data_124:萎れたひまわり

「……彼女の扱いについてラボから説明はどの程度あったの?」

「ほとんどなかった。急に、今日から配属だって朝一で連れてこられただけで、あとはノータッチだな。その件についちゃ俺も何度かラボに訊いてるが、ほぼ返答なし」

「書記という役職は初耳だ。──おい、それには前例があるのか?」


 ニノリが声をかけたのは進行役の職員だ。

 しかし彼はわからないと答えただけで、その表情にも嘘や誤魔化しの気配はない。

 ラボの人間にも階級があり、恐らく会議の進行役などはその中でも地位の低い者が務める職務であろうから、実際にあまり奥まった情報は知らされていないのだろう。


 彼を問い詰めたところで実のある答えは得られないと察したらしいサイネが、隠す気のない溜息を吐いた。


「ミチルの外見がヒナトに酷似している件についても説明なし?」

「ああ、姉妹みたいなもんだ、ってくらいだな」

「それはクローンとは違うのか?」

「わからん。今んとこは俺も勝手にそう解釈してっけど」

「……ヒナトの挙動不審はそれが原因?」


 今度はソーヤが溜息を吐きたくなる。

 なぜどいつもこいつもヒナトのことを気にかけているのか、彼女はソーヤの班員であって、他班の班長としての彼らとは何の関わりもないというのに。


 相手をするのが面倒くさくて、もやもやして気分が悪くて、そして無性に、苛立ってくる。


 ヒナトの抱える問題はソーヤのものだ。

 他の誰にも口を挟まれたくない。

 こちらが助力や助言を求めているわけでもないのに、無関係な者の好奇心やお節介で首を突っ込まれるなんて、たまったものではない──。


「……あんた今、自分がひどい顔してるっていう自覚、ある?」


 サイネが咎めるような声音でそう言った。

 彼女の肩越しにニノリも顔を引きつらせていて、怯えているようにも見える。


 自覚ならあった。

 このごろ自分でも、己の思考や感情がうまく制御できないように感じている。

 突発的な激情からリクウの胸倉を掴んだこともあったし、その前にもヒナトを、──あのときはワタリが止めに入ったが、そうでなければ傷つけていたかもしれない。


 たしかにこのままではいつか、取り返しのつかないことをしてしまいそうだ。

 けば立った心をどうにか落ち着かせようと、ソーヤは努めて深呼吸したが、酸欠でも起こしたみたいに目の前がちかちかと明滅した。


「正直に言って……ミチルが来てから、空気が変わったように感じてる。俺だけじゃなく全員が」

「そりゃあそうでしょ、ただでさえ新人を馴染ませるのには時間がかかるし──」


 サイネはそこで一瞬言葉を切り、ちらりとニノリを一瞥した。

 遅れて入ったエイワに対する人見知りが未だ終わらない末っ子は、当人もそれは自覚しているので、抗議はせずにむっとしている。


「ましてそれが元からいたメンバーのクローンもどきじゃ、誰だって違和感があって当然……」

「そうじゃねえんだ」


 どこか呻くような声音でそう言って、ソーヤは己の手を見た。


 オフィスでは右手にワタリがいて、左手にヒナトがいる、それがずっとソーヤにとって当たり前の光景だった。

 それが最近そうではなくなった。

 左隣に座る少女は、よく知った顔をしているのに、まったく知らない別人なのだ。


 その奇妙でなんとも居心地の悪い体験は、記憶を失った当初の己に対峙した仲間たちの心境をソーヤに想像させるには充分だった。

 もちろんソーヤはヒナトを失ったわけではないから、比べるべくもないことではあるが。


 ただ。

 おかしいのは、それだけではないのだ。


「逆なんだよ。……似てるのは見てくれだけで、ミチルは優秀すぎる……ソアとしては平均かもしれねえけど、ヒナと比べたら……いや、俺も比べようとはしてねえけど、そんなつもりじゃ」

「歯切れが悪いな、何が言いたいんだ」

「……大方、ヒナトにさせる仕事がなくなってそっちの扱いに困ってるんでしょう。違う?」


 ソーヤは力なく頷いた。


 そもそもソアが三人いればオフィスは回るようにできていて、人数が増えたからといって急に仕事の量が増やされるわけではない。

 だいいち増やされたところで対応するのがあのヒナトでは潰れてしまうだけだ。

 だから業務量の増減については、少なくともソーヤの口からラボに奏上することはしない。


 だが、明らかに今の第一班で浮いてしまっているのはヒナトなのだ。

 後から入ってきたミチルのほうがよほど歯車としてうまく噛み合ってしまっていて、彼女がそこに馴染めば馴染むほど、行き場のないヒナトがじりじりと外に追いやられている。


 そして、彼女は笑わなくなってしまった。

 

 造花は枯れないし、ブローチはきらめくけれど、しょせんどちらも造りもので無機物だ。

 唯一無二の生きた鮮やかなひまわりは、もうどこにも咲いていない。



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