ではない。

 ここでは自分たちの何もかもが監視カメラとセンサーによって見張られていて、自由なんてほんのわずか、そのうえ未来なんてあらゆる意味で望むべくもない。

 愛なんて、育むほどに後に待つ痛みと苦難が深まるだけ。


 けれど、そんなこと頭で理解していたところで、こんな感傷を捨てられるかといえば話は別で。

 少し眼を遠くにやれば、サイネが相棒と呼ぶ唯一の男の顔が見える。

 ユウラもすぐこちらの視線に気づいて、他の誰にもわからないような微小さで、少しだけ緩んだ眼差しをこちらに向けるのだ。


 自分も同じ穴のむじなにすぎないことをも、サイネはよくわかっている。

 でなければこんなふうに喉が詰まることもないはずだから。



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