data_126:夏がすぎれば秋がくる
満を持して会いに行ったところで、まあ予想はできたが、楽しい結果にはなるはずもなく。
ベッドの上でたいそうご機嫌を損ねているのが明らかな班長様を見て、思わずヒナトは苦笑してしまいそうになる。
とにかく具合はとりあえず持ち直したらしいのでほっとした。
朝からあれこれ検査だらけで大変だったらしい。
あーだこーだと愚痴混じりに今後のことを話してくれるので、ヒナトはせっせとメモをとる。
ちなみに一緒に来たのはワタリだけで、ミチルの姿はここにはない。
「……まあそういうわけだから、明日からも三人でどうにかやれ」
残念な宣告もひとつあった。
ソーヤの疾患が進行してしまっているのは明らかで、今日からしばらく医務部にいなければならなくなってしまったというのだ。
オフィスに出られるのは午後からで、それも体調によっては毎日ではないかもしれない。
「そんなぁ……しばらくって、いつまでなんですか」
「さあな。とりあえず二、三日ってわけじゃねえのは確かだろ。下手すると……いや」
言いかけたその先をソーヤは噤んでしまったけれど、言わなくてもわかる。
わかるから、ヒナトもワタリもそれ以上何も言わなかった。
そう、ヒナトにだって、わかる。
ソーヤが精一杯いつものような調子で話して、まるで大したことではないかのように振る舞っているのだということが。
ほんとうはこれが差し迫った状況で、もう猶予が残り少ないかもしれない、ヒナトがいちばん恐れていることが近づいているのかもしれないと、わかっている。
だけどそれを口にしたら壊れてしまうから、飲み込んでいる。
たぶんヒナトだけでなくワタリもそうだ。
なぜなら彼の手はさっきからずっと、脚の横できつく握られて、静かに震えている。
「引継ぎとか確認したいことがいろいろあるから、またあとで来るよ」
「ああ。
──ヒナも、なんかあったら来いよ」
「はい」
ヒナトは頷く。
心臓の後ろ側がつきりと痛んだのを、ぐっと押し殺しながら。
ほんとうはここから出ていきたくない。
ずっとソーヤの隣にいて、なんでもいいから彼のために何かをしたい、どんな理由でもいいから傍にいたい。
叱られてもいいから彼の声を聞いていたいし、彼の眼を見つめていたい。
心の中では、ヒナトはずっとそう叫んでいた。
でも実際には何一つ口にしないのは、わかっているからだ。
縋りついて泣き叫べば済むのならいくらでも涙を流すけれど、今は泣いても怒っても事態が好転することは絶対にないのだ、ということだけは。
そして、もう、知っている。
彼のためにヒナトができることが何なのかを。
病室を後にしてオフィスに戻る道すがら、ヒナトはワタリに話しかけた。
「あの、あたし、ワタリさんにお願いがあるんです」
「うん?」
そのときふと副官の少年を見て、なんて細い肩だろうと思った。
今日から班長の代理という新しい職務を背負わなくてはならないというのに、いつもならもっと頼りに感じられるはずのワタリの両肩は、今はわずかな責で簡単に折れてしまいそうなほどか弱く見えた。
「ミチルと仲良くするの、手伝ってください」
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