data_097:花も恥じらう診断結果

「あ、メイカさん。……なんでこんなとこに?」

「なんでってそりゃあお洗濯に。ランドリーに他の用事で来る人はそんなにいないわよ」

「そうですけど……それ、メイカさんがやるんですか」

「ええ、これも仕事のうち。おちびちゃんたちはすぐ汚しちゃうから」


 その言葉どおり慣れているようで、メイカは手早く洗濯機に衣類を投入し、手順書を確認することなく迷いのない手つきでパネルを操作し始めた。

 ヒナトはさっきそれを手順書とにらめっこしながら数倍の時間をかけてやったのだが。

 まあ普段使っていないのだから不慣れなのは当然だし、結果として洗濯機を壊してはいないのだからヒナトとしては上出来だろう。


 メイカの手際の良さに、いつか給湯室で見た姿を思い出す。

 あのときはフーシャも元気で、あんなことになるなんて、お互い思いもしなかった。


 やっぱりメイカも彼女の死を悲しんだのだろうか。

 今はあのときと同じように明るく振る舞っているように見えるけれど、その白衣の下の胸が痛んでいたりするのだろうか。

 それとも何人もの同期を失っているから、彼女はもう慣れているのだろうか。


 などとぼんやり考えていたらメイカが出ていこうとしたので、ヒナトは思わず呼び止めた。


「まっ待って! どこ行っちゃうんですか?」

「どこって上に戻ろうと……別にここでずっと洗濯機を見張ってなくても大丈夫だし」

「あ、そっか。……ああでもあの、えっと、あたしちょっとメイカさんとお話したいことが……あって……」


 メイカはきょとんとしてヒナトを見る。

 まんまるの明るい水色の眼が誰かに似ているような気がしたが、思い出せなかった。


 話したいというのは本音だ。

 例の、ソーヤに対する謎の不調について相談する相手として、ヒナトが思い浮かべたのは彼女だった。

 サイネやアツキほど頼りになるかはわからないけれど、彼女たちに話す前に、他の誰かにことの深刻度を判定してもらいたかったのだ。


 それはできれば女性で、ラボの職員ではなくソアがいい。

 他の人に話を漏らさないでもらいたい。


 そう思ったときに思い出したのがメイカで、彼女は女性のソアで歳上で、少なくとも同期の大半を失ったうえにリクウとはどうも距離を置いているらしいから、条件に当てはまる気がしたのだ。


「なあに?」


 メイカは不思議そうにしながらも、こちらの話を聞こうという姿勢を見せてくれた。


「あの、誰にも言わないでほしいんですけど」

「わかった。それで?」

「その……ソ……いや、ある人を、じゃない、ある人が。こう、あたしのことを気にかけてくれたりとか、眼が合ったりとか、するんです。

 そしたらあたし、息ができなくなったりして」


 心臓がばくばく鳴って、うるさいし痛いし、顔が真っ赤になっちゃうし。

 まともに喋れなくなるし、というかやっぱりそもそも息ができないのは苦しいし。


「……っていうのは、なんか病気とか悪いことだったりしない……かな……って」

「うーん……それは特定のひとりに対してだけなの?」

「そ、そうです」


 一生懸命言葉を選んで正確に話したつもりだったが、いざ声に出して言ってみると我ながらものすごくおかしな症状だなと思う。

 メイカに変な子だと思われるかもしれない。

 なんにせよ、メイカの反応次第でアツキたちにも言うかどうかを決めよう。


 ヒナトはそんな心情を誤魔化すように、指先をぐりぐり突き合わせながらメイカの回答を待った。

 するとメイカはヒナトの肩にぽんと手を置き、急にひどく深刻そうな表情になって、静かな声でこう言ったのだ。


「……かなり重症ね、それは」

「えっ、じゃあまさか……」

「そう……あなたは完全に病気よ。それも恋っていうそれはそれは厄介な……ね」

「こ」


 濃い? 鯉? 故意? KOI?

 いや、……恋?


 聞き慣れぬ、しかし意味くらいはさすがにヒナトも知っている、そして当分縁はないだろうと思っていた言葉がメイカの口から飛び出した。

 その甘酸っぱい響きに、ヒナトもこれまで憧れを抱かなかったわけではない。

 むしろ逆でざんざん妄想してきたしその相手がそういえばうわああああああああそうだったああああああああ!


 ヒナトは唐突に、そして強烈にその事実を思い出した。

 途端に顔がぼんっと音を立てて赤くなり、それを見ていたメイカが小さく噴き出す。


「ふふ、おめでとう。ひとつ大人になったわね」

「え、えええ、でででもあた、あたし」


 どうしたらいいのかわからなくて、ヒナトはわたわたと動揺の舞を踊る。



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