data_122:花とつぼみのガールズトーク

 予想外の言葉だったのだろう、途端にサイネもアツキも少し驚いた表情でこちらを見た。

 とくにアツキのそれには隠す気のない喜色がありありと浮かんでいる。


「ヒナちゃん、それはつまり、初恋ってことかなぁ? ぜひ詳しく聞かせて、聞かせて~」

「えへへ。詳しくって言われても、最近自覚したってだけだけどね。

 それで、できたらサイネちゃんに今後のアドバイスなどしていただけたら、なーんて……」

「は? なんで私?」

「や~そこはなんでじゃないでしょっ、サイちゃんがこの中で唯一の彼氏持ちなんだからぁ」


 案の定アツキが悪い笑顔でサイネに詰め寄るものだから、やっぱりサイネが機嫌を悪くして眉間を曇らせる。

 むろんそうなることはヒナトも予想していたが、そろそろふたりに打ち明けたかったのだ。

 まだ言えないことはあるけれど、代わりにヒナトが思うこと、感じることを、ふたりに伝えて共有したい。


 そして嬉しいことに、思ったよりサイネから否定的な言葉は出てこなかった。

 曰く、彼氏という表現は不適切だからそこだけは訂正しなさい、とのことである──言いながらどことなく顔が赤らんでいた気がする。


「え、じゃあ何ならいいの? 旦那さん? 夫? ダーリン?」

「あのねえ……しいて言うなら相棒」

「それはちょっと色気がなさすぎませんかねぇ~」

「なくていいから。……とにかく、あんたたちが期待してるような関係とはいろいろ違うから、ヒナトにとっても参考にはならないと思う。ユウラとソーヤじゃ性格もぜんぜん違うし」

「あーそれはうちも同意かも。あとサイちゃんとヒナちゃんでもタイプ真逆だしねぇ」

「そっかぁ。んでも、ほら……たとえば、サイネちゃんとユウラくんがお付き合いするようになったきっかけとか……たとえば告白ってどっちからしたの?」

「……そんなものあったと思う? ていうかだから付き合ってない」

「そうよヒナちゃん。ふたりは付き合ってるんじゃなくて結婚してるんだからプロポーズの言葉を聞くべきっ」

「それも違う」


 アツキの悪ノリがいささか過ぎるので、だんだん会話が漫才じみてくる。

 しかし、このくだらなさというか、言葉数のわりに大して密度のないゆるやかな会話が楽しくて、ずっとこれを続けていたいと思うのだ。


 きゃらきゃらと笑って楽しそうにサイネをいじくり回すアツキ。

 照れてむくれながらも、親友の悪ふざけにきちんと付き合っているサイネ。

 そしてヒナトはその間で、アツキと一緒になってふざけてみたり笑ったり、それでサイネにちょっと怒られてみたりして、また笑った。


 こんな時間が、そしてふたりのことが大好きだ。

 ソーヤへの『好き』とは違うけれど、いろんな『好き』があったほうが人生は楽しいんじゃないかと思う。


 もっと他の人のことも好きになりたいな、と今さらのようにヒナトは思う。

 あたりをそっと見渡すと他のソアやラボの職員たちが同じように談笑しているのが見えて、ときどきはそっちに混ざってみるのもいいかもしれないな、なんて考えたりもした。

 みんなはどんな話で盛り上がっているのだろう?


 そしていつかは、ミチルとも仲良くなれたらいいのに。


 たぶんすごく難しいことではあるし、その糸口さえ掴めてはいないけれど、やっぱりひとりぼっちでいるミチルを見るのは寂しいものがあった。

 彼女があまりにヒナトにそっくりで、まるで自分がそうしているみたいだから。


「もう。あんたたちには付き合ってられない」

「えー、サイちゃんもう行っちゃうの?」

「どのみち今日は午後から会議だし、もともと早めに戻って資料まとめるつもりだったから。ついでにミチルのことも突っ込んでみようかと思ってる」

「……、そっか」


 妙に間を開けてしまったせいで、立ち上がっていたサイネが訝しげな視線を送ってくる。

 ヒナトは誤魔化すように笑ってみるも、さすがにそれで許してくれる女王様ではなかったので、何かあるの、という詰問めいた一言が降ってきた。


「いやその、えっと……あたしってば今日が班長会議の日だってこと、すっかり忘れてた、あはは……」

「まあ今さら驚かないけど」


 呆れたように小さく溜息を吐いて、サイネは一足早く食堂を出ていく。


 残されたヒナトとアツキはそのあとも時間いっぱいまでのんびりと雑談に興じていたが、ヒナトは内心、サイネの言葉がずっと気にかかっていた。

 GH班長の会議にはラボの人間も出席するので、サイネは彼らにミチルについての質問をするつもりなのだろう。

 彼女が何を訊くのか、そして対するラボが何と答えるのか。


 なんとなれば会議の場にはソーヤもいる。

 ヒナトとミチルの奇妙な関係について、ラボはどれくらい彼に教えてしまうのだろうか──それが気になって仕方がなかった。



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