data_106:葬り去られたもの
ある箱は古いソアの製造データが主で、また別の箱は経理の記録、またある箱はシステムの管理記録と、一応中身は内容ごとにまとまっている。
どれもそれなりに興味深くはあるが、すべてを持ち出すことは不可能だ。
それぞれの箱の位置をメモにとっておき、あとでオフィスに戻ってからリストを作成しようと決めて、今は調査に没頭する。
そして、これでいくつめになるだろうか。
持ち上げた箱は妙に軽く、手に取った瞬間は空箱かと思ったが、中で何かが滑ってぶつかる音がした。
「……スティックメモリ、一個だけ?」
蓋を開けて中を覗き込んでみたが、他には何も入っていない。
紙の一枚もなければ、メモリ自体にラベルもなく、中身を推理する手がかりは何一つない。
こればかりはリストに載せようがないからと、サイネはメモリをポケットに入れた。
しかも気付けばすぐ後ろは壁で、つまりサイネは最後の列に到達していた。
墓地の最奥に隠された、ラベルのない奇妙な記録媒体──これで大した中身ではなかったらがっかりだ。
棚の調査を終えたサイネは、近くに姿の見えない相棒へと声をかける。
「ユウラ? もうこっちはキリがついたけど」
「こっちも終いにする」
「何か見つかった?」
言いながら壁伝いに歩いていくと、角を曲がったところでユウラの姿が見えた。
壁に両手をついて妙な恰好だ。
もしかして薬品の臭いで気分が悪くなったのか、という疑念がよぎり、サイネは少しだけ歩調を早めて彼の隣に行く。
覗き込むようにして見た顔は、しかし古い電灯の明かりのせいで顔色まではよくわからなかった。
「……大丈夫?」
「何がだ?」
「なんともないならいい。で、調査結果はどうなの」
「上じゃないことがわかった」
「は?」
意図が汲めずに聞き返したサイネに、ユウラは足許を指し示す。
そこにはリノリウムを鋼の枠で真四角に切り取った、たしかに扉と呼べなくもないものがあった。
「下だ。……墓地の下にさらに地下がある」
「これがその入り口ってことね」
「ああ、これで次の手は決まった。この扉の管理システムを探して開けることだ」
当然そこは固く封じられている。
だがすでに何度も花園のシステムに侵入しているサイネたちに、この研究所内で開けられない扉など存在しない。
「私も怪しいメモリを見つけた。戻って中身を見ましょ」
「そうだな」
ふたりは頷き合って、それから元来たエレベーターに向かって歩き出した。
途中でつんと保存液の臭いが鼻を突く。
振り返れば火葬前の遺体を安置するスペースがあり、その中のひとつ、ふたりの知っている少女の名前を記したラベルが目に飛び込んでくる。
まるで呼び止められたような気がした、というのは非科学的すぎるだろうか。
霊魂などというものが存在しているかどうかサイネは知らないし、証明する方法も思いつかない。
ただそこに思念が残りうる可能性は否定しない──人は生きていれば汗をかき皮脂を分泌する、それらの成分に他のものが混じることも稀にはあるかもしれない。
サイネが足を止めたのに気付き、ユウラもふり返った。
「……そういえばここに
「もう昔のことみたいな気がする」
「そのうちほんとうに昔になる」
「……だといいけどね」
いったい何年経てば昔と呼んでもいいのだろうか。
まだひと月にもならないけれど、サイネはあまり彼女と言葉を交わさなかったので、正直あまりよく覚えてはいない。
それでも印象が強烈なのは死を目の当たりにした数少ない経験だったからだ。
これまでのソアの死は、あくまでデータ上の文字でしかなかった。
実際に倒れてから死ぬまでの経過も、その遺体も、フーシャで初めて目にしたのだ。
サイネにとっても苦い記憶になった。
目の前で倒れたのに、それまで調べて得た知識を何ひとつ活かせないまま、彼女はあっという間に逝ってしまった。
こちらの手に無力感と虚無感だけを残して。
確信したのはひとつだけ。
同じことがまたGHで起きたとしても、きっと同じ結果が待っている。
それではサイネたちは何のために生きているのだ?
誰がなんのためにこんな歪な命を生み出して、誰の役にも立たず、毎日を無意味な作業で浪費して、そのうち死ぬのを待つだけの暮らしをさせているというのだ?
(私は……何も残さずに、死にたくない)
それが耐えられないからサイネは調べる。
真実を、隠されたすべてを暴かなければ、現状を変える方法など見つけられない。
「……早く戻ろう」
ユウラの手が伸びてきてサイネの肩に触れた。
まるでそこが震えているとでも思っているような、労わるような触れかたをしてきたので、サイネは少し苦笑してその手を掴む。
たまに思うのだが、ユウラはサイネの気持ちを見通しているのかもしれない。
(死にたくないから、あんたを死なせたくないの。……わかってる?)
一人で生きていくつもりはない。
ユウラの存在意義がサイネにあるのなら、サイネの存在理由もまた彼にある。
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