壊れていくもの

data_115:わかりきった検査結果

 ソーヤが廊下に出ると、もうそこにヒナトの姿はなかった。


 静寂がひたひたと辺りを満たしているような気配に背筋をぞっとさせながら、ソーヤは足早に廊下を突っ切っていく。

 行先は決まっていない。

 ヒナトがどこに行ったのかわからないから、決めようがない。


 とりあえず廊下の突き当りにあるトイレの前に立ち、さすがに中を覗き込むのはやめて声だけかけた。

 大きな声でヒナトの名前を呼んでみるが、返事はない。


 少しようすを見てみたが、そこに人の気配も感じられなかったので、見切りをつけて次に行く。


 階段を使って下の階に降りるが、そこにもヒナトはいない。

 給湯室を覗いてみたがアツキがいるだけで、驚いている彼女にヒナトを見なかったか尋ねてみたが、首を振られただけだった。

 もし見つけたら教えてほしいと言いおいて、また次へ。


 そんなふうにあちこち探し回った。

 資材倉庫などの人気のない場所も覗いたし、ロビーも見に行った。

 隣の生活棟に行ってヒナトの自室のドアを叩いてみたり、食堂にも顔を出してみたりしたが、どこにも彼女の姿はない。


 あと見ていないのはラボくらいなものだが、そのラボだけでも五階層はある。

 いずれも秘書である彼女には行く用事などない場所ばかりで、つまり親しい顔見知りの職員などもいないだろうし、あたりをつけるのは難しそうだ。

 いったいヒナトは何を思い、どこへ行ってしまったのだろう。


 そしてソーヤはなぜ、こんなに必死で彼女を探しているのだろう。

 いくら気になるとはいっても今は業務時間内で、本来ならオフィスで自分の仕事をしながら彼女の帰りを待つべきなのであって、それから叱るなり事情を聞くなりするのがソーヤの職務なのではないか?


 などと頭では思っても、身体が言うことをきかない。


 あたりがつけられないのなら片っ端からしらみつぶしに探すしかない、という即物的で短絡的な思考に陥ったソーヤは、オフィス棟に戻った。

 まず五階のシステム室は、あまり期待していなかったが当然いない。

 次に六階、ここは生活棟の管理をしている部署と、医務部とが隣り合って入っている。


 管理部をさっと確認して見慣れたヒヨコ頭がないのを確かめると、ソーヤは意を決して医務部の扉を開く。


 正直、ここには来たくなかった。

 ラボの中でもソアが普段から訪れる機会が多く、いちばん可能性が高そうな場所ではあったが、同時にソーヤにとっては嫌な現実を突きつけられる忌まわしい鬼門なのだ。


 また面倒なことに、入り口近くにいたのは例のリクウだった。


 隠れようかと一瞬思ったが、眼が合ってしまったので今さら逃げ出すわけにもいかず、ソーヤは腹をくくって彼に声をかける。

 そしてここがどうやら正解だったらしいと、訳知り顔で手招きするリクウを見て理解した。


「来たか。ついさっき内線でワタリに声かけたとこなんだが、入れ違いになったっぽいな」

「……らしいな。で、俺んとこの秘書はここに来てんのか?」

「ああ」


 ついてこい、というジェスチャーをして歩き出したリクウの背を追う。


「ところで検査結果は見たか?」


 ふり返りもせずにリクウがそう尋ねてきた。

 フーシャが倒れたころ、彼は見舞いにきたソーヤを掴まえて検査をするよう迫ってきたことがあり、結局ソーヤは押し負かされて言われるがままになったのだ。

 その結果を先日、自室に直接届けられたところだった。


「見た。だいたい予想どおりだったし、何の希望もありゃしねえ結果だったけどな」

「でもこれで自分の状況をきっちり把握できたろ」

「あんなもん見なくてもわかる」

「実感するのと客観的事実を見るのとでは違うぞ。……とくにおまえの場合、自覚症状がない部分も多いからな。けっこう悲惨だっただろ?」

「……放っといてくれ」


 そこで急にリクウが足を止めた。

 振り向いた男の眼からは普段の温かみが失せていて、ソーヤは思わず息を呑む。


「おまえひとりなら放ってもいいんだが、先頭者リーダーってのがあってな。おまえが死ぬとそれが引鉄になって周りがバタバタ倒れるようになる。

 最初は同期組に影響が出て……それが広がると別期のソアにも伝染するんだよ。

 ガーデンにいるチビたちや、最悪その面倒を見てるメイカにまで。……結局おまえひとりの問題じゃ済まされない」


 そうなったところで死人には責任が取れない。

 そもそも生きていても無理な話だ。

 だからこの件についてソーヤがひとりで抱え込むことは許さない──そう言われているように感じた。


 返す言葉が思いつかないソーヤをよそに、リクウは近くの扉を軽くノックする。

 はい、という返答の声はまさしく探し回っていたヒナトのもので、思案に俯いていたソーヤも思わず顔を上げる。


 妙な感覚だった。


 今までとは逆の光景がドアの向こうに広がっていたからだ。

 つまり、室内に置かれたベッドの上にヒナトがうずくまっていて、いつも彼女に見舞われていたソーヤが今は病室を訪ねる側になっている。

 こんな日が来る可能性など、これまで少しも考えたことがなかった。



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