data_105:上がダメなら下に行け
「ダメか。なんにも収穫なしはちょっとつまんないな」
「何もない、はある意味収穫ではあるだろう。つまりここには何もなかったわけだから」
「回りくどい言いかた」
言いながら天井を見上げる。
ほんとうにそこにもうひとつ部屋があるのなら、どうやって入ればいい。
階段は完全に途切れており、封鎖した跡はない。
もし完全に塗りこめてしまったのなら開けるのには壁を壊す必要があり、それには相応の道具と時間が必要になるので、こっそり調べるというわけにはいかないだろう。
さすがに確証もなくそこまでの行動はサイネもしようと思わない。
「……どうする? まだ時間はあるが」
「とりあえず出ましょ。埃が多すぎて肺の病気になりそう」
・・・・+
階段を下りながらサイネはずっと考えていた。
連絡通路がない以上は隣の棟のガーデンから入る手段はない。
真下の十階には人が出入りした形跡がなく、これといって目ぼしい手がかりがなかった。
可能性が高いところから順に潰していくしかないわけだが、こうなってくると残る選択肢というのは、もともとの期待値が低かったところばかりになる。
つまり、敢えていちばん『幻の十一階』から遠いところ。
地面よりも下、そしてある意味空よりも天国に近い場所──誰もが最後に行きつく空間だ。
「……地下墓地くらいしか、今は思いつかないのよね」
「同感だ。それで何もなければ今度こそ十階の壁に穴を開けるしかないな」
「それってどうするの? 椅子で殴ったくらいじゃ破れなさそうだけど」
「次に外に出たときに工具か何か買ってくるしかないだろう」
「どう考えても没収される」
ふたりにしては冗談めいたやりとりをしながら、そのうち四階についた。
地下墓地へは階段がないのでエレベーターでしか行けないし、もうラボ階を過ぎたのだから、よほど職員に出くわすことはないだろう。
一班のオフィスを横目にかごに乗り込み、ふたりはさらに下へと向かう。
少ししてエレベーターが止まり、扉が開くが、目の前はおぞましいほどの闇が広がっていた。
幸い手探りで届くところに電灯のスイッチがあるのを知っていたので、すぐにそれを探して押したはいいが、配線が古いのか点灯するまでに少し時間がかかった。
次第に輪郭を表す、整然と並んだ無数の棚。
そこに収められた真四角の箱に、
かすかに保存液の臭いが漂っていて、あまり長居すると気分が悪くなりそうだ。
一歩踏み出すと足音がいやに大きく反響した。
「……さすがに気味が悪い」
「遺骨を調べに来たわけじゃないし、棚は無視して。そういえばここの警備システムは覗いたんだっけ?」
「見はしたが触ってはないな。自動監視じゃないからすぐには来ないだろう」
「そ。なんにせよ手早くやるに越したことはないけど」
地下墓地はふたつの建物に跨って広がっているため、他のどの部署よりも面積が広い。
物言わぬ遺骨ばかりが並んだ虚ろな空間に靴音を響かせながら、ふたりは壁をぐるりと見て回ることにした。
ここに来たこと自体は初めてではないが、これほどじっくり内部を探索するのは初めてだ。
白く塗られた壁はどこに触れてもひんやりと冷たい。
そのどこかに隠された扉がありはしないかと、数メートルおきに軽く叩いてみたが、とくに音がおかしかったりする箇所はなさそうだ。
もちろん継ぎ目なんてものも見当たらない。
ユウラには無視するように言ったものの、サイネはときどき横目で遺骨の並ぶスチールラックを確認していた。
九十年分の遺体とはいえ、その大半が荼毘にふされているのだから、このだだっ広い部屋をそれだけで埋め尽くせはしないだろうと思ったからだ。
それに、十階には資料がほとんど置かれていなかった。
あそこはほんとうにただの物置で警備も手薄、つまり誰でも簡単に侵入して調べられる。
捨てるわけにはいかないが人目に晒したくない情報なら、できるだけ人の来ない場所に保管するのが自然だろう。
それが墓地であってもなんらおかしくはない。
誰も好んで来ようとはしないだろうし、そもそもここは花園の過去の
そしてサイネは気づいた。
遺骨を納めた四角い樹脂製の箱の中に、ときどき名前のラベルがないものがあることに。
「……扉よりこっちのほうが面白いかも」
「手分けするか?」
「うん」
たった一言でこちらの意図を察せるあたりが、ユウラがサイネの相棒たる所以だろう。
壁のほうは彼に任せ、サイネは無記名の納骨ケースを改めていくことにした。
いくつかは単に空だったりしたが、予想どおりメモリや廃棄書類を詰め込んだものもいくつか見つかった。
紙媒体はざっと目を通し、メモリはついているラベルから中身を推察する。
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